円満な婚約解消

KAORU

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13.異性の友人

 ディートハルトの滞在は、2か月に及んだ。
 ベルトラム公爵はクラヴェル公爵であるジュエルと頻繁に公爵領や、重要産業を持つ貴族家への訪問など忙しく動き回っている。
 後学のためという名目で来訪しているはずのディートハルトだが、ベルトラム公爵の予定にすべて同行するわけではなかった。

 ディートハルトが邸に残る時は、概ねアリスとの時間が設けられた。
 ディートハルトは人心掌握に長けているから、アリスが警戒心を解くのは早かった。兄にしてもシルヴァンにしても、アリスを揶揄って笑ったりしない。ただ、一緒になって遊んだり口をあけて笑ったりしてもくれない。
 視点が違うのだ。彼らは、年若のアリスを見守る姿勢で、その立ち位置からはみ出しては来ないのだ。
 ディートハルトはアリスにとって初めて同じように笑ったり、喋ったりすることのできる友人であった。
 
 彼が家にいる間、いろんなことを話した。アリスが好きな本の話をすれば、読んでみたいと言い、アリスと一緒になって図書室でずっと本を読み耽ったり、庭に出れば見たことのない蝶がいると言って、一緒に追いかけたり。もちろんすべての行動には、侍女や護衛が付いて回るが、ここは公爵邸、最低限の人数しか付いていない。
 例え邸の敷地中とはいえ、年相応の遊びなどをあまりしたことのなかったアリスは、邸の至る所がディートハルトの誘う視点で見れば新鮮なものに映った。
 声を出して歯を見せて笑うなど、公爵令嬢として礼儀に欠けると分かっていても、ディートハルトと居るとついつい出てしまう。
 本来なら侍女のお小言が飛んできそうなものだが、なぜかディートハルトと居るときはそれがなかった。
 アリスは、コロコロと笑い、それをディートハルトに揶揄われて怒ってみたり、アリスの感情は忙しかった。
 
 ディートハルトの銀色の髪は真っ直ぐで、それでいてさらさらと流れる。共に庭を走れば、その髪はふわりと光を纏って後ろに流れる。見目の良い顔はちょっと遠めに見れば女の子のようでもあり、まだ成長途中の少年の青さも男らしさを抑える要素となって、アリスに危機感を与えない。時折奥に鋭さを宿すその濃い紫の瞳は、少年の笑みに細められると切れ長な眦が少しだけ下がって人懐こさを見せる。
 その銀と紫の神秘的な色合いに、人を懐柔してしまう綺麗な笑み。王族の色を纏っているのに親近感さえ感じさせる彼に、アリスは2ヶ月ですっかり懐いてしまった。
 まるで女の子の友達のように、額を寄せ合って本を眺めたり、互いに気に入りのお菓子を好感して食べ合ったりしているうちに、すっかり親友のような間柄になっていた。

 ディートハルトが来邸している間、シルヴァンの訪いはなかった。シルヴァンのベシエール公爵家は、皇城にいる使節団の対応に当たっている。すでに16歳のシルヴァンは家政にも携わっていて、事業の一部も父親について学んでいる。
 今回の使節団とのやり取りも、父親について参加しているのだろう。普段のアリスなら、シルヴァンに逢えないと、定期的に逢いたいと姉に漏らしたり、手紙を書こうとしているところだ。
 ディートハルトがいる2ヶ月の間、アリスはシルヴァンの存在を忘れていられた。逢いたいけれど結ばれない相手。でも捨てられない恋。時間があれば考えてしまうそのことを、ディートハルトは思い出す暇を与えてくれなかった。

 だから、アリスは、ディートハルトの帰国が決まったと聞いたとき、

「本当に帰ってしまうの? もう遊べないの?」

 と言ってしまったのは仕方のないことだっただろう。
 ベルトラム公爵も、そのアリスの言葉には眉を下げて、申し訳なさそうな顔をした。

「殿下にも国での勉学もある。また会えるときは来ると思うよ」

 ジョエルの言葉に、アリスは分かりやすく肩を落とした。

「では、こうしよう。僕は君に宛てて手紙を書くよ。アリスも僕に手紙を書いてくれないか」

 ディートハルトの言葉に、アリスは涙のたまった瞳を大きく開いて、顔を上げた。

「書くわ! ディー様も必ずよ。必ずわたくしにお手紙を下さる?」

「ああ、いいよ。新しく読んだ本があれば教えて。これからアリスが好きになるもの、嫌いになるもの、いろんなものを僕に教えて。ここにいる間にたくさん教えてくれたようにね」

「もちろんよ。ディー様もよ? また逢えたらお茶をしたいの。たくさん遊びたいの」

 この2ヶ月に間に、ディートハルトを『ディー様』と呼ぶほどに、アリスは親しくなっていた。それは姉を慕う妹のような感覚で。


 こうして、二人は手紙を交わす約束をし、イスブルグ王国の使節団は、自国へ帰国した。

 このディートハルトと出逢いは、大人たちによって計画されていたものであることをアリスはまだ知らなかった。
 そして、シルヴァンとの別れがすぐそこまで来ていることも、アリスには知らされていなかった。
 

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