403 / 454
【2020/05 居場所】
《第4週 日曜日 午後》②
しおりを挟む
そこからの説明で、初めてわたしは玲さんの生い立ちを知った。
あまり深く関わらず、又聞きでしか玲さんを知らないわたしの中には「なんとなく暗く大人しいと思っていたら、人を惑わせ振り回す子」という印象しかなかったので、少なからずショックだった。そして、話していく中で「わたしたちは治療者以上になれなかった」「わたしたちの家は玲さんの居場所にはなり得なかった」と吐露したことにも衝撃を受けた。
玲さんは、生まれ育った家庭の中でも迎えられた新しい家でも、自分の存在に拠って言語化されない緊張が生じている環境でずっと所在ない落ち着かない気持ちのまま過ごしていたことになる。ずっと孤独だったのだ。
やがて他の人間を引き込んで自分の代わりに置き、自分は独り離れて暮らすことを選んだ。それ自体かなり無理をしてのことであることも、逸脱行動が悪化することも想定内だったという。故に、家を離れてからずっと監視をつけていて、直人さんと契約する前の段階から全て知っていたと。
夜の盛り場を渡り歩いていたことも、学校内外問わず幾人もの男と関係を持っていたことも、危険な目に遭いそれを記録したものが流れてしまったこともすべて知っていた。
「想定内だったとはいえ、何故止めなかったんですか」
「端から見たら止めなかったといえば、そうでしょうね」
しかし、記録物の回収にあたって裏に手を回したその段階で直人さんに行き当たった。直人さんは玲さんと契約し、ある種の信頼関係を築き上げていた。記録物のマスターも直人さんが握って、流出先を根気よく潰しにかかっていた。止める理由はそこでなくなったのだという。
「学校に行けば自分の学びたいことに打ち込めて、そこを離れれば甘えられる先輩がいて、直人さんとの関係の中で自罰感情が満たされる。生家に居た頃やわたしたちと居たときのような緊張も、独りで暮らす中には生じない。その時点ではそれがベストプラクティスだったの」
だからって、自分の子がヤクザ者と付き合っていて、爛れた関係にあることを知っていて、咎めないことがなんとなく理解できない。わたしには実の子はいないが、仮にゆかがホストにでも入れあげたりしたら冷静さを失うと思う。
そもそも、文鷹が直人さんの代わりに親が収監された関係でうちに住むようになってからは極力親代わりになろうとしたし、真っ当な道に進んでほしくて学校にも行かせたし、卒業後自分の会社で仕事だってさせていた。それを辞めて直人さんの下に付くと言い出した時にだって随分言い合いになったのだ。
「でも、アキくんには、自分で居場所を見つける必要があったの」
「それは、見つかったんですか」
思わず、間を置かず食い気味に言い返してしまった。
でも、彼女は構わず「見つかるんじゃないかな」と答え、嫣然と微笑んだ。
玲さんの母親が殺された後、部屋に残されていた玲さんを救助した警官のご子息が現在玲さんに懐いているという。
「アキくんは年上の人とか思うままに甘えられる存在を求めてきたけれど、本当に必要なのは自分を求めて甘えてくる存在なんじゃないかなと思ってて…学校でも周りの意見に従ったり、誰かのために見返りを求めず働くことを選んでいくほどに物事がいいように進んでる気がするし、自分から追い求めたり自分で選び取るより、ある程度流されてるほうがいいんじゃないかなって」
玲さんの心は、底のないコップのようなものだと言った。
そこに取り分けたケーキとティーセットを載せたトレイを持ってゆかが戻ってきた。膝を付き、わたしたちそれぞれの前にケーキの皿を置き、ティーコジーをかぶせたティーポットと、カップとソーサー、ミルクピッチャーと個包装のグラニュー糖を並べる。
並べ終えると顔を上げて、客人の方を見た。
あまり深く関わらず、又聞きでしか玲さんを知らないわたしの中には「なんとなく暗く大人しいと思っていたら、人を惑わせ振り回す子」という印象しかなかったので、少なからずショックだった。そして、話していく中で「わたしたちは治療者以上になれなかった」「わたしたちの家は玲さんの居場所にはなり得なかった」と吐露したことにも衝撃を受けた。
玲さんは、生まれ育った家庭の中でも迎えられた新しい家でも、自分の存在に拠って言語化されない緊張が生じている環境でずっと所在ない落ち着かない気持ちのまま過ごしていたことになる。ずっと孤独だったのだ。
やがて他の人間を引き込んで自分の代わりに置き、自分は独り離れて暮らすことを選んだ。それ自体かなり無理をしてのことであることも、逸脱行動が悪化することも想定内だったという。故に、家を離れてからずっと監視をつけていて、直人さんと契約する前の段階から全て知っていたと。
夜の盛り場を渡り歩いていたことも、学校内外問わず幾人もの男と関係を持っていたことも、危険な目に遭いそれを記録したものが流れてしまったこともすべて知っていた。
「想定内だったとはいえ、何故止めなかったんですか」
「端から見たら止めなかったといえば、そうでしょうね」
しかし、記録物の回収にあたって裏に手を回したその段階で直人さんに行き当たった。直人さんは玲さんと契約し、ある種の信頼関係を築き上げていた。記録物のマスターも直人さんが握って、流出先を根気よく潰しにかかっていた。止める理由はそこでなくなったのだという。
「学校に行けば自分の学びたいことに打ち込めて、そこを離れれば甘えられる先輩がいて、直人さんとの関係の中で自罰感情が満たされる。生家に居た頃やわたしたちと居たときのような緊張も、独りで暮らす中には生じない。その時点ではそれがベストプラクティスだったの」
だからって、自分の子がヤクザ者と付き合っていて、爛れた関係にあることを知っていて、咎めないことがなんとなく理解できない。わたしには実の子はいないが、仮にゆかがホストにでも入れあげたりしたら冷静さを失うと思う。
そもそも、文鷹が直人さんの代わりに親が収監された関係でうちに住むようになってからは極力親代わりになろうとしたし、真っ当な道に進んでほしくて学校にも行かせたし、卒業後自分の会社で仕事だってさせていた。それを辞めて直人さんの下に付くと言い出した時にだって随分言い合いになったのだ。
「でも、アキくんには、自分で居場所を見つける必要があったの」
「それは、見つかったんですか」
思わず、間を置かず食い気味に言い返してしまった。
でも、彼女は構わず「見つかるんじゃないかな」と答え、嫣然と微笑んだ。
玲さんの母親が殺された後、部屋に残されていた玲さんを救助した警官のご子息が現在玲さんに懐いているという。
「アキくんは年上の人とか思うままに甘えられる存在を求めてきたけれど、本当に必要なのは自分を求めて甘えてくる存在なんじゃないかなと思ってて…学校でも周りの意見に従ったり、誰かのために見返りを求めず働くことを選んでいくほどに物事がいいように進んでる気がするし、自分から追い求めたり自分で選び取るより、ある程度流されてるほうがいいんじゃないかなって」
玲さんの心は、底のないコップのようなものだと言った。
そこに取り分けたケーキとティーセットを載せたトレイを持ってゆかが戻ってきた。膝を付き、わたしたちそれぞれの前にケーキの皿を置き、ティーコジーをかぶせたティーポットと、カップとソーサー、ミルクピッチャーと個包装のグラニュー糖を並べる。
並べ終えると顔を上げて、客人の方を見た。
0
あなたにおすすめの小説
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
【完結】 男達の性宴
蔵屋
BL
僕が通う高校の学校医望月先生に
今夜8時に来るよう、青山のホテルに
誘われた。
ホテルに来れば会場に案内すると
言われ、会場案内図を渡された。
高三最後の夏休み。家業を継ぐ僕を
早くも社会人扱いする両親。
僕は嬉しくて夕食後、バイクに乗り、
東京へ飛ばして行った。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる