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8.公爵令嬢
ヴァラドン公爵家は、アリスのクラヴェル公爵家と並ぶ名家の一つだ。
シルヴァンのベシエール公爵家と並んで三公爵と呼ばれる最古参の貴族である。クラヴェルを文とするなら、ヴァラドンは武の家系で、義母の生家である侯爵家はヴァラドン公爵家傘下である。
当然、義母であるブリジットはヴァラドン侯爵夫人とは面識がある。アリスは一度も会ったことがないが、砕けた口調から親しい間柄だとわかる。
「旦那様がなかなか了承されなかったのよ。そんなに会いたければ、我が家に来てくださればよろしかったのに」
ブリジットがさらりと躱すと、ヴァラドン夫人はまるで駄々っ子のように眉を下げる。
「ブリジットは意地悪ね。私にも同じ年の子がいて、そう家を空けられないことは分かっているくせに」
ヴァラドン公爵夫人は、傍らの子供に視線を向けた。
淡いピンクのドレス、柔らかな金髪に緑の瞳。小作りの整った顔に、意志の強そうな瞳が印象的な少女だ。
「クリスティーヌ、ご挨拶なさい」
夫人はそっと少女の方を押して、一歩前に促した。
少女はドレスの端を摘んで優雅に礼をする。
「クリスティーヌ・ヴァラドンです。お会いできて光栄です」
「ブリジット・クラヴェルです。とても綺麗なご挨拶ありがとう。
アリス、貴女も挨拶なさい」
この日のアリスは、白金の髪が映えるブルーのドレスだった。アリスは、教師に習った通り、美しく毅然と見えるよう何度も練習した礼をした。
「アリス・クラヴェルです。今日はお招きありがとうございます」
そうして、顔を上げると、緑の目と視線がかち合った。
義父から聞いた話で行けば、ヴァラドン公爵家は彼女がいたから、アリスを引き受けることを辞退したのだ。
輝石のような光を宿す深い緑の目には、感情の色は見えない。ただ、じっとアリスの紫の瞳を見つめていた。
「クリスティーヌ、お話したかったのでしょう?」
「はい、お母様」
「ではアリスちゃんと二人でお話してらっしゃい。わたくしはブリジットとお茶を頂くわ。同席してもよいけれど、」
「いいえ、お母様、アリス様と一緒にお菓子を選んで参ります。そのあとご一緒させてください」
そう不躾に母親の言葉を遮ったクリスティーヌはアリスに手を差し出した。
「ご一緒してくださる? 今日のお菓子、いくつかはわたくしが選んだの。気に入ってくださると良いけど」
アリスは、その差し出された手に、自身の手を乗せた。
同じくらいの大きさの手は、初めての感覚だった。
手入れされた、令嬢の小さな手。でも確かに温かい。
「ぜひご一緒させてくださいませ。クリスティーヌ様が選んだお菓子、とても楽しみだわ」
アリスは笑って見せた。
クリスティーヌは、ちょっと悪戯っぽく笑って、アリスの手を引いた。
色とりどりの菓子の前で、クリスティーヌはアリスの手を放した。
「わたくし、お茶会って嫌いなのよね。どの子も考えが透けて見えちゃって」
取り分け用の小さな絵皿をアリスに手渡しながら、クリスティーヌは溜め息をついた。
「クリスティーヌ様はもう何度かお茶会には出られたの?」
「堅苦しい言葉じゃなくていいわよ。それに様はいらないわ。同じ公爵家じゃない」
砕けた様子のクリスティーヌにアリスはクスッと笑みを漏らした。
意志の強さを見せた眼差しは彼女の性格そのままであるようだ。
アリスの周りには同じ年頃の子供は存在しなかった。初めて参加した茶会に緊張していたアリスは、その砕けた様子のクリスティーヌに安堵した。
義母が傍を離れるのを許したのも、きっと彼女だからなのだろう。
彼女と一緒なら、アリスは守られる。
「では、クリスティーヌって呼ぶわ。わたくしもアリスと呼んでね」
「では、アリス。貴女は初めての茶会なのでしょ? わたくしはね、子供のころから母に連れて歩かれたから、もう慣れっこなの。
公爵令嬢って、親の地位が高いだけでわたくし自身が偉いわけでもないのに、みんなが頭を下げてくるのよ。
そして、子供たちは、何とかお友達になろうとしてくるの。きっと親にそう言われてるのよね」
それって、本当の友達とは言えないと思わない?と唇を尖らせるクリスティーヌには年相応の可愛らしさがあった。
「わたくしは、今まで家から出たことがなくて。今日初めて他の人と逢ったけれど、みんな遠巻きだったわ。
そして初めて声を聴いたのが「「あの子だけ髪の毛の色、おかしいわ」」
アリスに合わせてクリスティーヌまで声を合わせたから、二人とも吹き出してしまった。
こんな風に同い年の令嬢と会話ができたことは、アリスにとっては驚きでもあり喜びでもあった。
クリスティーヌは自分が選んだ菓子をアリスの皿に乗せてくれ、二人で母親たちの座る席へ戻った。
楽し気に戻ってきた二人を見て、母たちは目配せをして微笑んだ。
おそらくこの出会いは最初から予定されていたに違いない。
母たちはもとより旧知の仲であり、アリスの秘密を共有する家同士。おそらくクリスティーヌは若干の情報は知らされている。
クラヴェル公爵家を含めた3公爵家は秘密を共有する者として、社交界でのアリスの存在を守るための布陣を敷くつもりなのだ。
クリスティーヌはきっと、ここからのアリスにとって大切な存在となるはずだ。
クリスティーヌの選んだ菓子は、今日の彼女のドレスの色と同じ淡いピンクの焼き菓子だった。
仄かに酸味のある味わいと、彼女の強い眼差しとが重なった。
シルヴァンのベシエール公爵家と並んで三公爵と呼ばれる最古参の貴族である。クラヴェルを文とするなら、ヴァラドンは武の家系で、義母の生家である侯爵家はヴァラドン公爵家傘下である。
当然、義母であるブリジットはヴァラドン侯爵夫人とは面識がある。アリスは一度も会ったことがないが、砕けた口調から親しい間柄だとわかる。
「旦那様がなかなか了承されなかったのよ。そんなに会いたければ、我が家に来てくださればよろしかったのに」
ブリジットがさらりと躱すと、ヴァラドン夫人はまるで駄々っ子のように眉を下げる。
「ブリジットは意地悪ね。私にも同じ年の子がいて、そう家を空けられないことは分かっているくせに」
ヴァラドン公爵夫人は、傍らの子供に視線を向けた。
淡いピンクのドレス、柔らかな金髪に緑の瞳。小作りの整った顔に、意志の強そうな瞳が印象的な少女だ。
「クリスティーヌ、ご挨拶なさい」
夫人はそっと少女の方を押して、一歩前に促した。
少女はドレスの端を摘んで優雅に礼をする。
「クリスティーヌ・ヴァラドンです。お会いできて光栄です」
「ブリジット・クラヴェルです。とても綺麗なご挨拶ありがとう。
アリス、貴女も挨拶なさい」
この日のアリスは、白金の髪が映えるブルーのドレスだった。アリスは、教師に習った通り、美しく毅然と見えるよう何度も練習した礼をした。
「アリス・クラヴェルです。今日はお招きありがとうございます」
そうして、顔を上げると、緑の目と視線がかち合った。
義父から聞いた話で行けば、ヴァラドン公爵家は彼女がいたから、アリスを引き受けることを辞退したのだ。
輝石のような光を宿す深い緑の目には、感情の色は見えない。ただ、じっとアリスの紫の瞳を見つめていた。
「クリスティーヌ、お話したかったのでしょう?」
「はい、お母様」
「ではアリスちゃんと二人でお話してらっしゃい。わたくしはブリジットとお茶を頂くわ。同席してもよいけれど、」
「いいえ、お母様、アリス様と一緒にお菓子を選んで参ります。そのあとご一緒させてください」
そう不躾に母親の言葉を遮ったクリスティーヌはアリスに手を差し出した。
「ご一緒してくださる? 今日のお菓子、いくつかはわたくしが選んだの。気に入ってくださると良いけど」
アリスは、その差し出された手に、自身の手を乗せた。
同じくらいの大きさの手は、初めての感覚だった。
手入れされた、令嬢の小さな手。でも確かに温かい。
「ぜひご一緒させてくださいませ。クリスティーヌ様が選んだお菓子、とても楽しみだわ」
アリスは笑って見せた。
クリスティーヌは、ちょっと悪戯っぽく笑って、アリスの手を引いた。
色とりどりの菓子の前で、クリスティーヌはアリスの手を放した。
「わたくし、お茶会って嫌いなのよね。どの子も考えが透けて見えちゃって」
取り分け用の小さな絵皿をアリスに手渡しながら、クリスティーヌは溜め息をついた。
「クリスティーヌ様はもう何度かお茶会には出られたの?」
「堅苦しい言葉じゃなくていいわよ。それに様はいらないわ。同じ公爵家じゃない」
砕けた様子のクリスティーヌにアリスはクスッと笑みを漏らした。
意志の強さを見せた眼差しは彼女の性格そのままであるようだ。
アリスの周りには同じ年頃の子供は存在しなかった。初めて参加した茶会に緊張していたアリスは、その砕けた様子のクリスティーヌに安堵した。
義母が傍を離れるのを許したのも、きっと彼女だからなのだろう。
彼女と一緒なら、アリスは守られる。
「では、クリスティーヌって呼ぶわ。わたくしもアリスと呼んでね」
「では、アリス。貴女は初めての茶会なのでしょ? わたくしはね、子供のころから母に連れて歩かれたから、もう慣れっこなの。
公爵令嬢って、親の地位が高いだけでわたくし自身が偉いわけでもないのに、みんなが頭を下げてくるのよ。
そして、子供たちは、何とかお友達になろうとしてくるの。きっと親にそう言われてるのよね」
それって、本当の友達とは言えないと思わない?と唇を尖らせるクリスティーヌには年相応の可愛らしさがあった。
「わたくしは、今まで家から出たことがなくて。今日初めて他の人と逢ったけれど、みんな遠巻きだったわ。
そして初めて声を聴いたのが「「あの子だけ髪の毛の色、おかしいわ」」
アリスに合わせてクリスティーヌまで声を合わせたから、二人とも吹き出してしまった。
こんな風に同い年の令嬢と会話ができたことは、アリスにとっては驚きでもあり喜びでもあった。
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おそらくこの出会いは最初から予定されていたに違いない。
母たちはもとより旧知の仲であり、アリスの秘密を共有する家同士。おそらくクリスティーヌは若干の情報は知らされている。
クラヴェル公爵家を含めた3公爵家は秘密を共有する者として、社交界でのアリスの存在を守るための布陣を敷くつもりなのだ。
クリスティーヌはきっと、ここからのアリスにとって大切な存在となるはずだ。
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