黒竜使いの少女ナタリア

杏栞しえる

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シルバーリングの約束

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 フォリンの噴水がぱたりと止んでから、馬の足音が聞こえていた。シアンさんは腰の剣に手をかけて辺りを見渡している。月明りに照らされて、それがエデンさんだとわかる。
「エデンさん!」
 彼は馬を降りるとシアンさんの頬を容赦なく引っ叩いた。今度は硬く拳を握って振りかざそうとする。私は思わずシアンさんの前に飛び出した。ずっしりと重たいものが当たる。
「エデン! 僕のことはいくらでも殴ればいいよ。だけどナタリアには駄目だ」
 よろけた私をシアンさんが包むように受け止めた。
「そっちが庇ってきたんだろ」
 今まで聞いたことのないような、冷たい声だった。
「普通弟の女に手出すかよ? 今生きてんのも、良い待遇なのも俺のおかげなのにさ」
 俺っていうところ、初めて聞いた。そんなこと、思っている場合ではないのだろうけど。
「私はフォリンを迎えに来たの」
「知ってる。君のおばあさんから聞いた。フォリンはもう元には戻らないってことも」
「どうして?」
「フォリンが今まで生きていたのは、絆を結んでいたからだ。それが切れると、竜も消える」
「で、でも」
 エデンさんは深くため息をついた。
「いない黒竜を探し続けるか、俺と結婚するか、選んで」
 妙な間が空いた。無言のままエデンさんを見つめる。
「私のこと、お父さんにちゃんと納得してもらえたの?」
 彼から返事は返ってこない。
「説得するつもり、ないでしょう」
「そうなの?」
 シアンさんは驚いてエデンさんの方を見た。
「私、前から疑問に思っていたことがあるの」
「何?」
「まず、手紙。三年送って返事が来なかったら、会いに来るよね?」
「それは、ナタリアがお母さんに秘密にしてたからでしょ?」
「そう? 私が会いに行ったとき、そんなこと覚えてなかったけれど」
 しんとした空気が広がる。
「じゃあ、俺の事好きじゃないんだ? 兄にほだされちゃった?」
 こんな感情、初めてだ。ずっと憧れていて、誰にでも気楽に接する彼が、今は別人に見える。
「わからないよ。どっちが本当のエデンさんなの……」
 すると、エデンさんは再びため息をついた。
「本当っ鈍いんだね。俺は城の暮らしから抜け出したくって、町娘を選んだだけなのに」
 目が、焼けるように熱い。
「その目、まただ」
 彼の言葉で正気に戻る。どうしても、手の震えが止まらなかった。
「エデン、どうしちゃったんだよ。ナタリアのこと、大切にするって言ってたじゃないか」
 シアンさんは穏やかな声で言う。
「兄さんにはわからないよ。このプレッシャーが」
「プレッシャー?」
「噂が一人歩きしてさ、俺、学力も人並み程度だし、兄さんみたいな人格者でもないし。王様にでもうっかりなっちゃたら、ずっと不自由な生活だよ? 耐えられる訳ないじゃん」
 この人に惹かれていた理由がわかった気がした。寂しかったんだ。ずっと。病弱な兄に代わって期待されて、皆に作られた理想像から抜け出せなかった。抜け出すことを許されなかった。
「エデンさん……」
「幻滅したでしょ。君のことやっぱり妹にしか見えなかったし」
「ううん。正直びっくりはした。だけど、今すっごくすっきりした顔してるよ」
「え?」
「本当の気持ち、お父さんにも話すべきだと思う」
 エデンさんは文字通り、放心状態だった。
「嫌いにならない?」
 まるで、子供のような口調だ。
「ならないよ」
「殴っちゃって、ごめん。僕ならたぶん、止められたのに」
 地面に座り込むと私の頬に触れた。
「シアン兄さんも、ごめん。僕、兄さんに王様を押し付けたくって、兄さんの体治すのに必死だっただけなんだ」
「エデン……、こっちこそ頼りない兄でごめん。期待されてること、喜んでるって思っちゃってたんだ」
 エデンさんは子供のような泣き声を上げて、涙を流した。それはいつしか見た、彼の弱々しい姿。あの時、彼の部屋から私を引き留めた時と同じ。きっと拒否されるのが、怖かったんだと、今わかった。
「じゃあ、ひとまず三人でお城に帰りましょう!」
 私は敢えて明るい声で言う。エデンさんはよろよろと自分の足で立ち上がった。続けて私も立ち上がろうと足に力を籠める。
「痛っ!」
 思わず声が出て口を塞いだ。シアンさんがまた抱き留め支えてくれる。
「ご、ごめんなさい。何度も」
「大丈夫じゃ、なさそうだね」
 そう言うと私を地面からすくい上げた。これじゃまるで、お姫様みたいだ。恥ずかしくて情けなくて、顔を合わせられない。馬に乗せてもらうと、湖に目を向けた。
最初に見た時よりも、星が滲んで見えた。フォリンの寂しそうな表情が浮かぶ。
「シアンさん、私、やっぱり……」
「また、ここに来よう。フォリンが戻るまで何度でも」
「……ありがとう」
 自然とこぼれたその言葉に、彼は満足そうにうなずいた。
「エデン、悪いんだけれど、城まで誘導してくれるかい?」
「あぁ、もちろん」
 一気に大人びた口調に私は思わず微笑んだ。左手に光るシルバーリングを外し、思い切り湖に投げる。水に浮かんだ星々の中に消えていく――
「必ず迎えに行くから。それまで持ってて」
 湖に向かってそう囁いた。






ーENDー

『黒竜使いの少女ナタリア』を最後まで読んで下さり、ありがとうございました。

作者が公募用の作品を執筆するために、一旦完結という形をとらせていただきましたが、ご好評とあらば第二弾も書かせていただこうと思っております!
なので、この作品を気に入ってくださった方は是非ご感想よろしくお願いします!
(解釈は人それぞれなので、皆さまのご感想とっても気になっています⭐)

読者の皆さまに感謝をこめて

杏栞しえる
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