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21.母の生まれた国
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※ 20話、公開した後に少しだけ話を追加修正しております。この話の最初に『繋がらないな』と思われた方は20話の最後を読んでみてくださるとうれしいです。
_______________________________________
「ディー様……?」
「しばらくこの国を離れてみないか。ここにいたらいつまでもベシエール公爵令息とのことを思い出すだろう?」
「でも、ディー様の国へ行くのは……」
「そうだね、取り決めとしては、君が輿入れするときとなっているね。
アリス、僕の国にはね、10歳から通える教育機関があるんだ。この国は16歳から通うことになっているだろう?
イスブルグは、技術者を養成する国だ。基礎学問は早く終えることが望ましいとされている。だから、学校も年齢によって違う学び舎が用意されているんだよ。
技術者は、16歳からそちらの道へ進むために、基礎学問は10歳から15歳までに習得するんだ。僕はもう卒業して、次の課程に進むけれど、アリスは行く行くは僕の国に住まうんだ。イスブルグという国を知るには、学校に通うのもいいんじゃないかと思ってね」
ディートハルトの提案はアリスには思ってもみないことだった。
育った国を出る。それは囲われて育ったアリスにとっては、ある種恐怖にも思えた。
「すぐに答えを出す必要はないよ。考えてみてくれないか。僕は、アリスが来てくれると嬉しい」
同じ馬車に乗る義母は何も言わなかった。
ディートハルトの提案はおそらく先に知らされていたのだろう。顔色も変えずに、アリスとディートハルトの遣り取りを見つめていた。
クラヴェル公爵に到着する頃には、アリスの涙はすっかり乾いていた。
ディートハルトの提案が頭の中をぐるぐる回るようになっていたからだ。
イスブルグ王国は、アリスに半分を流れる血のルーツだ。会ったことのない母が住む国。
いつかはアリスもその地に根を下ろすのだろうと朧気には思っていた。
それが突然現実味を帯びて目の前に突きつけられた。アリスは小さく息を吐いた。
何れは決めなくてはならない。そして、前に進まなくてはならないのだ。
義父から執務室へ呼び出されたのは次の日だった。
「殿下から話は聞いたね?」
馬車の中でのやり取りは、義母からすでに聞いているのだろう。義父は端的にアリスに尋ねた。
「留学のお話?」
「そうだ。アリスはどう思う?」
義父はアリスに決定権を委ねてくれるらしい。
「わたくしが決めてよいのですか?」
「ああ。もともとは輿入れする際にあちらに行くというのが決め事だ。まだ婚約者も選定されていない状態だからね。アリスの好きにするといい。
アリスの夫となる者は、簡単には決められない。それは分かるね?」
「はい」
「それを踏まえた上で、イスブルグ王国を見てくるのもいいかもしれないな」
「帰ってきてもいいのですか」
「もちろん。例え嫁に出たとしても、お前は我が家の子だ。いつでも帰ってくるといい。それに今回は我が国からの留学だぞ。むしろ帰ってこないなど認めない」
「わかりました。きっと素敵な国なのでしょうね」
「たくさん彼方の国とそこに住まう人々を見るといい。しっかり見極めておいで」
アリスはいずれイスブルグに腰を据えることとなる。いざ嫁ぐときにどういう立ち位置で在るべきなのか。彼国の貴族の情勢は、子供たちの関係性にも必ず現れる。ジョエルはそれを肌で感じてこいと言っているのだ。
アリスが彼国で将来の基盤を築くために。
おそらく、シルヴァンのことがなければ、留学の話はもっと先であっただろう。ヴィリスの教育水準は低くはない。ただ、貴族はそれぞれの家で15歳まで教育係を付けて指導し、16歳から18歳までの3年間で貴族の縮図を学ぶ。高位貴族であればあるほどその傾向は強い。
もちろん市井にはもっと子供から通える学び舎は多々ある。国民に広く学びの機会をと広めたのは国の施策だったからだ。貴族階級にはない国民はみな、費用を国が負担する学校へ子供を通わせている。資金的に厳しい下位の貴族家も同じように貴族や富裕層の平民向けの学校に通っていたりする。
イスブルグがヴィリス帝国と違うのは、例え貴族階級であったとしても、全ての国民に10歳から学ぶことを法律で決めていることだ。国民全員が、学校の階級に差はあっても、皆同じように机を並べて学ぶ。
アリスは、自分を鼓舞するように小さく頷いて、義父を見上げた。
「お義父様。わたくし、ディートハルト様の国へ少しだけ冒険に出てみます。そして必ず帰ってまいります」
「ああ。応援している。私たちはいつでもお前の味方だ。
ただ、一つだけ。アリスの見た目は、彼方の王族の色が混じる。今まで世間に顔を出させなかった理由はそこにもある」
アリスは白金の髪に薄い紫の瞳を持つ。アリスのそれは多少薄いとはいえ、真実王族であるディートハルトも似た色味であることから、イスブルグ王国へ行けば何らかの王族との繋がりを邪推されることは予想できることだ。
そんな話をどう受け止め、どう受け流すのか。
「取り急ぎはな、お前は彼方のこちらとの国境に接する端の辺境伯へ滞在することにしたよ。ディートハルト殿下とともにね」
義父の穏やかな声とは裏腹な内容に、アリスは目を瞠った。
そこは、―――――― アリスの実の母がいる。
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「ディー様……?」
「しばらくこの国を離れてみないか。ここにいたらいつまでもベシエール公爵令息とのことを思い出すだろう?」
「でも、ディー様の国へ行くのは……」
「そうだね、取り決めとしては、君が輿入れするときとなっているね。
アリス、僕の国にはね、10歳から通える教育機関があるんだ。この国は16歳から通うことになっているだろう?
イスブルグは、技術者を養成する国だ。基礎学問は早く終えることが望ましいとされている。だから、学校も年齢によって違う学び舎が用意されているんだよ。
技術者は、16歳からそちらの道へ進むために、基礎学問は10歳から15歳までに習得するんだ。僕はもう卒業して、次の課程に進むけれど、アリスは行く行くは僕の国に住まうんだ。イスブルグという国を知るには、学校に通うのもいいんじゃないかと思ってね」
ディートハルトの提案はアリスには思ってもみないことだった。
育った国を出る。それは囲われて育ったアリスにとっては、ある種恐怖にも思えた。
「すぐに答えを出す必要はないよ。考えてみてくれないか。僕は、アリスが来てくれると嬉しい」
同じ馬車に乗る義母は何も言わなかった。
ディートハルトの提案はおそらく先に知らされていたのだろう。顔色も変えずに、アリスとディートハルトの遣り取りを見つめていた。
クラヴェル公爵に到着する頃には、アリスの涙はすっかり乾いていた。
ディートハルトの提案が頭の中をぐるぐる回るようになっていたからだ。
イスブルグ王国は、アリスに半分を流れる血のルーツだ。会ったことのない母が住む国。
いつかはアリスもその地に根を下ろすのだろうと朧気には思っていた。
それが突然現実味を帯びて目の前に突きつけられた。アリスは小さく息を吐いた。
何れは決めなくてはならない。そして、前に進まなくてはならないのだ。
義父から執務室へ呼び出されたのは次の日だった。
「殿下から話は聞いたね?」
馬車の中でのやり取りは、義母からすでに聞いているのだろう。義父は端的にアリスに尋ねた。
「留学のお話?」
「そうだ。アリスはどう思う?」
義父はアリスに決定権を委ねてくれるらしい。
「わたくしが決めてよいのですか?」
「ああ。もともとは輿入れする際にあちらに行くというのが決め事だ。まだ婚約者も選定されていない状態だからね。アリスの好きにするといい。
アリスの夫となる者は、簡単には決められない。それは分かるね?」
「はい」
「それを踏まえた上で、イスブルグ王国を見てくるのもいいかもしれないな」
「帰ってきてもいいのですか」
「もちろん。例え嫁に出たとしても、お前は我が家の子だ。いつでも帰ってくるといい。それに今回は我が国からの留学だぞ。むしろ帰ってこないなど認めない」
「わかりました。きっと素敵な国なのでしょうね」
「たくさん彼方の国とそこに住まう人々を見るといい。しっかり見極めておいで」
アリスはいずれイスブルグに腰を据えることとなる。いざ嫁ぐときにどういう立ち位置で在るべきなのか。彼国の貴族の情勢は、子供たちの関係性にも必ず現れる。ジョエルはそれを肌で感じてこいと言っているのだ。
アリスが彼国で将来の基盤を築くために。
おそらく、シルヴァンのことがなければ、留学の話はもっと先であっただろう。ヴィリスの教育水準は低くはない。ただ、貴族はそれぞれの家で15歳まで教育係を付けて指導し、16歳から18歳までの3年間で貴族の縮図を学ぶ。高位貴族であればあるほどその傾向は強い。
もちろん市井にはもっと子供から通える学び舎は多々ある。国民に広く学びの機会をと広めたのは国の施策だったからだ。貴族階級にはない国民はみな、費用を国が負担する学校へ子供を通わせている。資金的に厳しい下位の貴族家も同じように貴族や富裕層の平民向けの学校に通っていたりする。
イスブルグがヴィリス帝国と違うのは、例え貴族階級であったとしても、全ての国民に10歳から学ぶことを法律で決めていることだ。国民全員が、学校の階級に差はあっても、皆同じように机を並べて学ぶ。
アリスは、自分を鼓舞するように小さく頷いて、義父を見上げた。
「お義父様。わたくし、ディートハルト様の国へ少しだけ冒険に出てみます。そして必ず帰ってまいります」
「ああ。応援している。私たちはいつでもお前の味方だ。
ただ、一つだけ。アリスの見た目は、彼方の王族の色が混じる。今まで世間に顔を出させなかった理由はそこにもある」
アリスは白金の髪に薄い紫の瞳を持つ。アリスのそれは多少薄いとはいえ、真実王族であるディートハルトも似た色味であることから、イスブルグ王国へ行けば何らかの王族との繋がりを邪推されることは予想できることだ。
そんな話をどう受け止め、どう受け流すのか。
「取り急ぎはな、お前は彼方のこちらとの国境に接する端の辺境伯へ滞在することにしたよ。ディートハルト殿下とともにね」
義父の穏やかな声とは裏腹な内容に、アリスは目を瞠った。
そこは、―――――― アリスの実の母がいる。
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