円満な婚約解消

KAORU

文字の大きさ
14 / 32

13.異性の友人

しおりを挟む
 ディートハルトの滞在は、2か月に及んだ。
 ベルトラム公爵はクラヴェル公爵であるジュエルと頻繁に公爵領や、重要産業を持つ貴族家への訪問など忙しく動き回っている。
 後学のためという名目で来訪しているはずのディートハルトだが、ベルトラム公爵の予定にすべて同行するわけではなかった。

 ディートハルトが邸に残る時は、概ねアリスとの時間が設けられた。
 ディートハルトは人心掌握に長けているから、アリスが警戒心を解くのは早かった。兄にしてもシルヴァンにしても、アリスを揶揄って笑ったりしない。ただ、一緒になって遊んだり口をあけて笑ったりしてもくれない。
 視点が違うのだ。彼らは、年若のアリスを見守る姿勢で、その立ち位置からはみ出しては来ないのだ。
 ディートハルトはアリスにとって初めて同じように笑ったり、喋ったりすることのできる友人であった。
 
 彼が家にいる間、いろんなことを話した。アリスが好きな本の話をすれば、読んでみたいと言い、アリスと一緒になって図書室でずっと本を読み耽ったり、庭に出れば見たことのない蝶がいると言って、一緒に追いかけたり。もちろんすべての行動には、侍女や護衛が付いて回るが、ここは公爵邸、最低限の人数しか付いていない。
 例え邸の敷地中とはいえ、年相応の遊びなどをあまりしたことのなかったアリスは、邸の至る所がディートハルトの誘う視点で見れば新鮮なものに映った。
 声を出して歯を見せて笑うなど、公爵令嬢として礼儀に欠けると分かっていても、ディートハルトと居るとついつい出てしまう。
 本来なら侍女のお小言が飛んできそうなものだが、なぜかディートハルトと居るときはそれがなかった。
 アリスは、コロコロと笑い、それをディートハルトに揶揄われて怒ってみたり、アリスの感情は忙しかった。
 
 ディートハルトの銀色の髪は真っ直ぐで、それでいてさらさらと流れる。共に庭を走れば、その髪はふわりと光を纏って後ろに流れる。見目の良い顔はちょっと遠めに見れば女の子のようでもあり、まだ成長途中の少年の青さも男らしさを抑える要素となって、アリスに危機感を与えない。時折奥に鋭さを宿すその濃い紫の瞳は、少年の笑みに細められると切れ長な眦が少しだけ下がって人懐こさを見せる。
 その銀と紫の神秘的な色合いに、人を懐柔してしまう綺麗な笑み。王族の色を纏っているのに親近感さえ感じさせる彼に、アリスは2ヶ月ですっかり懐いてしまった。
 まるで女の子の友達のように、額を寄せ合って本を眺めたり、互いに気に入りのお菓子を好感して食べ合ったりしているうちに、すっかり親友のような間柄になっていた。

 ディートハルトが来邸している間、シルヴァンの訪いはなかった。シルヴァンのベシエール公爵家は、皇城にいる使節団の対応に当たっている。すでに16歳のシルヴァンは家政にも携わっていて、事業の一部も父親について学んでいる。
 今回の使節団とのやり取りも、父親について参加しているのだろう。普段のアリスなら、シルヴァンに逢えないと、定期的に逢いたいと姉に漏らしたり、手紙を書こうとしているところだ。
 ディートハルトがいる2ヶ月の間、アリスはシルヴァンの存在を忘れていられた。逢いたいけれど結ばれない相手。でも捨てられない恋。時間があれば考えてしまうそのことを、ディートハルトは思い出す暇を与えてくれなかった。

 だから、アリスは、ディートハルトの帰国が決まったと聞いたとき、

「本当に帰ってしまうの? もう遊べないの?」

 と言ってしまったのは仕方のないことだっただろう。
 ベルトラム公爵も、そのアリスの言葉には眉を下げて、申し訳なさそうな顔をした。

「殿下にも国での勉学もある。また会えるときは来ると思うよ」

 ジョエルの言葉に、アリスは分かりやすく肩を落とした。

「では、こうしよう。僕は君に宛てて手紙を書くよ。アリスも僕に手紙を書いてくれないか」

 ディートハルトの言葉に、アリスは涙のたまった瞳を大きく開いて、顔を上げた。

「書くわ! ディー様も必ずよ。必ずわたくしにお手紙を下さる?」

「ああ、いいよ。新しく読んだ本があれば教えて。これからアリスが好きになるもの、嫌いになるもの、いろんなものを僕に教えて。ここにいる間にたくさん教えてくれたようにね」

「もちろんよ。ディー様もよ? また逢えたらお茶をしたいの。たくさん遊びたいの」

 この2ヶ月に間に、ディートハルトを『ディー様』と呼ぶほどに、アリスは親しくなっていた。それは姉を慕う妹のような感覚で。


 こうして、二人は手紙を交わす約束をし、イスブルグ王国の使節団は、自国へ帰国した。

 このディートハルトと出逢いは、大人たちによって計画されていたものであることをアリスはまだ知らなかった。
 そして、シルヴァンとの別れがすぐそこまで来ていることも、アリスには知らされていなかった。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結保証】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

蔑ろにされた王妃と見限られた国王

奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています 国王陛下には愛する女性がいた。 彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。 私は、そんな陛下と結婚した。 国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。 でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。 そしてもう一つ。 私も陛下も知らないことがあった。 彼女のことを。彼女の正体を。

隣の芝生は青いのか 

夕鈴
恋愛
王子が妻を迎える日、ある貴婦人が花嫁を見て、絶望した。 「どうして、なんのために」 「子供は無知だから気付いていないなんて思い上がりですよ」 絶望する貴婦人に義息子が冷たく囁いた。 「自由な選択の権利を与えたいなら、公爵令嬢として迎えいれなければよかった。妹はずっと正当な待遇を望んでいた。自分の傍で育てたかった?復讐をしたかった?」 「なんで、どうして」 手に入らないものに憧れた貴婦人が仕掛けたパンドラの箱。 パンドラの箱として育てられた公爵令嬢の物語。

彼女の離縁とその波紋

豆狸
恋愛
夫にとって魅力的なのは、今も昔も恋人のあの女性なのでしょう。こうして私が悩んでいる間もふたりは楽しく笑い合っているのかと思うと、胸にぽっかりと穴が開いたような気持ちになりました。 ※子どもに関するセンシティブな内容があります。

真実の愛の言い分

豆狸
恋愛
「仕方がないだろう。私とリューゲは真実の愛なのだ。幼いころから想い合って来た。そこに割り込んできたのは君だろう!」 私と殿下の結婚式を半年後に控えた時期におっしゃることではありませんわね。

側近女性は迷わない

中田カナ
恋愛
第二王子殿下の側近の中でただ1人の女性である私は、思いがけず自分の陰口を耳にしてしまった。 ※ 小説家になろう、カクヨムでも掲載しています

王太子殿下との思い出は、泡雪のように消えていく

木風
恋愛
王太子殿下の生誕を祝う夜会。 侯爵令嬢にとって、それは一生に一度の夢。 震える手で差し出された御手を取り、ほんの数分だけ踊った奇跡。 二度目に誘われたとき、心は淡い期待に揺れる。 けれど、その瞳は一度も自分を映さなかった。 殿下の視線の先にいるのは誰よりも美しい、公爵令嬢。 「ご一緒いただき感謝します。この後も楽しんで」 優しくも残酷なその言葉に、胸の奥で夢が泡雪のように消えていくのを感じた。 ※本作は「小説家になろう」「アルファポリス」「エブリスタ」にて同時掲載しております。 表紙イラストは、雪乃さんに描いていただきました。 ※イラストは描き下ろし作品です。無断転載・無断使用・AI学習等は一切禁止しております。 ©︎泡雪 / 木風 雪乃

処理中です...