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3.初恋
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アリスとシルヴァンの交流は、その後クラヴェル家での小さなお茶会という形で定期的に行われた。
まだ幼女のアリスのため、ベシエール公爵家がクラヴェル公爵家を家族で訪れる形で開かれた。
多忙の父たちは不在だが、どちらの母親も同席の茶会は、アリスにとって唯一の外との接触で、婚約者同士としては些か疎遠気味の数か月に一度という頻度ではあったが楽しみの一つとなった。
茶会の間、シルヴァンは終始小さな紳士だった。
常に、アリスを淑女として扱い、優先してくれる。クラヴェル家でも年の離れた末娘であったから、大切にはされていたアリスだが、見目のいい婚約者に大切に扱われるのには胸が高鳴った。
8歳年上のシルヴァンは、アリスから見れば博識で、話題には事欠かなかった。たかが庭の散策一つでも、色とりどりの花たちの名前を丁寧に答えてくれる彼に尊敬の念も抱いた。
アリスよりずいぶんと背が高くて、隣に並んでもかなり見上げないとシルヴァンの顔は見えないが、アリスが彼の顔を伺うような仕草をすれば、すぐに背を屈めて視線を合わせてくれる。
庭を歩く時には、その大きな手でアリスの小さな手を支えながらエスコートしてくれる。
もちろん兄たちだって同じようにしてくれているはずなのに、シルヴァンがすることはいちいちアリスにドキドキを齎してくれる。
年が離れすぎていて、父に近いような兄たちより年の近いシルヴァンとの接触は、 頬が熱くなって恥ずかしかったり、無性に駆けだしたくなったりとアリスの心は忙しなくなる。
しかし、決して二人きりにはなっていない。必ず目の届くところに母たちがいて、シルヴァンも母たちの目から離れる距離にはアリスを誘わない。
アリスが「もう少し歩きたい」とわがままを言っても、「母たちにこの花を持って行ってあげよう。きっと喜ぶよ」などといってさり気なくガゼボに用意されたテーブルにアリスを戻してしまう。
それは、どこか一線を引いた態度で、一瞬アリスに不安を覚えさせるものの、その後母たちも含めた3人から巧みな言葉で曖昧にされてしまう。
それでもアリスにとってのこの時間は特別で、シルヴァンと逢う日は大切な日となった。
そうして2年が過ぎる頃になると、彼のことは代えがたい大好きな人となっていた。
シルヴァンに逢いたくて、もっとお茶会をふやしてほしいとわがままを言ったり、シルヴァンにも逢いたいと書いて手紙を出してみたりしたけれど、茶会の頻度は変わらなかった。
親に管理される年齢であるアリスは、親の許可がなければ逢うことはできない。それはシルヴァンからの返事もそう書かれていたし、泣きついた姉からも同じように諭された。
「シルヴァン様に逢いたいって泣くなんて。アリスも女の子なのね」
と姉に困った顔をされて頭を撫でられても、逢いたいのに逢えないという悲しい気持ちはなくならず、アリスの涙は止まらない。
「シルヴァン様に逢えないの、とっても悲しいの」
なんて涙を溜めて言う可愛い妹のそんないじらしい姿に、姉は小さく微笑んだ。
「こんなに小さいのに、もう恋をしているのね」
アリスは12歳離れた姉が大好きで、勉学や鍛錬に忙しい姉の暇を見つけては、いろいろな話を聞いてもらっていた。
もちろんそれはシルヴァンのことも。
いろんなことを知っていて、アリスにたくさんのことを教えてくれること。
優しくエスコートしてくれて、庭を歩く間もアリスの歩幅に合わせてくれること。
さらりと流れる黒髪が、日の光を受けると輪ができること。
涼やかな目元が素敵なこと。
その奥の濃紺の瞳に、金色の光が宿ること。
初めて逢った時より低くなった声が自分の名前を呼ぶと心が弾むこと。
そんなアリスをみて、姉は、「恋をしている」と言った。
7歳になっていたアリスにとって、多少なりとも【恋】という言葉は耳慣れた言葉だった。若いメイドたちのおしゃべりにもよく出てくる言葉だったし、子供向けの絵本にすらにもちらほら出てくる単語だったからだ。
姉からそう言われた後、アリスはふわふわする足取りのまま部屋に戻った。
――恋ってなにかしら。
――こんなに、シルヴァン様に逢いたくて仕方ない気持ちが恋なの?
はしたなくもデイドレスのままベッドに突っ伏した7歳のアリスの頭の中は、姉の「恋」の単語がぐるぐる回っている。
19歳の姉は、20歳となる来年に騎士団長と婚姻を控えている。
最初は一目ぼれだだったのだと姉は言う。剣の筋が良かった姉は騎士になりたいとずっと願っていたらしいが、模擬訓練に参加した折に出逢った未来の旦那様に一目で惹かれたのだと姉ははにかみながら言った。
姉も婚約者と5歳の年の差がある。それでも姉が20歳まで婚姻をしなかったのは、婚約者が騎士団長の任命を受けるまで待つことが条件だったからだ。
姉はすでに恋を知っている人だ。
小さなアリスに芽生えたこの焦燥にも似たシルヴァンに対する気持ちを、姉は恋だと言った。
アリスはこれが恋なのだと、小さな胸の中の暖かい、でももどかしいこの気持ちに初めて名がついたことに一人心を躍らせた。
まだ幼女のアリスのため、ベシエール公爵家がクラヴェル公爵家を家族で訪れる形で開かれた。
多忙の父たちは不在だが、どちらの母親も同席の茶会は、アリスにとって唯一の外との接触で、婚約者同士としては些か疎遠気味の数か月に一度という頻度ではあったが楽しみの一つとなった。
茶会の間、シルヴァンは終始小さな紳士だった。
常に、アリスを淑女として扱い、優先してくれる。クラヴェル家でも年の離れた末娘であったから、大切にはされていたアリスだが、見目のいい婚約者に大切に扱われるのには胸が高鳴った。
8歳年上のシルヴァンは、アリスから見れば博識で、話題には事欠かなかった。たかが庭の散策一つでも、色とりどりの花たちの名前を丁寧に答えてくれる彼に尊敬の念も抱いた。
アリスよりずいぶんと背が高くて、隣に並んでもかなり見上げないとシルヴァンの顔は見えないが、アリスが彼の顔を伺うような仕草をすれば、すぐに背を屈めて視線を合わせてくれる。
庭を歩く時には、その大きな手でアリスの小さな手を支えながらエスコートしてくれる。
もちろん兄たちだって同じようにしてくれているはずなのに、シルヴァンがすることはいちいちアリスにドキドキを齎してくれる。
年が離れすぎていて、父に近いような兄たちより年の近いシルヴァンとの接触は、 頬が熱くなって恥ずかしかったり、無性に駆けだしたくなったりとアリスの心は忙しなくなる。
しかし、決して二人きりにはなっていない。必ず目の届くところに母たちがいて、シルヴァンも母たちの目から離れる距離にはアリスを誘わない。
アリスが「もう少し歩きたい」とわがままを言っても、「母たちにこの花を持って行ってあげよう。きっと喜ぶよ」などといってさり気なくガゼボに用意されたテーブルにアリスを戻してしまう。
それは、どこか一線を引いた態度で、一瞬アリスに不安を覚えさせるものの、その後母たちも含めた3人から巧みな言葉で曖昧にされてしまう。
それでもアリスにとってのこの時間は特別で、シルヴァンと逢う日は大切な日となった。
そうして2年が過ぎる頃になると、彼のことは代えがたい大好きな人となっていた。
シルヴァンに逢いたくて、もっとお茶会をふやしてほしいとわがままを言ったり、シルヴァンにも逢いたいと書いて手紙を出してみたりしたけれど、茶会の頻度は変わらなかった。
親に管理される年齢であるアリスは、親の許可がなければ逢うことはできない。それはシルヴァンからの返事もそう書かれていたし、泣きついた姉からも同じように諭された。
「シルヴァン様に逢いたいって泣くなんて。アリスも女の子なのね」
と姉に困った顔をされて頭を撫でられても、逢いたいのに逢えないという悲しい気持ちはなくならず、アリスの涙は止まらない。
「シルヴァン様に逢えないの、とっても悲しいの」
なんて涙を溜めて言う可愛い妹のそんないじらしい姿に、姉は小さく微笑んだ。
「こんなに小さいのに、もう恋をしているのね」
アリスは12歳離れた姉が大好きで、勉学や鍛錬に忙しい姉の暇を見つけては、いろいろな話を聞いてもらっていた。
もちろんそれはシルヴァンのことも。
いろんなことを知っていて、アリスにたくさんのことを教えてくれること。
優しくエスコートしてくれて、庭を歩く間もアリスの歩幅に合わせてくれること。
さらりと流れる黒髪が、日の光を受けると輪ができること。
涼やかな目元が素敵なこと。
その奥の濃紺の瞳に、金色の光が宿ること。
初めて逢った時より低くなった声が自分の名前を呼ぶと心が弾むこと。
そんなアリスをみて、姉は、「恋をしている」と言った。
7歳になっていたアリスにとって、多少なりとも【恋】という言葉は耳慣れた言葉だった。若いメイドたちのおしゃべりにもよく出てくる言葉だったし、子供向けの絵本にすらにもちらほら出てくる単語だったからだ。
姉からそう言われた後、アリスはふわふわする足取りのまま部屋に戻った。
――恋ってなにかしら。
――こんなに、シルヴァン様に逢いたくて仕方ない気持ちが恋なの?
はしたなくもデイドレスのままベッドに突っ伏した7歳のアリスの頭の中は、姉の「恋」の単語がぐるぐる回っている。
19歳の姉は、20歳となる来年に騎士団長と婚姻を控えている。
最初は一目ぼれだだったのだと姉は言う。剣の筋が良かった姉は騎士になりたいとずっと願っていたらしいが、模擬訓練に参加した折に出逢った未来の旦那様に一目で惹かれたのだと姉ははにかみながら言った。
姉も婚約者と5歳の年の差がある。それでも姉が20歳まで婚姻をしなかったのは、婚約者が騎士団長の任命を受けるまで待つことが条件だったからだ。
姉はすでに恋を知っている人だ。
小さなアリスに芽生えたこの焦燥にも似たシルヴァンに対する気持ちを、姉は恋だと言った。
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