5 / 8
4.初めての王都と園遊会 Side S
しおりを挟む
長らくシェリルは自領を離れず、10歳になった。自然の中で育ったシェリルではあるが、祖父母の方針できちんと貴族令嬢としての教養は施されている。
ただ令嬢らしからず好奇心旺盛で、さらに純粋培養であるが故に、人を疑うということを知らなかった。
自領にいる分には大仰な悪意などに晒されることもないので、それでも問題はないのだが、共に暮らす祖父にはひとつの懸念があった。
もともとシェリルを手元に置いて育てることにしたのは、その能力の発現に立ち会いたかったからである。
しかし、10年経ってもシェリルにこれといった特徴は何ひとつ現れなかった。いたって普通の元気な女の子である。特徴があるとすれば歌を歌うのが好き、ということだろうか。
かといって、その歌も皆を虜にする歌声……などということもなく。誰に聞いても『ああ、歌うのが好きなのね』という感想でしかない。声が悪いわけでもないし、音程が悪いわけでもない。普通に聞けば上手いほうであろうが、その歌声が何かを引き起こすことはなかった。
『女神の気紛れ』により与えられた能力に付けられた通名が、『天使の歌声』であるならば、歌声に何か秘密があるはず、と考えていた前伯爵は、水色の瞳を持って生まれたシェリルが歌うことが大好きなのは啓示であると信じていた。
しかし、何も起きない以上、フェリアが水色の瞳だからと言って『女神の気紛れ』を持っていると王家に報告を上げるわけにもいかない。そして何も起こらないということは、これ以上研究も進まない。
そして、とうとう王家にいる息子夫婦から連絡がきたのだ。いい加減、仮病である『病弱だから療養中』も通じない。そろそろ社交界に娘を出さねばならない、と。
水色の瞳の持ち主が、必ずしも『天使の歌声』を持つと決まったわけではないのだから、次の園遊会には連れてきて欲しい、と書かれていた。
そこで前伯爵は考えた。
シェリルの力は何かの条件がなくては発動しないのかもしれない。この牧歌的な領地では、その力は覚醒できないのかもしれない。
そこで、祖父はとうとう王都の息子からの要請に応じることにしたのだ。
かくして、シェリルは、初めて領地から出て王都へと行くことになった。
「お爺様! 本当に此度はわたしも、お父さまの王都の邸に行っていいのですか?」
嬉々として尋ねるシェリルに、祖父は若干押され気味である。
「もちろんいいんだよ。儂もついて行くからな」
「はい! 馬で参りますか?」
「いや、シェリル、お前は令嬢なんだからね。馬車で行くよ、馬車で」
元気いっぱいのシェリルは、勿論乗馬も習得済みである。ではあるが、とても王都まで乗れるほどではない。苦笑いする祖父にシェリルは胸を張って答えた。
「わたしは馬でも大丈夫ですよ! お爺様っ」
「シェリル、確かにお前は馬に乗れるけれどね。王都はそんなに近くない。小さいお前がずっと馬では体がもたないよ」
「でもわたし、早く着きたいのです。初めての王都ですよ! お爺様っ!」
逸る心が、馬での道程を求める理由のシェリルは、ぴょんと跳ねて祖父に抱きついた。
ここまでの『病弱』設定はどうしようか、と祖父が頭を悩ませていることなど、気にも留めていない。
折々に領地に顔を出してくれる両親と兄たちに逢えることが嬉しくて堪らないのである。
そんなシェリルを宥めつつ、祖父母は馬車で5日かけて王都へ彼女を連れて行った。道中、何を見ても感動するシェリルは、馬車の旅も十二分に堪能した。
出迎えた両親は、元気よく飛びつくシェリルをしっかりと受け止めてくれた。
「よく来たね、シェリル」
「お父様、お母様! とってもお逢いしたかったです。 それに王都のお邸、素敵なところです!」
燥ぐシェリルに、兄たちも苦笑しながら、挨拶と称して飛びついてくるのをぎゅっと抱き締める。可愛い妹である。お転婆どころの話ではないが、可愛いことに変わりはない。
「シェリル、遊びたいのもよくわかるけれど、貴女にはひとつお仕事があるわよ」
邸の中へ、母に手を引かれて案内されながら、シェリルは母を見上げた。
「おしごと?」
「そうよ。園遊会のための衣装を作るの。お兄様たちとお揃いのものをね。シェリルは少し大きくなっているから、採寸からしなければならないわ。しばらくはこの邸から出られないけれど、我慢なさいね」
折角王都まで来たのに……という顔をするシェリルの頭を撫でながら、母が笑う。
領地の使用人たちに、『いたずら妖精』などと渾名を付けられているのは、両親も承知の上である。そんな遊びが仕事のようなシェリルに、令嬢としての装いを揃えるのは、親の仕事のひとつだ。
これでもちゃんと教育は受けているので、人前に出すのを心配はしていない。ただ、我慢させることになるから、少しばかり可哀相だなとは思っている。
「素敵なお衣装、作りましょうね。お兄様たちとお揃い、嬉しいわね?」
ただ令嬢らしからず好奇心旺盛で、さらに純粋培養であるが故に、人を疑うということを知らなかった。
自領にいる分には大仰な悪意などに晒されることもないので、それでも問題はないのだが、共に暮らす祖父にはひとつの懸念があった。
もともとシェリルを手元に置いて育てることにしたのは、その能力の発現に立ち会いたかったからである。
しかし、10年経ってもシェリルにこれといった特徴は何ひとつ現れなかった。いたって普通の元気な女の子である。特徴があるとすれば歌を歌うのが好き、ということだろうか。
かといって、その歌も皆を虜にする歌声……などということもなく。誰に聞いても『ああ、歌うのが好きなのね』という感想でしかない。声が悪いわけでもないし、音程が悪いわけでもない。普通に聞けば上手いほうであろうが、その歌声が何かを引き起こすことはなかった。
『女神の気紛れ』により与えられた能力に付けられた通名が、『天使の歌声』であるならば、歌声に何か秘密があるはず、と考えていた前伯爵は、水色の瞳を持って生まれたシェリルが歌うことが大好きなのは啓示であると信じていた。
しかし、何も起きない以上、フェリアが水色の瞳だからと言って『女神の気紛れ』を持っていると王家に報告を上げるわけにもいかない。そして何も起こらないということは、これ以上研究も進まない。
そして、とうとう王家にいる息子夫婦から連絡がきたのだ。いい加減、仮病である『病弱だから療養中』も通じない。そろそろ社交界に娘を出さねばならない、と。
水色の瞳の持ち主が、必ずしも『天使の歌声』を持つと決まったわけではないのだから、次の園遊会には連れてきて欲しい、と書かれていた。
そこで前伯爵は考えた。
シェリルの力は何かの条件がなくては発動しないのかもしれない。この牧歌的な領地では、その力は覚醒できないのかもしれない。
そこで、祖父はとうとう王都の息子からの要請に応じることにしたのだ。
かくして、シェリルは、初めて領地から出て王都へと行くことになった。
「お爺様! 本当に此度はわたしも、お父さまの王都の邸に行っていいのですか?」
嬉々として尋ねるシェリルに、祖父は若干押され気味である。
「もちろんいいんだよ。儂もついて行くからな」
「はい! 馬で参りますか?」
「いや、シェリル、お前は令嬢なんだからね。馬車で行くよ、馬車で」
元気いっぱいのシェリルは、勿論乗馬も習得済みである。ではあるが、とても王都まで乗れるほどではない。苦笑いする祖父にシェリルは胸を張って答えた。
「わたしは馬でも大丈夫ですよ! お爺様っ」
「シェリル、確かにお前は馬に乗れるけれどね。王都はそんなに近くない。小さいお前がずっと馬では体がもたないよ」
「でもわたし、早く着きたいのです。初めての王都ですよ! お爺様っ!」
逸る心が、馬での道程を求める理由のシェリルは、ぴょんと跳ねて祖父に抱きついた。
ここまでの『病弱』設定はどうしようか、と祖父が頭を悩ませていることなど、気にも留めていない。
折々に領地に顔を出してくれる両親と兄たちに逢えることが嬉しくて堪らないのである。
そんなシェリルを宥めつつ、祖父母は馬車で5日かけて王都へ彼女を連れて行った。道中、何を見ても感動するシェリルは、馬車の旅も十二分に堪能した。
出迎えた両親は、元気よく飛びつくシェリルをしっかりと受け止めてくれた。
「よく来たね、シェリル」
「お父様、お母様! とってもお逢いしたかったです。 それに王都のお邸、素敵なところです!」
燥ぐシェリルに、兄たちも苦笑しながら、挨拶と称して飛びついてくるのをぎゅっと抱き締める。可愛い妹である。お転婆どころの話ではないが、可愛いことに変わりはない。
「シェリル、遊びたいのもよくわかるけれど、貴女にはひとつお仕事があるわよ」
邸の中へ、母に手を引かれて案内されながら、シェリルは母を見上げた。
「おしごと?」
「そうよ。園遊会のための衣装を作るの。お兄様たちとお揃いのものをね。シェリルは少し大きくなっているから、採寸からしなければならないわ。しばらくはこの邸から出られないけれど、我慢なさいね」
折角王都まで来たのに……という顔をするシェリルの頭を撫でながら、母が笑う。
領地の使用人たちに、『いたずら妖精』などと渾名を付けられているのは、両親も承知の上である。そんな遊びが仕事のようなシェリルに、令嬢としての装いを揃えるのは、親の仕事のひとつだ。
これでもちゃんと教育は受けているので、人前に出すのを心配はしていない。ただ、我慢させることになるから、少しばかり可哀相だなとは思っている。
「素敵なお衣装、作りましょうね。お兄様たちとお揃い、嬉しいわね?」
0
あなたにおすすめの小説
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結保証】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。
石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。
自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。
そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。
好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
隣の芝生は青いのか
夕鈴
恋愛
王子が妻を迎える日、ある貴婦人が花嫁を見て、絶望した。
「どうして、なんのために」
「子供は無知だから気付いていないなんて思い上がりですよ」
絶望する貴婦人に義息子が冷たく囁いた。
「自由な選択の権利を与えたいなら、公爵令嬢として迎えいれなければよかった。妹はずっと正当な待遇を望んでいた。自分の傍で育てたかった?復讐をしたかった?」
「なんで、どうして」
手に入らないものに憧れた貴婦人が仕掛けたパンドラの箱。
パンドラの箱として育てられた公爵令嬢の物語。
【完結】番としか子供が産まれない世界で
さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。
何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。
そんなニーナが番に出会うまで
4話完結
出会えたところで話は終わってます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる