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【2020/05 野火】
《第3週 金曜日 午後》①
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昨晩先輩に会った時の服のままだと煙草や香水の匂いがやはり残っているのが気になる。
14時からの役員会のため、昼のうちにシャワールームを借りて念の為一旦全身洗い流し、ロッカーに用意しておいている予備の服に着替えた。
一通り普段身支度に使っているものも一式置いてあるので、身嗜みを整えてから戻り、朝作成しておいた退職願の添削と出力を南に頼んでおいたので、書庫に戻って受け取る。
「先生、今朝は今朝で臭かったですけど、正直普段は普段で臭いです」
「失礼なこと言うなあ、加齢臭させたり煙草臭いままよりはマシだろ?百合の香りには気持ちを高揚させる効果があるんだよ。あと、ネロリは抗うつ鎮静作用があるんだぞ」
ポケットに入れているロールオンタイプのアトマイザーを出して、机の上の付箋の上で転がし、1枚剥がして南の鼻の頭に貼り付ける。南が顔を顰めながらその付箋を剥いでノートパソコンに貼る。
「そういうのほんとお好きですね…てか、本当にいいんですか?」
「うん、まあ。緒方先生止めなかったし」
内容を改めて一読して、万年筆で署名した。同じく万年筆で「退職願」と表書きし、白い二重封筒に入れて封緘する。
「でも遺留されたんでしょ?研究協力してくれてる先生方や他所サマとか、監察医務院のほう」
「うん、そうだけど、だってねえ、まさか実際に反社と付き合いあるとは知らないし、思ってないからでしょ」
南の机の上にある昔懐かしいラムネ菓子の青いプラスチックボトルを勝手に取って開け、3粒ほどいただく。口の中で数回噛み砕くとすぐに溶けて消えた。
「そりゃそうですよ、先生もそこまでは言ってないんでしょ?まあ大学構内で発砲事件ってだけでも異様ですけど、中の人が反社と付き合いあるとは思わないですよフツー」
「でしょ?よろしくないでしょ、向こうがまさかそうは思ってないとしても、実際反社とつながりがあって何が起きるかわかんない人間なんか。本格的に表沙汰になって予算下りなくなったりしちゃうと他の人が困るでしょ」
もういくつかもらおうとしたら、ボトルをぱっと手にとって後ろ手に隠されてしまった。
「で、ご実家の方はどうなんです?」
「今まで通りやるけど、役からは降ろしてもらって名前が表に出ないようにさしてもらうことにしたよ。役員報酬ナシの契約社員扱いでいいや」
ジャケットの内ポケットに、アトマイザーと退職願の封筒を入れて出口に向かう。
「あとさ、学校の品位を下げる事になるのもそうだけど、只でさえ報道が途中で制限されるような事件に遭った身としてはやっぱ、そういうことをきっかけに単純に過去漁られたくないんだよな。そうなったらお前や優明に迷惑かけることにもなるから」
そう言って部屋を出ようとした時、南から呼び止められた。
「先生、そうやって結局、自分のことより周りのことじゃないですか」
「そんなことないよ」
振り返ると、南が泣き出しそうな顔でおれに語りかけながら近づいてくる。
「なくないですよ。そもそもさっきだって、もう関わらなくていい状態になろうって言ったけど、いいわけないでしょ。確かにおれは先生のことは苦手だし嫌いです、軽蔑してる部分だっていっぱいある、でも、おれがどう思おうが、優明はあなたを必要としてるんです。あなたが優明のためにイベントや記念日忘れずに贈り物してきたり、ずっと仕送りしてきてるのも、誠実に仕事してるのも見てきて、心から嫌いになんかなれるわけないじゃないですか。どうして自分には誠実でいられないんですか」
目の前まで来た南の目から涙が溢れ、床や服の生地の上で弾ける音がした。
14時からの役員会のため、昼のうちにシャワールームを借りて念の為一旦全身洗い流し、ロッカーに用意しておいている予備の服に着替えた。
一通り普段身支度に使っているものも一式置いてあるので、身嗜みを整えてから戻り、朝作成しておいた退職願の添削と出力を南に頼んでおいたので、書庫に戻って受け取る。
「先生、今朝は今朝で臭かったですけど、正直普段は普段で臭いです」
「失礼なこと言うなあ、加齢臭させたり煙草臭いままよりはマシだろ?百合の香りには気持ちを高揚させる効果があるんだよ。あと、ネロリは抗うつ鎮静作用があるんだぞ」
ポケットに入れているロールオンタイプのアトマイザーを出して、机の上の付箋の上で転がし、1枚剥がして南の鼻の頭に貼り付ける。南が顔を顰めながらその付箋を剥いでノートパソコンに貼る。
「そういうのほんとお好きですね…てか、本当にいいんですか?」
「うん、まあ。緒方先生止めなかったし」
内容を改めて一読して、万年筆で署名した。同じく万年筆で「退職願」と表書きし、白い二重封筒に入れて封緘する。
「でも遺留されたんでしょ?研究協力してくれてる先生方や他所サマとか、監察医務院のほう」
「うん、そうだけど、だってねえ、まさか実際に反社と付き合いあるとは知らないし、思ってないからでしょ」
南の机の上にある昔懐かしいラムネ菓子の青いプラスチックボトルを勝手に取って開け、3粒ほどいただく。口の中で数回噛み砕くとすぐに溶けて消えた。
「そりゃそうですよ、先生もそこまでは言ってないんでしょ?まあ大学構内で発砲事件ってだけでも異様ですけど、中の人が反社と付き合いあるとは思わないですよフツー」
「でしょ?よろしくないでしょ、向こうがまさかそうは思ってないとしても、実際反社とつながりがあって何が起きるかわかんない人間なんか。本格的に表沙汰になって予算下りなくなったりしちゃうと他の人が困るでしょ」
もういくつかもらおうとしたら、ボトルをぱっと手にとって後ろ手に隠されてしまった。
「で、ご実家の方はどうなんです?」
「今まで通りやるけど、役からは降ろしてもらって名前が表に出ないようにさしてもらうことにしたよ。役員報酬ナシの契約社員扱いでいいや」
ジャケットの内ポケットに、アトマイザーと退職願の封筒を入れて出口に向かう。
「あとさ、学校の品位を下げる事になるのもそうだけど、只でさえ報道が途中で制限されるような事件に遭った身としてはやっぱ、そういうことをきっかけに単純に過去漁られたくないんだよな。そうなったらお前や優明に迷惑かけることにもなるから」
そう言って部屋を出ようとした時、南から呼び止められた。
「先生、そうやって結局、自分のことより周りのことじゃないですか」
「そんなことないよ」
振り返ると、南が泣き出しそうな顔でおれに語りかけながら近づいてくる。
「なくないですよ。そもそもさっきだって、もう関わらなくていい状態になろうって言ったけど、いいわけないでしょ。確かにおれは先生のことは苦手だし嫌いです、軽蔑してる部分だっていっぱいある、でも、おれがどう思おうが、優明はあなたを必要としてるんです。あなたが優明のためにイベントや記念日忘れずに贈り物してきたり、ずっと仕送りしてきてるのも、誠実に仕事してるのも見てきて、心から嫌いになんかなれるわけないじゃないですか。どうして自分には誠実でいられないんですか」
目の前まで来た南の目から涙が溢れ、床や服の生地の上で弾ける音がした。
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