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閑話:公爵邸応接間(大人たちの懺悔)
アリスとディートハルトの背中を見送って。
大人たちは、張り詰めたものを解いたように肩の力が抜けた。
「いや、もう、感謝しかない。いい子に育ててくれた」
ベルトラム公爵の言葉に、ジョエルは眉を下げる。
「元の性格と地頭が良いのです。何せ純粋で、愛情を正しく受け取ってくれる子だったのですよ。物心ついたころには自分が他とは違うことに気付いたはずです。それでも私たちを家族として信じてくれた」
「愛情の掛け方が良かったのだろう。他の御子と遜色なく扱ってくれたと聞く。本当に幾ら礼を言っても言い足りない」
「本来なら、実の両親に愛されて育ったはずです。ベルトラム殿はどうしてあの二人を引き離されたのですか」
「…… どのように伝わっているかは知っている。そして、私が悪者であるほうが国のためにはいいこともわかっている。
しかし、娘の幸せを願わない親は、そういないだろう。私とて、娘は可愛かったし、幸せになって欲しいと思っていた。
だが、国としては…… それは許されなかった」
ベルトラム公爵の顔には深い後悔が滲む。
国の情勢は、圧倒的にヴィリス帝国のほうが力関係は上だ。
イスブルグ王国は、雪深い山脈に囲われた小さな国だ。農業資源も限られる。かろうじて山から採掘される鉱物資源とそれを使った技術力を他国に売ることで生計を立てている。国民を飢えさせないためには、他国から齎される農資源が必要であった。
そこを断たれると国は立ち行かない。他国にはない技術は門外不出とし、国外に持ち出されないよう法を整備したが、【情報】などというものは、形がないゆえに制御しづらい。故に周辺国と姻戚関係を持つことでイスブルグは国の形を保ってきた。
王家には女児が求められる。しかし、先代の王妃は側妃を認めなかった。結果として王子しか生まれず、先代が婿に入った第3王子であり王家の血が色濃く残るベルトラム公爵家の長女に、他国との縁を繋ぐ役目が回ってきたのだ。
アリスの母であるアンネリーゼは、公爵家の役目は重々承知していた。過去の繋がりで関係が安定していて、ここ何代か姻戚関係を結んでいなかったヴィリス帝国に同年の第1皇子がいて、自分が嫁ぐことになるのあろうと覚悟も持っていた。
自分を律し、堅く育った娘にとって、初めての恋だった。それも将来結ばれるであろうとほぼ確定した相手に恋をしたのだ。それはヴィリス帝国の皇子も同じだった。婚約者候補と分かっていて逢ったのだ。
若過ぎる二人の恋の暴走は、周辺諸国に多少なりとも漣を立てた。皇子の婚約者候補は他にもいたからだ。各国の中で領地も権勢も随一だったヴィリス帝国に自国の妃をと望む国はなにもイスブルグだけではない。
ここ何代かイスブルグとヴィリスの婚姻が行われなかったのは、他国との関係性もあったからに他ならない。
抜け駆けにも見える公爵令嬢の存在は、各国から非難される可能性が高かった。遺恨を残さないためにも、早々にヴィリス帝国は皇子の婚約者は自国から選定すると発表し、イスブルグ王国も公爵令嬢を病気療養として表舞台から隠した。
どちらの決断も、微妙なバランスで保たれている各国の関係を揺るがさないための措置だった。
そのため、二人の行く末は二度と交わらない、そして生まれたアリスは秘された。
ベルトラム公爵は、最初娘も合意の上、二人が相愛になったこと、体の関係を持ったことに、早々に婚約とすべきと主張した。
声高に王家に主張したがため、国が出した結論に沿うために【ベルトラム公爵からは娘を疵物にした】という抗議が王家にも皇家にもあったと、事実は捻じ曲げられた。ベルトラム公爵も、そのことに異は唱えなかったため、当時二人の関係性を知る貴族たちの間では、ベルトラム公爵の強い反発により、婚姻は為されなかったと認識されている。
「できるなら、添わせてやりたかった。娘はたった一度の恋をしたのだ。その想いだけを抱えて今も生きている。
私は取り返しのつかないことをした。娘は恨んではいない、自分のしたことだと言っているが、どうにか出来なかったかと今も、いつも考えるのだ」
「いずれはアリスと逢うことも有りましょう。アリスは二人の恋の証拠です。せめてアリスは幸せな結婚をさせてやりたいところですが……」
ジョエルは言葉を濁す。
ここ最近のアリスとシルヴァンの茶会での様子は、エルヴィーヌが言う通り、アリスの思慕が見え隠れするのだと報告を受けている。ブリジットも茶会の頻度は最低限にしていたがそれでも止められなかったと。
シルヴァンとの婚約は仮初めである。最初からそう決まっていた。シルヴァンはそれを理解していたし、アリスに向ける好意は兄妹のようなものとして、一線を引いた態度であった。ただ、対外的に全く交流がないと思わせるのは得策ではなかったために、最低限の茶会は開いていた。内情はさておき、婚約者同士としての交流はあるのだと周りに思わせるためだ。
幼いアリスが、初めて逢った家族ではない男性。それが優秀で見目もいいとなれば、免疫のない彼女が心惹かれないはずはない。
「ベシエールの嫡男か?」
「ええ。相手が良すぎました。告げた時の、アリスの涙には堪えましたよ」
「兄のようだったと思える日が来ればよいがな……」
「ええ、そちらの相手次第かと。恋心は親には操れません」
「それは、私も痛い経験をしておるよ。娘には、幸せな孫を見せてやりたいものだ」
大人たちは、張り詰めたものを解いたように肩の力が抜けた。
「いや、もう、感謝しかない。いい子に育ててくれた」
ベルトラム公爵の言葉に、ジョエルは眉を下げる。
「元の性格と地頭が良いのです。何せ純粋で、愛情を正しく受け取ってくれる子だったのですよ。物心ついたころには自分が他とは違うことに気付いたはずです。それでも私たちを家族として信じてくれた」
「愛情の掛け方が良かったのだろう。他の御子と遜色なく扱ってくれたと聞く。本当に幾ら礼を言っても言い足りない」
「本来なら、実の両親に愛されて育ったはずです。ベルトラム殿はどうしてあの二人を引き離されたのですか」
「…… どのように伝わっているかは知っている。そして、私が悪者であるほうが国のためにはいいこともわかっている。
しかし、娘の幸せを願わない親は、そういないだろう。私とて、娘は可愛かったし、幸せになって欲しいと思っていた。
だが、国としては…… それは許されなかった」
ベルトラム公爵の顔には深い後悔が滲む。
国の情勢は、圧倒的にヴィリス帝国のほうが力関係は上だ。
イスブルグ王国は、雪深い山脈に囲われた小さな国だ。農業資源も限られる。かろうじて山から採掘される鉱物資源とそれを使った技術力を他国に売ることで生計を立てている。国民を飢えさせないためには、他国から齎される農資源が必要であった。
そこを断たれると国は立ち行かない。他国にはない技術は門外不出とし、国外に持ち出されないよう法を整備したが、【情報】などというものは、形がないゆえに制御しづらい。故に周辺国と姻戚関係を持つことでイスブルグは国の形を保ってきた。
王家には女児が求められる。しかし、先代の王妃は側妃を認めなかった。結果として王子しか生まれず、先代が婿に入った第3王子であり王家の血が色濃く残るベルトラム公爵家の長女に、他国との縁を繋ぐ役目が回ってきたのだ。
アリスの母であるアンネリーゼは、公爵家の役目は重々承知していた。過去の繋がりで関係が安定していて、ここ何代か姻戚関係を結んでいなかったヴィリス帝国に同年の第1皇子がいて、自分が嫁ぐことになるのあろうと覚悟も持っていた。
自分を律し、堅く育った娘にとって、初めての恋だった。それも将来結ばれるであろうとほぼ確定した相手に恋をしたのだ。それはヴィリス帝国の皇子も同じだった。婚約者候補と分かっていて逢ったのだ。
若過ぎる二人の恋の暴走は、周辺諸国に多少なりとも漣を立てた。皇子の婚約者候補は他にもいたからだ。各国の中で領地も権勢も随一だったヴィリス帝国に自国の妃をと望む国はなにもイスブルグだけではない。
ここ何代かイスブルグとヴィリスの婚姻が行われなかったのは、他国との関係性もあったからに他ならない。
抜け駆けにも見える公爵令嬢の存在は、各国から非難される可能性が高かった。遺恨を残さないためにも、早々にヴィリス帝国は皇子の婚約者は自国から選定すると発表し、イスブルグ王国も公爵令嬢を病気療養として表舞台から隠した。
どちらの決断も、微妙なバランスで保たれている各国の関係を揺るがさないための措置だった。
そのため、二人の行く末は二度と交わらない、そして生まれたアリスは秘された。
ベルトラム公爵は、最初娘も合意の上、二人が相愛になったこと、体の関係を持ったことに、早々に婚約とすべきと主張した。
声高に王家に主張したがため、国が出した結論に沿うために【ベルトラム公爵からは娘を疵物にした】という抗議が王家にも皇家にもあったと、事実は捻じ曲げられた。ベルトラム公爵も、そのことに異は唱えなかったため、当時二人の関係性を知る貴族たちの間では、ベルトラム公爵の強い反発により、婚姻は為されなかったと認識されている。
「できるなら、添わせてやりたかった。娘はたった一度の恋をしたのだ。その想いだけを抱えて今も生きている。
私は取り返しのつかないことをした。娘は恨んではいない、自分のしたことだと言っているが、どうにか出来なかったかと今も、いつも考えるのだ」
「いずれはアリスと逢うことも有りましょう。アリスは二人の恋の証拠です。せめてアリスは幸せな結婚をさせてやりたいところですが……」
ジョエルは言葉を濁す。
ここ最近のアリスとシルヴァンの茶会での様子は、エルヴィーヌが言う通り、アリスの思慕が見え隠れするのだと報告を受けている。ブリジットも茶会の頻度は最低限にしていたがそれでも止められなかったと。
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「ベシエールの嫡男か?」
「ええ。相手が良すぎました。告げた時の、アリスの涙には堪えましたよ」
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