円満な婚約解消

KAORU

文字の大きさ
4 / 32

4.出生の秘密

 何も知らない子供で居られたのは、8歳までだった。
 8歳の誕生日を迎えた後、アリスは両親に呼ばれて、父親の執務室に入った。
 今まで子供は入ってはいけない部屋だったから、初めての場所にアリスはドキドキしながら母親の隣に座っていた。

 正面の一人用のソファに座った父が、優しい顔で笑った。

「アリス、8歳になったね」

 改めて言う父に、アリスは頷いた。昨日、誕生日会をしてみんなに祝ってもらったばかりだ。
 父がどうしてそんなことを言うのか、アリスにはよく理解できなかった。

「アリスにね、大事なことを言わないといけないんだ。
 でも、一つだけ覚えておいて欲しい。これは、決してアリスの所為じゃない。大人たちの都合なのだよ。
 私はアリスが悲しい気持ちになるのが嫌なんだけどね。これからはどうしてもほかの人にも会う時が来る。
 その時に、つらい思いをしないために話をする」

 穏やかな父の声が、アリスに語りかける。これから話すことはきっと大事なことだ。父の表情からもそれはアリスにも伝わった。
 そしてその内容は、アリスが悲しい思いをするかもしれないと父が思っている。それでも伝えなくてはならない大事なこと。

「もし、話を聞いてわたしが泣いたら、慰めてくれますか」

 アリスがそう尋ねると、隣の母も、目の前の父も大きく頷いてくれる。

「もちろんよ。いいこと、アリス。
 たとえどんなことがあったとしても、わたくしも旦那様も貴女の母であり父よ。それは変わらないわ。
 だから、我慢はしなくていいの。泣きたいときはたくさん泣けばいいのよ」

 母の言葉を受けて、アリスは顔を上げた。じっと父の顔を見ると、父は小さく頷いた。

「今から話をすることは、我が家の人と、ベシエール公爵家の人以外には話してはいけないよ。たとえ仲が良くても、使用人たちにも行ってはいけない。まずそれは約束できるかい?」

 父の声色が一つ低くなる。その言葉にアリスは背筋を伸ばしてしっかりと頷いた。

「アリス、お前は私たちの子ではない。皇太子殿下のお子なのだ。だが、母親はこの国の人ではない。それは、お前の持つ色の特徴を見ればわかってしまうことなのだよ。
 アリスは、お前の本当の母親に似ている」

 父の言葉が、アリスには遠くに聞こえた。
 そんなアリスを現実に引き戻すように、隣に座った母が包み込むようにアリスの小さな手を握った。
 
 自分は、今ここにいる父と母の子ではないという。それもこの国の未来の皇帝の子供だという。
 さらには、母親はこの国の人ではないという。
 頭の中で繰り返すと、自分の髪と瞳の色が家族の誰とも違うことに合点がいった。
 さらに言えば肌の色さえも違う。

「皇太子殿下は、一年だけ、北の隣国に留学されたのだ。その時にお前の母親と知り合った。そして決して落ちてはならない恋をなさった。その時に授かったのがお前なのだよ、アリス」
 
 父はふぅと一つため息をついた。
 父の言う皇太子殿下とは、昨年盛大な婚姻式を経て、先ごろ第1子である皇子が産まれたばかりである。皇太子妃は自国の侯爵令嬢。父の話から行けば、アリスの母は、父である皇太子とは婚姻していないことになる。

「わかると思うが、お前の母は皇太子妃ではないよ。あの方はこの国の方だからな。
 お前の母親は、北の隣国にいる。すでに別の方と婚姻していて、お前のほかにも子がいる」

 母がそっとアリスの頭を撫でた。
 ここまでの話だと、アリスには知らない異母弟と異父きょうだいがいることになる。

「8歳になるまで、お前を隠してきた。いや、言い方が悪いな。人前に出せば、必ずいろいろという者がいる。それから守りたかったのだ。
 だが、8歳からは、正式に子供たちの集う茶会に誘われる。それもいつまでも断ることはできないだろう。
 アリスはほかの貴族の子供たちと交流せねばならない。アリスの外見はこの国では珍しい。養子だと知っている者は多いが、だれが本当の親なのかを知る者はほとんどいない。
 他人とはね、わからないことにはいろんな憶測を乗せて噂するものなのだよ。きっとその中にはお前を傷つけるもの多くあるだろう。
 その時に、アリスには、噂に飲まれず、前を向いて毅然としていて欲しいのだ」

 硬い表情で語っていた父が、不意に目を細めてアリスを見つめた。
 そして、いつもの優しい柔らかい笑顔で立ち上がり、アリスの前に膝をついて顔を覗き込んた。
 近づいた父の優しい顔に、アリスの目にはジワリと涙が浮かんでしまった。我慢していたのに、あまりに父が優しい顔だったものだから、アリスの砦は決壊してしまったのだ。

「お前は、高貴な血を引き継ぐもの。そして、このクラヴェル家の子。クラヴェルは、皇家からお前を預かったその日に、宝物を得たのだよ。乳母に抱かれて私たちの前に現れたアリスは、本当に綺麗な美しい赤ん坊だった。
 それからは私も、ブリジットも、そして子供たちも、みんなアリスに夢中になった。アリスが笑えば、みんなが笑うし、泣けばみんなが狼狽える。
 そうして、お前は私たちの掛替えのない大切な家族になった。それは今も、これからもずっと変わらない」

 ブリジットと呼ばれた母は、泣き顔になるアリスの肩に手を乗せて、そっと胸に抱きしめてくれた。

「まだわからないことも多いかもしれない。でもアリスには知る権利がある。
 これから語ることは、お前の両親の話だ。今後、疑問に思ったり、不安に思うことはいつでも聞くといい。
 私の知る限りのことは話そう」

 そう言って、父は、アリスの手を握った。
 続く父の言葉は、アリスの理解をはるかに超える話で、8歳のアリスには重た過ぎた。
 


________________________________
 
 すみません、設定に迷いがあって、【王】と【皇】が混在してました💦
 修正しております。申し訳ありません。

あなたにおすすめの小説

《完結》悪女と噂されたわたくしのざまぁ

ヴァンドール
恋愛
悪女と噂のわたくしとの結婚なら、どれほど軽んじても問題はないと思っていた旦那様。 ところが……。

 《完結》 どうぞ、私のことはお気になさらず

ヴァンドール
恋愛
実家の伯爵家では、満足に食事も取らせてもらえず毎日、使用人以上に働かされた。  そして縁談が来たと思ったら火遊び好きな侯爵の隠れ蓑としての婚姻だった。

報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を

さくたろう
恋愛
 その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。  少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。 20話です。小説家になろう様でも公開中です。

悪意には悪意で

12時のトキノカネ
恋愛
私の不幸はあの女の所為?今まで穏やかだった日常。それを壊す自称ヒロイン女。そしてそのいかれた女に悪役令嬢に指定されたミリ。ありがちな悪役令嬢ものです。 私を悪意を持って貶めようとするならば、私もあなたに同じ悪意を向けましょう。 ぶち切れ気味の公爵令嬢の一幕です。

なくなって気付く愛

戒月冷音
恋愛
生まれて死ぬまで…意味があるのかしら?

戦場から帰らぬ夫は、隣国の姫君に恋文を送っていました

Mag_Mel
恋愛
しばらく床に臥せていたエルマが久方ぶりに参加した祝宴で、隣国の姫君ルーシアは戦地にいるはずの夫ジェイミーの名を口にした。 「彼から恋文をもらっていますの」。 二年もの間、自分には便りひとつ届かなかったのに? 真実を確かめるため、エルマは姫君の茶会へと足を運ぶ。 そこで待っていたのは「身を引いて欲しい」と別れを迫る、ルーシアの取り巻きたちだった。 ※小説家になろう様にも投稿しています

【完結/番外追加】恋ではなくなったとしても

ねるねわかば
恋愛
​十一年前、彼女は納得して切り捨てられた。 ​没落した貴族家の令嬢アリーネは、王都の社交サロンで同伴者として生きる道を選んだ。 ​歳月は、すべてを思い出に変えたはずだった。 会うたびにかつての婚約者を目で追うのは、ただの癖。 ​今ある思いは、恋ではない。 名がつくことのない二人の関係は、依頼主と同伴者となり、またその形を変えていく。 2万字くらいのお話です。

王太子殿下との思い出は、泡雪のように消えていく

木風
恋愛
王太子殿下の生誕を祝う夜会。 侯爵令嬢にとって、それは一生に一度の夢。 震える手で差し出された御手を取り、ほんの数分だけ踊った奇跡。 二度目に誘われたとき、心は淡い期待に揺れる。 けれど、その瞳は一度も自分を映さなかった。 殿下の視線の先にいるのは誰よりも美しい、公爵令嬢。 「ご一緒いただき感謝します。この後も楽しんで」 優しくも残酷なその言葉に、胸の奥で夢が泡雪のように消えていくのを感じた。 ※本作は「小説家になろう」「アルファポリス」「エブリスタ」にて同時掲載しております。 表紙イラストは、雪乃さんに描いていただきました。 ※イラストは描き下ろし作品です。無断転載・無断使用・AI学習等は一切禁止しております。 ©︎泡雪 / 木風 雪乃