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14.最後は笑顔で
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それからのアリスは、頻繁にディートハルトと手紙を交わした。
日々の出来事、新しい本の話、そしてあまり頻度の高くない仮婚約者との茶会の事。
アリスはディートハルトのことを親友のように思っていたから、家族には言えない恋心について手紙に綴った。
決して結ばれはしないと言われたけれど、捨てられない気持ち。
もし、万が一にでもシルヴァンが自分を望んでくれたら、この状況を覆せるのではと期待してしまうこと。
シルヴァンの年上らしい優しさに触れてしまうと、諦めようとしているのに思慕が膨らんでしまうこと。
そして、それはアリスを大層苦しめること。
ディートハルトからの返信には、そんなアリスの背中を押すでも、諫めるでもない、ただただ受け止めて理解し、寄り添う言葉が綴られている。そして、それ以外にディートハルトの近況や身の回りに起こった出来事などがまるで物語のように巧みな文章で綴られていた。
手紙を読むアリスは、後半になればなるほど、ディートハルトの描くその世界に引き込まれて行き、自分が悲しい想いを打ち明けたことを忘れて読み耽った。
幾度もそんなやり取りが続いて、逢えてはいないのにディートハルトの存在はアリスの中で大きくなっていった。心許せる友人はそう多くないアリスにとって、顔を見ることは出来なくとも、心の内を理解してくれ、さらに気持ちを紛らわせるほどの楽しい話を盛り込んでくれる存在は貴重だった。
気づけば、シルヴァンに会いたいと強請ることも、逢瀬を願う手紙を書くこともなくなっていた。
アリスが10の年、事態は大きく動いた。
仮初の婚約であったシルヴァン側から、婚約の解消を願う申し出が来た。
アリスとの茶会の頻度は相変わらずであったし、会えば優しい兄の体を崩さないままのシルヴァンとの関係性は2年経っても変わらなかった。
アリスが彼の恋の相手になるような大きな出来事もなく、淡々と穏やかに過ぎた2年の間にシルヴァンの身には大きな変化が起きていたらしい。
ベシエール公爵家は、既に皇家に話を通していた。クラヴェル公爵家が時期が満ちたと判断するなら許可するとの文書が添えられていたのだ。クラヴェル側は、取り急ぎ当主同士の話し合いを求めた。ベシエール側からは、シルヴァン同席ならば、と返事があった。
アリスの同席は求められず、既に18歳を迎えるシルヴァンは、自身の言葉で先に解消を求めることになった経緯を説明したいと言ったらしい。
シルヴァンも周りも、アリスの思慕には気付いていただろう。それでもなお、頃合いでの解消ではなく、先に解消を願うにはそれ相応の理由があったということだ。
持たれた話し合いの結果は、アリスに伝えられることとなった。
それは、シルヴァンの言葉で。
「久しいね、アリス」
前回の茶会から季節が2つ過ぎていた。こんなに長い間逢わなかったのは珍しいことだった。シルヴァンは16歳の年から貴族の子女たちの通う学園に籍を置いていて、プライベートの時間を取るのが難しくなっていた。久しぶりに見たシルヴァンは、体が一回り大きくなり大人の空気を纏っていた。
漆黒の髪に濃紺の瞳。スラリと高い背に広い肩。アリスの好きな声は低いが名を呼ぶ音色は、変わらず穏やかで優しかった。
「あまり逢いに来てくださらないから寂しい想いをしたわ、シル兄様」
【兄】と呼ぶようになってから久しい。アリスの中で育った恋心はそう呼ぶたび痛むけれど、出来る限り明るく笑う。
「すまない」
「謝らないで、兄様。学業が本分ですもの。わたくしだってちゃんとわかっているのよ」
そういうアリスに、シルヴァンは眉を下げた。初めて顔を合わせた時と違うのは、その藍色の瞳を覆う銀の縁の眼鏡だ。
学園に通うようになってから、シルヴァンはその眼鏡を着用するようになった。怜悧な美貌にはその眼鏡は似合い過ぎているほどだったが、アリスにはそのガラス1枚がシルヴァンとの距離を感じて寂しく思った。
「アリスは背が伸びたね。ずいぶん大人っぽくなってきた」
「もう10歳になるのですもの。小さなころとは違うわ」
アリスが大きくなったとはいえ、シルヴァンとの差は開くばかりだ。シルヴァンはアリスの兄たちと比べても一際背が高い。それに見合うしっかりとした体躯は、出逢った頃よりずっと男らしさを感じるようになっていた。
「今日は、アリスに話をしなくてはならないんだ」
そう切り出したシルヴァンから、今までとは違う空気を感じてアリスは不安になった。
このところ、姉から投げられる視線にも若干憐憫のようなものを感じていたのだ。予感めいたものはおそらくシルヴァンから語られることなのだ。
「アリスとの婚約を解消させて欲しい。本来ならもう少し後のはずだったんだが、こちらの事情で速めてもらうことになった」
ああ、とうとうこの時が来てしまった。
でもアリスは決めていた。
シルヴァンから、この絆を白紙に戻してしまう時には、必ず笑顔で居ようと。
彼の記憶に残るのは、アリスの笑顔であって欲しい。だから、ちゃんと笑えるように。
とびきりの笑顔で。
彼を、そして、この恋心を手放すと、決めていたのだから。
日々の出来事、新しい本の話、そしてあまり頻度の高くない仮婚約者との茶会の事。
アリスはディートハルトのことを親友のように思っていたから、家族には言えない恋心について手紙に綴った。
決して結ばれはしないと言われたけれど、捨てられない気持ち。
もし、万が一にでもシルヴァンが自分を望んでくれたら、この状況を覆せるのではと期待してしまうこと。
シルヴァンの年上らしい優しさに触れてしまうと、諦めようとしているのに思慕が膨らんでしまうこと。
そして、それはアリスを大層苦しめること。
ディートハルトからの返信には、そんなアリスの背中を押すでも、諫めるでもない、ただただ受け止めて理解し、寄り添う言葉が綴られている。そして、それ以外にディートハルトの近況や身の回りに起こった出来事などがまるで物語のように巧みな文章で綴られていた。
手紙を読むアリスは、後半になればなるほど、ディートハルトの描くその世界に引き込まれて行き、自分が悲しい想いを打ち明けたことを忘れて読み耽った。
幾度もそんなやり取りが続いて、逢えてはいないのにディートハルトの存在はアリスの中で大きくなっていった。心許せる友人はそう多くないアリスにとって、顔を見ることは出来なくとも、心の内を理解してくれ、さらに気持ちを紛らわせるほどの楽しい話を盛り込んでくれる存在は貴重だった。
気づけば、シルヴァンに会いたいと強請ることも、逢瀬を願う手紙を書くこともなくなっていた。
アリスが10の年、事態は大きく動いた。
仮初の婚約であったシルヴァン側から、婚約の解消を願う申し出が来た。
アリスとの茶会の頻度は相変わらずであったし、会えば優しい兄の体を崩さないままのシルヴァンとの関係性は2年経っても変わらなかった。
アリスが彼の恋の相手になるような大きな出来事もなく、淡々と穏やかに過ぎた2年の間にシルヴァンの身には大きな変化が起きていたらしい。
ベシエール公爵家は、既に皇家に話を通していた。クラヴェル公爵家が時期が満ちたと判断するなら許可するとの文書が添えられていたのだ。クラヴェル側は、取り急ぎ当主同士の話し合いを求めた。ベシエール側からは、シルヴァン同席ならば、と返事があった。
アリスの同席は求められず、既に18歳を迎えるシルヴァンは、自身の言葉で先に解消を求めることになった経緯を説明したいと言ったらしい。
シルヴァンも周りも、アリスの思慕には気付いていただろう。それでもなお、頃合いでの解消ではなく、先に解消を願うにはそれ相応の理由があったということだ。
持たれた話し合いの結果は、アリスに伝えられることとなった。
それは、シルヴァンの言葉で。
「久しいね、アリス」
前回の茶会から季節が2つ過ぎていた。こんなに長い間逢わなかったのは珍しいことだった。シルヴァンは16歳の年から貴族の子女たちの通う学園に籍を置いていて、プライベートの時間を取るのが難しくなっていた。久しぶりに見たシルヴァンは、体が一回り大きくなり大人の空気を纏っていた。
漆黒の髪に濃紺の瞳。スラリと高い背に広い肩。アリスの好きな声は低いが名を呼ぶ音色は、変わらず穏やかで優しかった。
「あまり逢いに来てくださらないから寂しい想いをしたわ、シル兄様」
【兄】と呼ぶようになってから久しい。アリスの中で育った恋心はそう呼ぶたび痛むけれど、出来る限り明るく笑う。
「すまない」
「謝らないで、兄様。学業が本分ですもの。わたくしだってちゃんとわかっているのよ」
そういうアリスに、シルヴァンは眉を下げた。初めて顔を合わせた時と違うのは、その藍色の瞳を覆う銀の縁の眼鏡だ。
学園に通うようになってから、シルヴァンはその眼鏡を着用するようになった。怜悧な美貌にはその眼鏡は似合い過ぎているほどだったが、アリスにはそのガラス1枚がシルヴァンとの距離を感じて寂しく思った。
「アリスは背が伸びたね。ずいぶん大人っぽくなってきた」
「もう10歳になるのですもの。小さなころとは違うわ」
アリスが大きくなったとはいえ、シルヴァンとの差は開くばかりだ。シルヴァンはアリスの兄たちと比べても一際背が高い。それに見合うしっかりとした体躯は、出逢った頃よりずっと男らしさを感じるようになっていた。
「今日は、アリスに話をしなくてはならないんだ」
そう切り出したシルヴァンから、今までとは違う空気を感じてアリスは不安になった。
このところ、姉から投げられる視線にも若干憐憫のようなものを感じていたのだ。予感めいたものはおそらくシルヴァンから語られることなのだ。
「アリスとの婚約を解消させて欲しい。本来ならもう少し後のはずだったんだが、こちらの事情で速めてもらうことになった」
ああ、とうとうこの時が来てしまった。
でもアリスは決めていた。
シルヴァンから、この絆を白紙に戻してしまう時には、必ず笑顔で居ようと。
彼の記憶に残るのは、アリスの笑顔であって欲しい。だから、ちゃんと笑えるように。
とびきりの笑顔で。
彼を、そして、この恋心を手放すと、決めていたのだから。
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