円満な婚約解消

KAORU

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29.辺境伯のタウンハウス

 それからアリスは、2週間ほどグラーツ家に滞在した。
 辺境伯家は、その役割故に、家族が滞在するエリアと外と接するエリアは厳重に分けられている。家族のエリアは比較的自由に行き来することができ、アリスは母と過ごしたり、伯爵の子供たちとこの国の遊びに興じたり、流行している本を一緒に読んだりして過ごした。

 ディートハルトはアリスにべったり……ということはなく、辺境伯家に滞在中も公務をこなしていた。
 すでに15歳のディートハルトには、王子としての役割が多少割り振られているらしい。
 特にベルトラム公爵家と外交を中心とした公務を行っていることから、国境に接するこの辺境伯家に彼が滞在している間は、ヴィリス帝国からの使者や商人など、イスブルグ王国と縁を持つ者が多数訪れた。
 アリスは、その仕事ぶりを見てみたいと思いながらも、彼から『またしばらくは母君とは会えなくなるから、今のうちにしっかり甘えておいで』と言われてしまい、結局はディートハルトと離れて過ごすことが多かった。

 半面、アンネリーゼとはずいぶんと打ち解けた。
 親子である上、アリスはアンネリーゼの容姿を受け継いだ少女であったから、まるで辺境の森に妖精が戯れているかのようで、辺境伯邸の使用人たちは、二人の様子を微笑ましく眺めていた。
 時には車椅子のマックスと3人で庭に出てお茶をしたり、そこに小さな双子も加わって楽し気な笑い声が溢れた。
 様子を伺いに来たダニエルにも、その様子は伝わった。

「この可愛らしいアリスの笑顔は、どちらかというと父親似なんだろうな。お嬢は何処か企みを含んだ笑みだからなぁ」

 そうやって揶揄うダニエルを、アリスは頼もしく思う。
 きっと、祖父であるベルトラム公爵は、このグラーツ家の豪気だけれど懐の深い部分にアンネリーゼの身を預けたのだろう。
 だからこそ、母は笑顔であるし、アリスも笑顔で居られるのだ。


 しばらくして、ディートハルトから王都の学園の留学の許可が下りたことが告げられた。

「そろそろ行こうか。あちらではグラーツの次男である、フランク殿が首を長くして待っているようだから」
 
 辺境伯家から王都までは馬車で5日かかる。イスブルグはあまり大きな国ではないが、関門が多い。その度に宿泊を求められるからその日数を縮めることはできなかった。

 無事に王都の辺境伯のタウンハウスに到着するとそこには、マックスの次男、フランクが待っていた。
 フランクは、グラーツ家の次男だが、今は婚姻後、従属爵位を継承し、ベルナー子爵を名乗っていた。
 出迎えた彼は、マックスやダニエルとは違う見た目であった。

「お待ちしておりましたよ、姫君」

 揶揄う口調は丁寧ながら、ダニエルと後の繋がりを感じさせる。スラリと背が高く、筋肉質で厚みのあるダニエルと違って細身の、どこか飄々とした優男風情である。
 アリスが到着の挨拶をすると、フランクは堅苦しい挨拶はいいよ、と笑った。

 堅牢であった辺境伯とは違い、王都のグラーツ邸は明るく開放的な空気を纏っていた。
 アリスのその感想に、フランクはこういった。

実家本家は、辺境を守る城だからね。見た目も中もすごかっただろう? でもこの家も見た目よりずっと強固だよ。何せね、使用人は全員辺境の騎士団の訓練卒なんだ」

 即戦力である使用人をそろえている以外に、外見からは分からないが、邸の至る所にトラップがあって、侵入者はすぐに捕縛できるようにもなっているらしい。

「姫を滞在させるだけの守りは、十分に備えているから安心してほしい。アリス嬢はその見た目がうちイスブルグでは非常に危ないよね。利用されかねないから、守りは十分すぎるほどでないと、殿下が安心しないしね」

 そう言って、紹介してくれたのは、フランクの嫡男・クルトだった。クルトはアリスと同じ10歳だというが、アリスより頭一つ背が高い少年だった。

「クルトがいる学校への留学が決まっているからね。クラスも同じだ。あと、我が家の警備隊長の娘も同い年でね。同じところに通っている。アリスの側には彼女を付ける予定だ」

 紹介された少女は、細身で小柄であった。しかし、警備隊長の娘・エラはすでに訓練を受けているのだという。

「辺境の騎士団はね、子供もみな訓練を受けるんだよ。騎士団への入団は必須ではないけれど、あの町の領民になるには、訓練はしておいて損はない。そして、ここもあの町の飛び地のようなものだからね」

 そうして、アリスは、クルトとエラという同い年の友人を得て、イスブルグ王国の子供たちが通う学校へ留学を果たしたのだった。
 

 

 

 

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