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5.本当の父と母
アリスは黙ったまま、手を握る父の話を聞いていた。
父親は、この国の皇太子。
母親は隣国の公爵令嬢。元は国同士の政略のため、皇太子の婚約者候補だった。
そのまま、何もなければ、この国の皇太子妃になっていたかもしれない。
しかし二人は、間違えてしまったのだ。
一年の留学は、二人の相性を見るためのものでもあったが、両国の希望が叶う形で、学び舎で出逢った二人は惹かれ合った。
しかし、越えてはならない一線を越えてしまった。
婚姻を待たずに、それどころか婚約すら待たずに、令嬢に子が宿った。
それは国家間で問題になった。
二人はこの時まだ16歳だったのだ。何もかもが早すぎた。
双方合意の元とは言え、純潔が尊ばれる貴族社会において、未婚で母となることは令嬢の大きな瑕疵だ。二人とも国の要家の子であることから、子を宿したからと言って、すぐに婚姻できるわけもない。学業もまだ半ばで、卒業までには2年あった。
また、皇子の国は、皇太子は20歳を超えてから婚姻することが慣例となっていた。4年も待っていたら、子は大きくなってしまう。
両国で話し合った末、病気療養という名目で、令嬢は密かに皇子の国へ渡った。自国での出産は、情報が漏れる可能性が大きいからだ。
二人は引き離され、逢うことは許されなかった。
令嬢は、北の隣国に近い国境の辺境伯の邸に匿われ、その後、出産した。その時産まれたのがアリスだ。
生まれたアリスは母親の色をそっくりそのまま譲り受けた。北国特有の色白の肌に、白金の髪。菫のような紫の瞳。それは北国の王家の色。母となった令嬢には北の国の王族の血が入っていたからだ。
自国の皇子に似た色ならば、どこか王家筋の家の実子として育てようと思っていた皇家は頭を抱えた。明らかに北国の王家の色であった上、現在高位貴族に北国との縁組がなく、理由付けができなかったからだ。
子ができた時から、秘された子として貴族家に預けることは決まっていた。堕胎は母体に傷をつけ、子ができなくなる可能性もあるため、最初から選択肢にはなかった。少なくともこの子はどちらの国にとっても高貴な血が流れる子だ。
正直に言えば、政治的に鎹にも武器にもなる非常に繊細な存在となる。だから、両国で決めたのだ。管理下に置き、いずれはどちらかの国でその身の利を活かした婚姻をするべし。それは男児であれ女児であれ。
どちらの国も今は政権が安定しており、内乱の危険性は少ないが、火種は少ないほうがいい。そのためには、担がれないように教育する必要があった。
生半可な家には預けられない。かといって、皇家から遠くだと監視ができない。
そうして選ばれたのは、クラヴェル公爵家だった。
父の話では、アリスがまだ赤ん坊の頃、皇太子が何度もアリスを見に来たのだという。
生まれた後、半年は母親である隣国の令嬢とも過ごしたのだとも聞いた。二人とも、アリスを愛し、大切に思っているのだと。
ただ、一緒には暮らせない。
それは二人への罰であった。先走り過ぎた若い二人は、それぞれ、婚姻は別の者とすることを決められた。
どちらかがアリスを引き取ることも叶わない。
まだアリスの記憶に残らない間だけ、逢うことを許された皇太子は、何度も小さなアリスを抱きしめて詫びたのだそうだ。
――私たちのわがままで、君を不幸にする父を許してほしい
――一緒にはいられなくてもずっと愛している
そうして、皇太子は自国の侯爵令嬢と婚姻を結んだ。
母である北国の公爵令嬢も、自国の辺境伯の元へ輿入れをした。
母には、出来るだけアリスの近くに、という希望が叶えられ、この国に接する領地を持つ家に嫁いだ。
義父であるクラヴェル公爵、ジョエルは言う。
「そのうち、他人として逢うことはあるだろう。何せ、片方はこの国の皇太子だ。貴族の令嬢であるアリスが逢わずに済む道理はない。
そして、アリス、君の嫁入り先は必ず母のいる国にすることが決まっている。そうなれば、母とも逢うことがあるだろう」
「え……?」
思わず、アリスは声を上げた。
今、嫁入り先は隣国だと言わなかったか。
「シルヴァン様が婚約者なのではないの……?」
「そうだ。この話の最後は、そこなんだよ、アリス」
父は、眉を下げてアリスを見た。肩を抱く母の手にも力が入る。
「最低限の茶会でしか逢わせなかったが、このままではアリスが本当にシルヴァン君に恋をしてしまうとブリジットから聞いてね。
ちゃんと伝えなくてはならないと思ったのだよ」
「エルヴィーヌから聞いたのよ。アリスに『恋をしているのね』って言ったそうね。
ごめんなさい、アリス。子供たちはシルヴァン君が仮の婚約者だとは伝えていなかったの。
知らなかったとはいえ不用意な言葉を言ったと、エルヴィーヌが落ち込んでいるわ。お姉さまを許してあげてね」
エルヴィーヌはアリスが大好きな姉のことだ。確かに姉の言葉でアリスは自分の心を自覚した。
しかし、それは姉の言葉がなくても時間の問題だったように思う。
「シルヴァン君、いや、ベシエール公爵家はね、アリスをどちらが引き取るか最後まで我が家と候補に残っていた家だったのだよ」
父親は、この国の皇太子。
母親は隣国の公爵令嬢。元は国同士の政略のため、皇太子の婚約者候補だった。
そのまま、何もなければ、この国の皇太子妃になっていたかもしれない。
しかし二人は、間違えてしまったのだ。
一年の留学は、二人の相性を見るためのものでもあったが、両国の希望が叶う形で、学び舎で出逢った二人は惹かれ合った。
しかし、越えてはならない一線を越えてしまった。
婚姻を待たずに、それどころか婚約すら待たずに、令嬢に子が宿った。
それは国家間で問題になった。
二人はこの時まだ16歳だったのだ。何もかもが早すぎた。
双方合意の元とは言え、純潔が尊ばれる貴族社会において、未婚で母となることは令嬢の大きな瑕疵だ。二人とも国の要家の子であることから、子を宿したからと言って、すぐに婚姻できるわけもない。学業もまだ半ばで、卒業までには2年あった。
また、皇子の国は、皇太子は20歳を超えてから婚姻することが慣例となっていた。4年も待っていたら、子は大きくなってしまう。
両国で話し合った末、病気療養という名目で、令嬢は密かに皇子の国へ渡った。自国での出産は、情報が漏れる可能性が大きいからだ。
二人は引き離され、逢うことは許されなかった。
令嬢は、北の隣国に近い国境の辺境伯の邸に匿われ、その後、出産した。その時産まれたのがアリスだ。
生まれたアリスは母親の色をそっくりそのまま譲り受けた。北国特有の色白の肌に、白金の髪。菫のような紫の瞳。それは北国の王家の色。母となった令嬢には北の国の王族の血が入っていたからだ。
自国の皇子に似た色ならば、どこか王家筋の家の実子として育てようと思っていた皇家は頭を抱えた。明らかに北国の王家の色であった上、現在高位貴族に北国との縁組がなく、理由付けができなかったからだ。
子ができた時から、秘された子として貴族家に預けることは決まっていた。堕胎は母体に傷をつけ、子ができなくなる可能性もあるため、最初から選択肢にはなかった。少なくともこの子はどちらの国にとっても高貴な血が流れる子だ。
正直に言えば、政治的に鎹にも武器にもなる非常に繊細な存在となる。だから、両国で決めたのだ。管理下に置き、いずれはどちらかの国でその身の利を活かした婚姻をするべし。それは男児であれ女児であれ。
どちらの国も今は政権が安定しており、内乱の危険性は少ないが、火種は少ないほうがいい。そのためには、担がれないように教育する必要があった。
生半可な家には預けられない。かといって、皇家から遠くだと監視ができない。
そうして選ばれたのは、クラヴェル公爵家だった。
父の話では、アリスがまだ赤ん坊の頃、皇太子が何度もアリスを見に来たのだという。
生まれた後、半年は母親である隣国の令嬢とも過ごしたのだとも聞いた。二人とも、アリスを愛し、大切に思っているのだと。
ただ、一緒には暮らせない。
それは二人への罰であった。先走り過ぎた若い二人は、それぞれ、婚姻は別の者とすることを決められた。
どちらかがアリスを引き取ることも叶わない。
まだアリスの記憶に残らない間だけ、逢うことを許された皇太子は、何度も小さなアリスを抱きしめて詫びたのだそうだ。
――私たちのわがままで、君を不幸にする父を許してほしい
――一緒にはいられなくてもずっと愛している
そうして、皇太子は自国の侯爵令嬢と婚姻を結んだ。
母である北国の公爵令嬢も、自国の辺境伯の元へ輿入れをした。
母には、出来るだけアリスの近くに、という希望が叶えられ、この国に接する領地を持つ家に嫁いだ。
義父であるクラヴェル公爵、ジョエルは言う。
「そのうち、他人として逢うことはあるだろう。何せ、片方はこの国の皇太子だ。貴族の令嬢であるアリスが逢わずに済む道理はない。
そして、アリス、君の嫁入り先は必ず母のいる国にすることが決まっている。そうなれば、母とも逢うことがあるだろう」
「え……?」
思わず、アリスは声を上げた。
今、嫁入り先は隣国だと言わなかったか。
「シルヴァン様が婚約者なのではないの……?」
「そうだ。この話の最後は、そこなんだよ、アリス」
父は、眉を下げてアリスを見た。肩を抱く母の手にも力が入る。
「最低限の茶会でしか逢わせなかったが、このままではアリスが本当にシルヴァン君に恋をしてしまうとブリジットから聞いてね。
ちゃんと伝えなくてはならないと思ったのだよ」
「エルヴィーヌから聞いたのよ。アリスに『恋をしているのね』って言ったそうね。
ごめんなさい、アリス。子供たちはシルヴァン君が仮の婚約者だとは伝えていなかったの。
知らなかったとはいえ不用意な言葉を言ったと、エルヴィーヌが落ち込んでいるわ。お姉さまを許してあげてね」
エルヴィーヌはアリスが大好きな姉のことだ。確かに姉の言葉でアリスは自分の心を自覚した。
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