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不実な婚約者は【真実の愛】を謳う(※タイトル変更しました)
10.アラン・マクドエルは溜め息をつく
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アラン・マクドエルは、目の前に居るマクドエルを継ぐ兄を睨んでいる。
というのも、話し合いは平行線だからである。
「ですから。もういい加減手を引かせてくれと言ってるんだ」
もう何度も同じことをアランは告げている。が、しかし。
「んー、それは駄目かなぁ。だってさ、王子様がねぇ……」
兄の返事もいつも同じである。
兄であるヘンリーは、王太子の学友である。アランより二人は4つ年上なので、すでに学園は卒業しているが、二人は今も繋がっている。アランもマクドエルの一員なので、勿論二人の繋がりは理解している。ヘンリーは、次期王の懐刀になる男だ。
そして、この兄は曲者だ。人のよさそうな細い目の奥は、何を考えているか悟らせない。飄々として、のらりくらりと話を逸らしては、最終的に兄の思う通りにしてしまう。相手に不快感を与えずに、である。
しかし、アランはそんな兄と生まれた時からこうして遣り取りをしているので、そう簡単には撒かれたりしないつもりである。
「だってさ、仕事としてはお前が適任なんだよね。顔もいいし、話を聞きだすのも上手いじゃないか。私よりずっとお前が適任だと思うよ」
兄はアランより少し体は小さいが、その柔和な空気は無害ないい人という印象を与える。アランとの大きな違いは顔で、母親に似ているアランとは違い、マクドエル伯爵の糸のように細い目を譲り受けている。
その細い目の奥は、相変わらず何を秘めているのかさっぱり分からない。アランはそんな兄の方がやはりマクドエルの当主になるのだと実感するのだ。
アランはマクドエル家に生まれた。それはもう宿命であり、選べない。兄も同じであろう。
小さなころから、マクドエルの一員として育てられ、その身に色々な術を教え込まれる。それがマクドエル家の子供として生きるための必須であり、それを怠る者は、この世に存在できない。
そういう面ではマクドエルという家は非情と言える。使えない者、仇なす者は、生き残れはしない。それは『影』という使命を持つ家の一族に生まれた宿命だ。
アランも、兄のヘンリーも、マクドエルの血が濃い。能力も高く、ヘンリーは問題なくマクドエルの当主になるであろうし、アランは国の思惑を背負って、グリーフィルドに婿入りする。
そうであるのに、アランには一つだけ不満があった。
マクドエルの一員であることは誇りを持っているが、割と早い段階でグリーフィルドへ婿に出されることが決まったので、マクドエルの仕事は、ある程度制限されると思っていた。
しかし、それは今、大きく予想を裏切る形となっている。
「そういう問題ではないんだよ、兄上。これ以上やったら、婿に行けなくなると思わないのか」
「ん、そこは大丈夫でしょ。だって、御大も、当主も何も言わないでしょ? それが彼方の答えだよ」
ヘンリーはソファに足を組んで深く腰掛けながら、にこやかにそう言った。
そんな兄の姿に、正面に座るアランはちょっと苛立ちを覚える。
「親世代はそうでしょう。先代は静観しているのでしょうし。でもフェリアは」
「まあ、嬢ちゃんは何も知らないよなぁ。知らないから可哀相ではあるよね」
「そう思うなら」
「でもあれは、当主になる娘だよ。往なせなくてどうするんだ? 彼方の家はそんなに甘い家ではないだろう? だからお前が行くんだからね」
柔和な体は崩さないまま、声だけに厳しさを混ぜて、ヘンリーはアランに向き合う。
ヘンリーとて、アランの気持ちは分からなくはない。しかし、これは仕事であり、家の使命なのだ。
そんなヘンリーの言葉に俯いて唇をかむ、稀代の女誑しの顔を持つ弟に、ヘンリーは軽く溜息をついた。
「ハーラーのところの娘を嬢ちゃんの側に置いている。あれの兄に、ちょっとだけ指南するよう言っておいた。あの娘が上手く立ち回るだろう」
ヘンリーの言葉に、アランは顔を上げた。フェリアの側付きはハーラー伯爵家のアイリスで、その兄はアランの友である。
「アイリス嬢ですか」
「そうだ。そのために御大が側付きにしてるんだからな。彼家の先代も、勿論今の当主もだけど、真面目な算術家だと思ったら痛い目に合うよね。算術も得意だけど、本当は策略も得意でしょ。王城の裏は彼らの手にあるんだからねぇ」
クスクスと細い目を一層細めて、ヘンリーは笑う。表向きは、腰の低い商売人の顔を見せるヘンリーの、家族にしか見せない仄暗い香りのする笑顔である。
「アラン、もう少しだからさ。頑張ってくれないかなぁ?」
グリーフィルド家は兄が言うように一筋縄ではいかない家である。アランの婚約者であるフェリアも、本人は気付いていないけれど、グリーフィルド家を取り仕切ることが出来るように育てられている。だからこそ、ここまでのアランの所業にも、この程度の咎めで済んでいると言える。
フェリアは律することを常としている。アランと二人の時には少女らしい表情することも有る。特に甘い物には目がなく、それを口にしたときの表情はまさに年相応の少女の顔になる。でもそれを知るのは数少ない。アランはその一人であることを喜ばしいことだと思っている。
フェリアは生涯の伴侶だ。強くなるよう育てられているとはいえ、アランが守るべき女性である。
見限られては困る。できれば、アランはフェリアを自身の近くに引き寄せておきたいと思っているのに、現状それは儘ならない。
すべては目の前に座る兄と、その後ろに控える兄の主である王子―― 未来の為政者の所為である。
そして、いずれはそこに自分も関わらねばならない。グリーフィルドの婿として。
拒否できないその兄の願いを、アランは大きな溜息を吐きながら了承せざるを得なかった。
というのも、話し合いは平行線だからである。
「ですから。もういい加減手を引かせてくれと言ってるんだ」
もう何度も同じことをアランは告げている。が、しかし。
「んー、それは駄目かなぁ。だってさ、王子様がねぇ……」
兄の返事もいつも同じである。
兄であるヘンリーは、王太子の学友である。アランより二人は4つ年上なので、すでに学園は卒業しているが、二人は今も繋がっている。アランもマクドエルの一員なので、勿論二人の繋がりは理解している。ヘンリーは、次期王の懐刀になる男だ。
そして、この兄は曲者だ。人のよさそうな細い目の奥は、何を考えているか悟らせない。飄々として、のらりくらりと話を逸らしては、最終的に兄の思う通りにしてしまう。相手に不快感を与えずに、である。
しかし、アランはそんな兄と生まれた時からこうして遣り取りをしているので、そう簡単には撒かれたりしないつもりである。
「だってさ、仕事としてはお前が適任なんだよね。顔もいいし、話を聞きだすのも上手いじゃないか。私よりずっとお前が適任だと思うよ」
兄はアランより少し体は小さいが、その柔和な空気は無害ないい人という印象を与える。アランとの大きな違いは顔で、母親に似ているアランとは違い、マクドエル伯爵の糸のように細い目を譲り受けている。
その細い目の奥は、相変わらず何を秘めているのかさっぱり分からない。アランはそんな兄の方がやはりマクドエルの当主になるのだと実感するのだ。
アランはマクドエル家に生まれた。それはもう宿命であり、選べない。兄も同じであろう。
小さなころから、マクドエルの一員として育てられ、その身に色々な術を教え込まれる。それがマクドエル家の子供として生きるための必須であり、それを怠る者は、この世に存在できない。
そういう面ではマクドエルという家は非情と言える。使えない者、仇なす者は、生き残れはしない。それは『影』という使命を持つ家の一族に生まれた宿命だ。
アランも、兄のヘンリーも、マクドエルの血が濃い。能力も高く、ヘンリーは問題なくマクドエルの当主になるであろうし、アランは国の思惑を背負って、グリーフィルドに婿入りする。
そうであるのに、アランには一つだけ不満があった。
マクドエルの一員であることは誇りを持っているが、割と早い段階でグリーフィルドへ婿に出されることが決まったので、マクドエルの仕事は、ある程度制限されると思っていた。
しかし、それは今、大きく予想を裏切る形となっている。
「そういう問題ではないんだよ、兄上。これ以上やったら、婿に行けなくなると思わないのか」
「ん、そこは大丈夫でしょ。だって、御大も、当主も何も言わないでしょ? それが彼方の答えだよ」
ヘンリーはソファに足を組んで深く腰掛けながら、にこやかにそう言った。
そんな兄の姿に、正面に座るアランはちょっと苛立ちを覚える。
「親世代はそうでしょう。先代は静観しているのでしょうし。でもフェリアは」
「まあ、嬢ちゃんは何も知らないよなぁ。知らないから可哀相ではあるよね」
「そう思うなら」
「でもあれは、当主になる娘だよ。往なせなくてどうするんだ? 彼方の家はそんなに甘い家ではないだろう? だからお前が行くんだからね」
柔和な体は崩さないまま、声だけに厳しさを混ぜて、ヘンリーはアランに向き合う。
ヘンリーとて、アランの気持ちは分からなくはない。しかし、これは仕事であり、家の使命なのだ。
そんなヘンリーの言葉に俯いて唇をかむ、稀代の女誑しの顔を持つ弟に、ヘンリーは軽く溜息をついた。
「ハーラーのところの娘を嬢ちゃんの側に置いている。あれの兄に、ちょっとだけ指南するよう言っておいた。あの娘が上手く立ち回るだろう」
ヘンリーの言葉に、アランは顔を上げた。フェリアの側付きはハーラー伯爵家のアイリスで、その兄はアランの友である。
「アイリス嬢ですか」
「そうだ。そのために御大が側付きにしてるんだからな。彼家の先代も、勿論今の当主もだけど、真面目な算術家だと思ったら痛い目に合うよね。算術も得意だけど、本当は策略も得意でしょ。王城の裏は彼らの手にあるんだからねぇ」
クスクスと細い目を一層細めて、ヘンリーは笑う。表向きは、腰の低い商売人の顔を見せるヘンリーの、家族にしか見せない仄暗い香りのする笑顔である。
「アラン、もう少しだからさ。頑張ってくれないかなぁ?」
グリーフィルド家は兄が言うように一筋縄ではいかない家である。アランの婚約者であるフェリアも、本人は気付いていないけれど、グリーフィルド家を取り仕切ることが出来るように育てられている。だからこそ、ここまでのアランの所業にも、この程度の咎めで済んでいると言える。
フェリアは律することを常としている。アランと二人の時には少女らしい表情することも有る。特に甘い物には目がなく、それを口にしたときの表情はまさに年相応の少女の顔になる。でもそれを知るのは数少ない。アランはその一人であることを喜ばしいことだと思っている。
フェリアは生涯の伴侶だ。強くなるよう育てられているとはいえ、アランが守るべき女性である。
見限られては困る。できれば、アランはフェリアを自身の近くに引き寄せておきたいと思っているのに、現状それは儘ならない。
すべては目の前に座る兄と、その後ろに控える兄の主である王子―― 未来の為政者の所為である。
そして、いずれはそこに自分も関わらねばならない。グリーフィルドの婿として。
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