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25.産みの母
アンネリーゼ・グラーツは、引退した前辺境伯の後妻である。すでに鬼籍に入っている前夫人とは違い、辺境伯の夫人という肩書は付いていない。嫁したときにはすでに今の辺境伯へ爵位は譲位された後だったからだ。
アリスを身籠った当時、アンネリーゼは16歳だった。最終学歴となる学園に入学したばかりの年だ。途中で退学という形をとったかと言えば、そうではない。もともと学園で行われる試験の順位は常に上位であったから、飛び級の試験を受けてそのまま卒業資格を得た。
そして、その後2年間、アンネリーゼは行方を晦ました。ベルトラム公爵家からは『病のため療養中』との発表があっただけである。
そのうち、留学を終えて隣国へ帰国した懇意の皇太子は、彼方の国で婚約者を得たと公示されたのだ。
そしてその発表ののち、病気療養から復帰することなく、グラーツ家への輿入れが発表された。年が近く独身であった三男との縁組ではなく、すでに引退をしていた前当主の後妻として。
アンネリーゼ・ベルトラムは完全に社交界から姿を消した。その後の彼女を見た者は家族以外にいないと言われていた。
社交界ですぐに忘れられる存在感ならばそれでよかったのだろうが、アンネリーゼは元々『妖精姫』と渾名が付けられるほど、可憐で儚げな美しさを誇る社交界の華だった。
公爵家の長女であり、女児がいない王家の期待を背負う女性であったし、また、それに応え得るだけの容姿と公爵令嬢としての教養を持っており、相応の人気を誇っていたのである。
王家筋の家柄とあって、肌は透けるように白く、ほんのり色付く頬の赤みが可憐さを強調する。大きく零れそうな瞳は若干青が滲む紫で、王家より若干白に近い銀髪であった。
そして、その肌の白さや腰細の小柄な体型が、見た目の『妖精姫』を印象付けた。
その容姿は、女性らしさというよりは、少女っぽさが強く、男性だけでなく女性にまで多くの支持者が多数いた。
だからこそ、アンネリーゼは、姿を見せなくなっても社交界でいろんな憶測を呼ぶ存在であった。
そんなアンネリーゼは、アリスの前でにこやかに微笑んでいる。
対面したその女性は、アリスの想像をはるかに超える人だった。アリスを産んでから10年。年齢は26歳になるはずだが、その容姿は未だ少女のようだった。
そして、結われていない長い銀の髪は、さらにそれを強調していた。
にもかかわらず、口調は闊達だ。大柄な辺境伯一家の中に一際小柄で可憐な容姿であるのに、砕けた様子で舌戦を繰り広げる様はあまりにも乖離があった。
「逢いたかったのだけど、逢うのはずいぶん先と決められていたから。
殿下がいろいろ頑張ってくださったから、今こうして貴女を抱き締められるわ」
そう言ってアンネリーゼは、アリスをぎゅっと抱き締めた。柔らかくて暖かい腕の中。触れた記憶は全く覚えていないのに、なぜか懐かしさを呼び起こした。
「なぁ、お嬢、姫様が驚きすぎて固まってる。母と子の感動の対面のはずだろ
とりあえずは名乗ろうぜ。そして親父を紹介しろよ」
ダニエルが促して、ようやくアンネリーゼはアリスに一緒に入室した車椅子の男性を紹介した。
「わたくしの旦那様。そこのダニエルの父親よ」
老齢の男性は、ダニエルに似た笑顔を見せた。
「旦那と言うより父親みたいなものだな。儂はマックス、マックス・グラーツだ。可愛い孫娘に逢えてうれしいよ」
ダニエルよりずっと言葉が紳士的なマックスは、車椅子であることを詫びた。
「情けないことに、15年前に怪我をしてね。それ以来この姿だ。立って挨拶ができないことを許してほしい」
「もちろんです! わたくしは、アリス・クラヴェル、ヴィリス帝国クラヴェル公爵家の次女です。この度の留学、グラーツ家の皆様にはいろいろと力を貸して頂き、感謝しております」
「堅苦しくならなくていいよ。なにせ、お嬢の娘さんだ。うちの子みたいなものだ。
長男のダニエルはちょっとばかり粗野で口が悪いが、王都にいる次男はもっと紳士的だからね。あちらでも安心して滞在するといい」
厳つい顔は終始笑顔で、優しくアリスに語りかける。この家では、アリスが普通にアンネリーゼの娘だということが語られ、それに拒否感は感じられなかった。
「で、もう一人紹介するわね。わたくしと旦那様の子。エーミールよ」
ちょこんと車椅子の後ろから小さな姿が飛び出した。
ブルネットに青い瞳。おそらくグラーツ家はこの色なのだろう。マックスもその細い目は青だし、ダニエルは短く整えているブルネットの髪に濃い青の瞳だ。
アリスより少し小さいだろうか。まだ幼子の色を残した可愛らしい男の子だった。
「エーミールは6歳なの。ダニエルの末の息子同い年なのよ」
そう言ってアンネリーゼはアリスににっこりと笑った。
アリスを身籠った当時、アンネリーゼは16歳だった。最終学歴となる学園に入学したばかりの年だ。途中で退学という形をとったかと言えば、そうではない。もともと学園で行われる試験の順位は常に上位であったから、飛び級の試験を受けてそのまま卒業資格を得た。
そして、その後2年間、アンネリーゼは行方を晦ました。ベルトラム公爵家からは『病のため療養中』との発表があっただけである。
そのうち、留学を終えて隣国へ帰国した懇意の皇太子は、彼方の国で婚約者を得たと公示されたのだ。
そしてその発表ののち、病気療養から復帰することなく、グラーツ家への輿入れが発表された。年が近く独身であった三男との縁組ではなく、すでに引退をしていた前当主の後妻として。
アンネリーゼ・ベルトラムは完全に社交界から姿を消した。その後の彼女を見た者は家族以外にいないと言われていた。
社交界ですぐに忘れられる存在感ならばそれでよかったのだろうが、アンネリーゼは元々『妖精姫』と渾名が付けられるほど、可憐で儚げな美しさを誇る社交界の華だった。
公爵家の長女であり、女児がいない王家の期待を背負う女性であったし、また、それに応え得るだけの容姿と公爵令嬢としての教養を持っており、相応の人気を誇っていたのである。
王家筋の家柄とあって、肌は透けるように白く、ほんのり色付く頬の赤みが可憐さを強調する。大きく零れそうな瞳は若干青が滲む紫で、王家より若干白に近い銀髪であった。
そして、その肌の白さや腰細の小柄な体型が、見た目の『妖精姫』を印象付けた。
その容姿は、女性らしさというよりは、少女っぽさが強く、男性だけでなく女性にまで多くの支持者が多数いた。
だからこそ、アンネリーゼは、姿を見せなくなっても社交界でいろんな憶測を呼ぶ存在であった。
そんなアンネリーゼは、アリスの前でにこやかに微笑んでいる。
対面したその女性は、アリスの想像をはるかに超える人だった。アリスを産んでから10年。年齢は26歳になるはずだが、その容姿は未だ少女のようだった。
そして、結われていない長い銀の髪は、さらにそれを強調していた。
にもかかわらず、口調は闊達だ。大柄な辺境伯一家の中に一際小柄で可憐な容姿であるのに、砕けた様子で舌戦を繰り広げる様はあまりにも乖離があった。
「逢いたかったのだけど、逢うのはずいぶん先と決められていたから。
殿下がいろいろ頑張ってくださったから、今こうして貴女を抱き締められるわ」
そう言ってアンネリーゼは、アリスをぎゅっと抱き締めた。柔らかくて暖かい腕の中。触れた記憶は全く覚えていないのに、なぜか懐かしさを呼び起こした。
「なぁ、お嬢、姫様が驚きすぎて固まってる。母と子の感動の対面のはずだろ
とりあえずは名乗ろうぜ。そして親父を紹介しろよ」
ダニエルが促して、ようやくアンネリーゼはアリスに一緒に入室した車椅子の男性を紹介した。
「わたくしの旦那様。そこのダニエルの父親よ」
老齢の男性は、ダニエルに似た笑顔を見せた。
「旦那と言うより父親みたいなものだな。儂はマックス、マックス・グラーツだ。可愛い孫娘に逢えてうれしいよ」
ダニエルよりずっと言葉が紳士的なマックスは、車椅子であることを詫びた。
「情けないことに、15年前に怪我をしてね。それ以来この姿だ。立って挨拶ができないことを許してほしい」
「もちろんです! わたくしは、アリス・クラヴェル、ヴィリス帝国クラヴェル公爵家の次女です。この度の留学、グラーツ家の皆様にはいろいろと力を貸して頂き、感謝しております」
「堅苦しくならなくていいよ。なにせ、お嬢の娘さんだ。うちの子みたいなものだ。
長男のダニエルはちょっとばかり粗野で口が悪いが、王都にいる次男はもっと紳士的だからね。あちらでも安心して滞在するといい」
厳つい顔は終始笑顔で、優しくアリスに語りかける。この家では、アリスが普通にアンネリーゼの娘だということが語られ、それに拒否感は感じられなかった。
「で、もう一人紹介するわね。わたくしと旦那様の子。エーミールよ」
ちょこんと車椅子の後ろから小さな姿が飛び出した。
ブルネットに青い瞳。おそらくグラーツ家はこの色なのだろう。マックスもその細い目は青だし、ダニエルは短く整えているブルネットの髪に濃い青の瞳だ。
アリスより少し小さいだろうか。まだ幼子の色を残した可愛らしい男の子だった。
「エーミールは6歳なの。ダニエルの末の息子同い年なのよ」
そう言ってアンネリーゼはアリスににっこりと笑った。
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©︎泡雪 / 木風 雪乃