22 / 36
夜の庭
しおりを挟む
「この傷、どうしたの?」
少年からは恐怖の色が見られた。
「ダ、ダラクサス……」
「ダラクサス?」
ポケットの中でフォリンが震えたような気がした。私は少年の肌にリリアンダーの液を垂らしていく。痛がる彼を見ていると胸が締め付けられた。
「これは傷口を消毒してくれるからね。それに治りも早くなるの。我慢してね」
そう声をかけることしか出来ない。後ろの王子二人は心配そうに見守っていた。エデンさんに運ぶのを手伝ってもらい、少年を私の部屋で寝かせる。傷は大きかったが、数時間もすると痛みはおさまったらしい。私は傍の椅子で寝顔を見つめていた。グレーの瞳に落ち着いた黒髪の少年。彼はどんな経験をしてきたのだろうか。大きな傷をつけたダラクサス。父に変えられてしまった兄。聞きたいことが沢山あった。ずっとポケットに入れていたフォリンを出すと、彼は思いっきり伸びをした。どうやらこの時を待っていたようだった。すぐにベッドの少年に気が付くと慎重に顔を覗き込む。彼の瞼がゆっくりと持ち上がり、フォリンは驚いて私の後ろに隠れた。
「気が付いた?」
「うん……」
フォリンがひょっこり顔を出す。
「う、うわぁ!」
少年の大きな声にまた隠れてしまった。
「驚かせちゃった? この子は黒竜のフォリン。私の友達だから大丈夫よ」
「ダラクサスの仲間だろ!」
彼は取り乱していた。
「そんなに動いちゃだめ! まだ傷は塞がってないんだから」
私たちの声でエデンさんが駆け付ける。
「大丈夫か?」
「フォリンが怖いみたいなの」
少年の方を見ると、エデンさんはフォリンを抱いてベッドに腰かけた。
「ほら、近くで見てごらん」
そう言って少年とフォリンを引き合わせる。すると、フォリンは不思議そうに少年を見つめた。締まらない表情に少年の顔も和らぐ。
「ぐおん?」
「意外と、可愛いかも」
照れたようにいう少年がおかしかったが、指摘すると頑なになってしまいそうなので心にそっとしまう。しばらくして、夜になると業務を終えたシアンさんも部屋に来た。
「シアンさん、お疲れ様です」
当たり前のように私の隣に来ると少年の方に目を向ける。
「シルバー君は……大丈夫そうだね」
エデンさんの視線を感じながら、私は席を立った。
「どうか、座ってください。私は薬草を採って参りますので」
そうしてフォリンと夜の庭に出た。月は雲に隠れ、フォリンも闇に馴染んでいる。いつの間にか元の大きさに戻っていた。冷たい夜風が頬をかすめる。こんな暗さでは当然採取どころではなかった。雨上がりの新鮮な空気が肺に送られていく。それは森の空気と少し似ていた。ゆっくり息を吸うと同じくらい長く吐く。城の周りの森がかさかさと鳴っていた。ただの風の音だ。そう思っているのに心臓は嫌な音を立てる。暗い森で逃げ惑う白いうさぎを仕留めるような、嫌な感覚がこみ上げてきた。その時、冷たいものが首に触れた。驚いて横を見るとフォリンと間近で目が合う。そろそろ帰ろうと言っているようだった。私は彼の首に触れ、子犬のサイズにすると部屋に戻った。
帰りがけに白い花を一輪摘み取る。もちろん薬草ではないが。それを持って部屋に入ると、三人共こちらを向いた。
「遅かったね」
シアンさんの柔らかい声が心地良く聞こえる。
「ちょっと夜風にあたってて」
「薬草は?」
エデンさんに指摘に気まずそうに下を見ると、意外にも少年が口を開いた。
「その花、見せてよ」
「あ、うん。その、森が暗くて……薬草は断念したの」
そう言いながら少年に白い花を渡す。彼のグレーの瞳が揺らいでいた。
「いい香り」
「でしょう。私も大好きなんだ」
夜はすっかり更けていた。
「ぼく、ここにいてもいいの?」
昼間の剣幕はもうない。まだ幼いのだと改めて認識させられた。
「もちろん!」
その声は少しずれながらも、それぞれの言葉で口にしていた。王子たちの許可が下りればこっちのものだ。
「私の弟ということにしておきましょう!」
少年に希望の光が灯る。もう大丈夫。安心していいよ。私は心の中で唱えながら少年に微笑みかけた。王子たちも戸惑いながらも承諾してくれる。
「しかし、問題はどこで寝るかだ」
少年と私が楽しそうにおしゃべりしていると、エデンさんが現実に引き戻した。
「ジルバートにはここで寝てもらうわ」
ジルバートとはさっき決めた新たな呼び名だ。シルバーだと変に浮いてしまう。
「それじゃあ、ナタリアは?」
「私もここで……」
と言いかけると、珍しくシアンさんも顔を曇らせた。
「さすがにそれはよくないと思うな」
「ジルは私と一緒の部屋は嫌?」
親しみを籠めて自然とジルと呼んでいた。
「ぼくは嫌じゃないけど、お兄さんたちが嫌そうだから……」
二人を振り返ると気まずそうに視線を外される。エデンさんが近づいて耳元で囁いた。
「自覚なさすぎ」
少し躊躇った口調で言われて、私もやっと意味を理解する。
「明日からは、ばあやにもう一つ部屋を用意させる。それまでは僕の部屋に来てもらおうか」
勝手に顔が熱くなってくる。しかし、エデンさんは冷静だった。
「代わりに僕がこの部屋で寝る。ジルバートも心細いだろう」
「あ、そ、そうですよね。ありがとうございます」
ジルはまだ傷を持つ身だ。下手に動かすわけにもいかない。いざエデンさんの部屋に来ると、何だか落ち着かなかった。フォリンはふかふかなベッドに顔をうずめて早速寝息を立てている。私も戸惑いながら眠りについた。
少年からは恐怖の色が見られた。
「ダ、ダラクサス……」
「ダラクサス?」
ポケットの中でフォリンが震えたような気がした。私は少年の肌にリリアンダーの液を垂らしていく。痛がる彼を見ていると胸が締め付けられた。
「これは傷口を消毒してくれるからね。それに治りも早くなるの。我慢してね」
そう声をかけることしか出来ない。後ろの王子二人は心配そうに見守っていた。エデンさんに運ぶのを手伝ってもらい、少年を私の部屋で寝かせる。傷は大きかったが、数時間もすると痛みはおさまったらしい。私は傍の椅子で寝顔を見つめていた。グレーの瞳に落ち着いた黒髪の少年。彼はどんな経験をしてきたのだろうか。大きな傷をつけたダラクサス。父に変えられてしまった兄。聞きたいことが沢山あった。ずっとポケットに入れていたフォリンを出すと、彼は思いっきり伸びをした。どうやらこの時を待っていたようだった。すぐにベッドの少年に気が付くと慎重に顔を覗き込む。彼の瞼がゆっくりと持ち上がり、フォリンは驚いて私の後ろに隠れた。
「気が付いた?」
「うん……」
フォリンがひょっこり顔を出す。
「う、うわぁ!」
少年の大きな声にまた隠れてしまった。
「驚かせちゃった? この子は黒竜のフォリン。私の友達だから大丈夫よ」
「ダラクサスの仲間だろ!」
彼は取り乱していた。
「そんなに動いちゃだめ! まだ傷は塞がってないんだから」
私たちの声でエデンさんが駆け付ける。
「大丈夫か?」
「フォリンが怖いみたいなの」
少年の方を見ると、エデンさんはフォリンを抱いてベッドに腰かけた。
「ほら、近くで見てごらん」
そう言って少年とフォリンを引き合わせる。すると、フォリンは不思議そうに少年を見つめた。締まらない表情に少年の顔も和らぐ。
「ぐおん?」
「意外と、可愛いかも」
照れたようにいう少年がおかしかったが、指摘すると頑なになってしまいそうなので心にそっとしまう。しばらくして、夜になると業務を終えたシアンさんも部屋に来た。
「シアンさん、お疲れ様です」
当たり前のように私の隣に来ると少年の方に目を向ける。
「シルバー君は……大丈夫そうだね」
エデンさんの視線を感じながら、私は席を立った。
「どうか、座ってください。私は薬草を採って参りますので」
そうしてフォリンと夜の庭に出た。月は雲に隠れ、フォリンも闇に馴染んでいる。いつの間にか元の大きさに戻っていた。冷たい夜風が頬をかすめる。こんな暗さでは当然採取どころではなかった。雨上がりの新鮮な空気が肺に送られていく。それは森の空気と少し似ていた。ゆっくり息を吸うと同じくらい長く吐く。城の周りの森がかさかさと鳴っていた。ただの風の音だ。そう思っているのに心臓は嫌な音を立てる。暗い森で逃げ惑う白いうさぎを仕留めるような、嫌な感覚がこみ上げてきた。その時、冷たいものが首に触れた。驚いて横を見るとフォリンと間近で目が合う。そろそろ帰ろうと言っているようだった。私は彼の首に触れ、子犬のサイズにすると部屋に戻った。
帰りがけに白い花を一輪摘み取る。もちろん薬草ではないが。それを持って部屋に入ると、三人共こちらを向いた。
「遅かったね」
シアンさんの柔らかい声が心地良く聞こえる。
「ちょっと夜風にあたってて」
「薬草は?」
エデンさんに指摘に気まずそうに下を見ると、意外にも少年が口を開いた。
「その花、見せてよ」
「あ、うん。その、森が暗くて……薬草は断念したの」
そう言いながら少年に白い花を渡す。彼のグレーの瞳が揺らいでいた。
「いい香り」
「でしょう。私も大好きなんだ」
夜はすっかり更けていた。
「ぼく、ここにいてもいいの?」
昼間の剣幕はもうない。まだ幼いのだと改めて認識させられた。
「もちろん!」
その声は少しずれながらも、それぞれの言葉で口にしていた。王子たちの許可が下りればこっちのものだ。
「私の弟ということにしておきましょう!」
少年に希望の光が灯る。もう大丈夫。安心していいよ。私は心の中で唱えながら少年に微笑みかけた。王子たちも戸惑いながらも承諾してくれる。
「しかし、問題はどこで寝るかだ」
少年と私が楽しそうにおしゃべりしていると、エデンさんが現実に引き戻した。
「ジルバートにはここで寝てもらうわ」
ジルバートとはさっき決めた新たな呼び名だ。シルバーだと変に浮いてしまう。
「それじゃあ、ナタリアは?」
「私もここで……」
と言いかけると、珍しくシアンさんも顔を曇らせた。
「さすがにそれはよくないと思うな」
「ジルは私と一緒の部屋は嫌?」
親しみを籠めて自然とジルと呼んでいた。
「ぼくは嫌じゃないけど、お兄さんたちが嫌そうだから……」
二人を振り返ると気まずそうに視線を外される。エデンさんが近づいて耳元で囁いた。
「自覚なさすぎ」
少し躊躇った口調で言われて、私もやっと意味を理解する。
「明日からは、ばあやにもう一つ部屋を用意させる。それまでは僕の部屋に来てもらおうか」
勝手に顔が熱くなってくる。しかし、エデンさんは冷静だった。
「代わりに僕がこの部屋で寝る。ジルバートも心細いだろう」
「あ、そ、そうですよね。ありがとうございます」
ジルはまだ傷を持つ身だ。下手に動かすわけにもいかない。いざエデンさんの部屋に来ると、何だか落ち着かなかった。フォリンはふかふかなベッドに顔をうずめて早速寝息を立てている。私も戸惑いながら眠りについた。
0
あなたにおすすめの小説
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
アリエッタ幼女、スラムからの華麗なる転身
にゃんすき
ファンタジー
冒頭からいきなり主人公のアリエッタが大きな男に攫われて、前世の記憶を思い出し、逃げる所から物語が始まります。
姉妹で力を合わせて幸せを掴み取るストーリーになる、予定です。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
【完結】無能と婚約破棄された令嬢、辺境で最強魔導士として覚醒しました
東野あさひ
ファンタジー
無能の烙印、婚約破棄、そして辺境追放――。でもそれ、全部“勘違い”でした。
王国随一の名門貴族令嬢ノクティア・エルヴァーンは、魔力がないと断定され、婚約を破棄されて辺境へと追放された。
だが、誰も知らなかった――彼女が「古代魔術」の適性を持つ唯一の魔導士であることを。
行き着いた先は魔物の脅威に晒されるグランツ砦。
冷徹な司令官カイラスとの出会いをきっかけに、彼女の眠っていた力が次第に目を覚まし始める。
無能令嬢と嘲笑された少女が、辺境で覚醒し、最強へと駆け上がる――!
王都の者たちよ、見ていなさい。今度は私が、あなたたちを見下ろす番です。
これは、“追放令嬢”が辺境から世界を変える、痛快ざまぁ×覚醒ファンタジー。
どうやらお前、死んだらしいぞ? ~変わり者令嬢は父親に報復する~
野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
「ビクティー・シークランドは、どうやら死んでしまったらしいぞ?」
「はぁ? 殿下、アンタついに頭沸いた?」
私は思わずそう言った。
だって仕方がないじゃない、普通にビックリしたんだから。
***
私、ビクティー・シークランドは少し変わった令嬢だ。
お世辞にも淑女然としているとは言えず、男が好む政治事に興味を持ってる。
だから父からも煙たがられているのは自覚があった。
しかしある日、殺されそうになった事で彼女は決める。
「必ず仕返ししてやろう」って。
そんな令嬢の人望と理性に支えられた大勝負をご覧あれ。
ひめさまはおうちにかえりたい
あかね
ファンタジー
政略結婚と言えど、これはない。帰ろう。とヴァージニアは決めた。故郷の兄に気に入らなかったら潰して帰ってこいと言われ嫁いだお姫様が、王冠を手にするまでのお話。(おうちにかえりたい編)
王冠を手に入れたあとは、魔王退治!? 因縁の女神を殴るための策とは。(聖女と魔王と魔女編)
平和な女王様生活にやってきた手紙。いまさら、迎えに来たといわれても……。お帰りはあちらです、では済まないので撃退します(幼馴染襲来編)
タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。
渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。
しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。
「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」
※※※
虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる