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26.幼い異父弟
小さなエーミールは、その隣にいる彼とそっくりな男の子と手を繋いでいた。
車椅子の後ろから現れたもう一人は、エーミールと顔を見合わせてから、徐にアリスに向かってニコッと笑った。
「エーミール・グラーツです」
「フリッツ・グラーツです」
名乗った声までそっくりである。戸籍上は、叔父と甥の関係のはずである。年も同じで見た目も同じ。これ如何に。
「ほら、またお姫様が固まってるぞ。吃驚がありすぎて、今日、眠れないんじゃねぇかな」
ダニエルが笑いながら、アリスを揶揄う。
確かにその通りで、アリスは自国を出発するときからずっと頭の中で考えていた母との再会の場面が、想像とは全く違う方向に向いていることに、頭が付いていかないのだ。
子供頃に別れた母は、悲恋の末アリスを手放した薄幸の令嬢という印象だった。だから、きっと涙の再会になると思っていたのだ。
さらに言えば、彼女が今この状況にあるのはアリスという存在があるから。好かれていない可能性もたくさん考えた。
しかし、グラーツ家は、みんな笑顔で明るい。アリスがアンネリーゼの娘であることは禁忌であろうに、全く意に介さない。そして、子も産んで名実共に前辺境伯の奥方となったはずのアンネリーゼを皆揃って『お嬢』と呼ぶ。
そう呼ばれたアンネリーゼは、この邸の中で、髪を下ろしている。貴族の女性は普通、婚姻後は髪を結うもの。それはアリスの育ったヴィリス帝国も然りだが、イスブルグ王国も同じと習ったから、アリスは彼女が現れた当初から感じている違和感はそこであることに思い至った。
「今日着いたばかりでしょう? 殿下は、感動の親子の再会に水を差すことはなさらないわよね? しばらくの滞在は許してくださるはずだわ」
そうアンネリーゼが切り出すと、
「もとよりそのつもりですよ。いろいろとアリスも言いたいことがあるでしょうしね。アリスと過ごしたいという貴女の意志は尊重するつもりだ。ただ、今のアリスは色々といっぱいいっぱいですから、少しずつですよ、アンネリーゼ様」
と、ディートハルトが返した。
「ではとりあえず顔合わせはお終いだな。アリス嬢、ここは我が家と思って滞在したらいい。学校へ通うのはしばらくこちらで慣れてからでいいさ。たくさんここでアンネリーゼと過ごすといい」
マックスのその言葉は、アリスの滞在を予定より長く引き延ばすこととなった。
_____________________________________
「びっくりしたでしょう、この子たちを見て」
到着から一晩経って、アリスはアンネリーゼからお茶に誘われた。
中庭の小さな四阿は、色とりどりの花が咲く庭を一望できる心地いい風が吹く場所だった。
茶席には、エーミールとフリッツも同席している。小さな二人は、机に並べられたお菓子の話題で盛り上がっている。
一番年下として育ってきたアリスは、そんな小さな二人を微笑ましく思った。弟がいたらこんな感じなのだろう、と思っていたらアンネリーゼから問われたのだ。
「お母様、聞いてもよろしいのですか? この二人のこと」
見るからに双子である。しかし、戸籍上は双子ではない。そこにはどんな意味が隠されているのか。
「もちろん聞いていいわよ。アリスは当事者の一人ですもの。
この子たちはね、アリスが感じた通り、双子よ。二人ともダニエルの子なの。同じ母親から生まれたのよ。フリッツはそのままダニエルの籍に入ったのだけど、エーミールはわたくしが貰ったの」
聞けば、イスブルグ王国では双子は禁忌なのだそうだ。双子は生まれると、先に生まれた方をいなかったものとして扱うらしい。その方法は、実際に命を奪うことも有れば、他家に養子へ出したり、近くに置いても籍に入れなかったりと、いろんな形で葬るのだという。イスブルグには双子は存在しない。そうやって必ず片方がいなくなってしまうからである。
「そんなの、ダニエルが諾とするわけがないわ。あの性格ですからね。そして、わたくしのほうにも事情があったし。
双方、利害一致ということで、エーミールはわたくしと旦那様の子として籍を入れたの。わたくしが産んだ子として」
そしてそれは、双子にも言い聞かせているという。
二人は双子でありながら、世間的には双子として存在してはならない。あくまでエーミールは前辺境伯マックスの子であり、フリッツは現辺境伯ダニエルの子である。
幸いにも、ダニエルの妻・ザーラは辺境伯の遠縁で、髪も瞳も同じ色だったから、双子も辺境伯と同じ色味で生まれた。顔立ちも男子だったために、どちらかと言えば辺境伯の家系の顔立ちである。
「わたくしとは血は繋がっていないけれど、旦那様とはちゃんと家族なのよ。グラーツの家は、皆この決定に納得してくれているわ。わたくしの話も心の内も全て聞いて、その上でこの形を提案してくれたのはダニエルだったのだから。
わたくしはね、貴女以外の子を産むことはないの。産まないと決めているのよ」
車椅子の後ろから現れたもう一人は、エーミールと顔を見合わせてから、徐にアリスに向かってニコッと笑った。
「エーミール・グラーツです」
「フリッツ・グラーツです」
名乗った声までそっくりである。戸籍上は、叔父と甥の関係のはずである。年も同じで見た目も同じ。これ如何に。
「ほら、またお姫様が固まってるぞ。吃驚がありすぎて、今日、眠れないんじゃねぇかな」
ダニエルが笑いながら、アリスを揶揄う。
確かにその通りで、アリスは自国を出発するときからずっと頭の中で考えていた母との再会の場面が、想像とは全く違う方向に向いていることに、頭が付いていかないのだ。
子供頃に別れた母は、悲恋の末アリスを手放した薄幸の令嬢という印象だった。だから、きっと涙の再会になると思っていたのだ。
さらに言えば、彼女が今この状況にあるのはアリスという存在があるから。好かれていない可能性もたくさん考えた。
しかし、グラーツ家は、みんな笑顔で明るい。アリスがアンネリーゼの娘であることは禁忌であろうに、全く意に介さない。そして、子も産んで名実共に前辺境伯の奥方となったはずのアンネリーゼを皆揃って『お嬢』と呼ぶ。
そう呼ばれたアンネリーゼは、この邸の中で、髪を下ろしている。貴族の女性は普通、婚姻後は髪を結うもの。それはアリスの育ったヴィリス帝国も然りだが、イスブルグ王国も同じと習ったから、アリスは彼女が現れた当初から感じている違和感はそこであることに思い至った。
「今日着いたばかりでしょう? 殿下は、感動の親子の再会に水を差すことはなさらないわよね? しばらくの滞在は許してくださるはずだわ」
そうアンネリーゼが切り出すと、
「もとよりそのつもりですよ。いろいろとアリスも言いたいことがあるでしょうしね。アリスと過ごしたいという貴女の意志は尊重するつもりだ。ただ、今のアリスは色々といっぱいいっぱいですから、少しずつですよ、アンネリーゼ様」
と、ディートハルトが返した。
「ではとりあえず顔合わせはお終いだな。アリス嬢、ここは我が家と思って滞在したらいい。学校へ通うのはしばらくこちらで慣れてからでいいさ。たくさんここでアンネリーゼと過ごすといい」
マックスのその言葉は、アリスの滞在を予定より長く引き延ばすこととなった。
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「びっくりしたでしょう、この子たちを見て」
到着から一晩経って、アリスはアンネリーゼからお茶に誘われた。
中庭の小さな四阿は、色とりどりの花が咲く庭を一望できる心地いい風が吹く場所だった。
茶席には、エーミールとフリッツも同席している。小さな二人は、机に並べられたお菓子の話題で盛り上がっている。
一番年下として育ってきたアリスは、そんな小さな二人を微笑ましく思った。弟がいたらこんな感じなのだろう、と思っていたらアンネリーゼから問われたのだ。
「お母様、聞いてもよろしいのですか? この二人のこと」
見るからに双子である。しかし、戸籍上は双子ではない。そこにはどんな意味が隠されているのか。
「もちろん聞いていいわよ。アリスは当事者の一人ですもの。
この子たちはね、アリスが感じた通り、双子よ。二人ともダニエルの子なの。同じ母親から生まれたのよ。フリッツはそのままダニエルの籍に入ったのだけど、エーミールはわたくしが貰ったの」
聞けば、イスブルグ王国では双子は禁忌なのだそうだ。双子は生まれると、先に生まれた方をいなかったものとして扱うらしい。その方法は、実際に命を奪うことも有れば、他家に養子へ出したり、近くに置いても籍に入れなかったりと、いろんな形で葬るのだという。イスブルグには双子は存在しない。そうやって必ず片方がいなくなってしまうからである。
「そんなの、ダニエルが諾とするわけがないわ。あの性格ですからね。そして、わたくしのほうにも事情があったし。
双方、利害一致ということで、エーミールはわたくしと旦那様の子として籍を入れたの。わたくしが産んだ子として」
そしてそれは、双子にも言い聞かせているという。
二人は双子でありながら、世間的には双子として存在してはならない。あくまでエーミールは前辺境伯マックスの子であり、フリッツは現辺境伯ダニエルの子である。
幸いにも、ダニエルの妻・ザーラは辺境伯の遠縁で、髪も瞳も同じ色だったから、双子も辺境伯と同じ色味で生まれた。顔立ちも男子だったために、どちらかと言えば辺境伯の家系の顔立ちである。
「わたくしとは血は繋がっていないけれど、旦那様とはちゃんと家族なのよ。グラーツの家は、皆この決定に納得してくれているわ。わたくしの話も心の内も全て聞いて、その上でこの形を提案してくれたのはダニエルだったのだから。
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※イラストは描き下ろし作品です。無断転載・無断使用・AI学習等は一切禁止しております。
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