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【2020/05 居場所】
《第4週 日曜日 午後》⑪
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玲さんの行動の根本にあるものは明確だという。それは自罰感情。
悠くんは生まれてすぐ生みの親に手放されたのも、育ての親に捨て置かれたのも、別に自分の所為だとは思っていない。当たり前だが。しかし、玲さんは違っていて、全て自分の所為だと思っているという。
初めての恋が道ならぬものであったことで、実の父親の戸惑いと母親の愛情との間で苦しんだことも、その最中に自分を巡って諍いになり両親を失ってしまったことも、その後監禁されて性的暴行を受けていたのも、その全てが自分の所為だと思っている。
「でも、そんな訳ないでしょう、どうして」
「そうなの、本当にそうなんだけど、でも、玲さんの中ではそうなの」
自罰感情が齎すものとして、「再体験化」という現象があるという。
一般的にはフラッシュバックと言われるものだが、そこでイメージされるのは玲さんも頻繁に起こしていた夜驚症のような症状だ。しかし実際はそれだけではない。自分に害を与えた環境や加害した相手とせっかく離れても、それと近いものを探し求め、体験した出来事を再体験するように次々と問題に巻き込まれていってしまう現象も含まれる。
ある種の依存症であり、その根底になっているものこそが、自罰感情なのだと。
「それを治してあげるのがわたしたちの仕事だったのに、わたしたちは逃げたの。怖かった、もう一度記憶に介入して、またアキくんがどうにかなってしまったら、此処までの頑張りが無になるようなことになったらと思うと…だったら別に病んでたって、生きててさえくれたらいいって…」
わたしは一人がけのソファから立ち、三人がけのソファに移る。泣き出した彼女の傍らに座り、そっと抱きしめた。
性的に扱われ暴行を受けるようなことに自ら近づき、そのような行為を受ける契約をあっさりと承諾した理由も、自分で手指や口唇を傷つけたりしていた理由も、繰り返し整形手術を受けていた理由も、すべてそこにあったのだと腑に落ちた。
でも、玲さんはこの家に顔を出すようになる頃には心理学を専攻し、自分の身に起きたことと改めて向き合い、それに拠って齎された自分の心身の異常やその変遷を解析することを選んでいた。この時点で既に自分自身で過去と向き合い、自分自身を治療することに決めてしまっていたのではないか。だからこその医学部進学だったのではないか。
「あのね、これはわたしの勝手な想像なんだけど、玲さんは自分のことでこれ以上あなた方を悩ませたくなかったんじゃないかと思う。勿論、陰でやっていたことで結局はあなた方を困らせてはいたのだけど、過去のことで受けたダメージについては自分自身でなんとかしようとしたんじゃないかって」
「でも、そう思うに至ったのは、わたしたちの所為で」
「落ち着いて、あなたたち互いに自分が自分がって思いすぎよ。誰が悪いってことじゃないことなんていっぱいあるじゃない。強いて言うなら悪いのは玲さんの親御さんを殺して玲さんのことを暴行した女だけ。違う?」
そのとき、ぱっと部屋の中が明るくなった。仏壇横で照明のリモコンを持って、ゆかが立っていた。
「だいぶ日が傾いてきましたから、電気点けますね。薄暗いところにいるといろいろ考えてしまいますし。黄昏時って言いますから」
そう言うと、リモコンを再び壁のクレードルに戻し、仏壇の中に「おやすみなさい」と小さく呼びかけてから供物を下ろしてその扉を閉じた。家事をしながら遠巻きにわたしたちの会話を聞き、様子を伺っていたのだろう。
「まだ早いとは思うんですが、お夕飯いつ頃にされますか?そろそろお飲み物もご準備しますがご希望があれば」
わたしは、せっかくお正月みたいな和のご馳走だからスパークリングの日本酒がいいとリクエストした。
悠くんは生まれてすぐ生みの親に手放されたのも、育ての親に捨て置かれたのも、別に自分の所為だとは思っていない。当たり前だが。しかし、玲さんは違っていて、全て自分の所為だと思っているという。
初めての恋が道ならぬものであったことで、実の父親の戸惑いと母親の愛情との間で苦しんだことも、その最中に自分を巡って諍いになり両親を失ってしまったことも、その後監禁されて性的暴行を受けていたのも、その全てが自分の所為だと思っている。
「でも、そんな訳ないでしょう、どうして」
「そうなの、本当にそうなんだけど、でも、玲さんの中ではそうなの」
自罰感情が齎すものとして、「再体験化」という現象があるという。
一般的にはフラッシュバックと言われるものだが、そこでイメージされるのは玲さんも頻繁に起こしていた夜驚症のような症状だ。しかし実際はそれだけではない。自分に害を与えた環境や加害した相手とせっかく離れても、それと近いものを探し求め、体験した出来事を再体験するように次々と問題に巻き込まれていってしまう現象も含まれる。
ある種の依存症であり、その根底になっているものこそが、自罰感情なのだと。
「それを治してあげるのがわたしたちの仕事だったのに、わたしたちは逃げたの。怖かった、もう一度記憶に介入して、またアキくんがどうにかなってしまったら、此処までの頑張りが無になるようなことになったらと思うと…だったら別に病んでたって、生きててさえくれたらいいって…」
わたしは一人がけのソファから立ち、三人がけのソファに移る。泣き出した彼女の傍らに座り、そっと抱きしめた。
性的に扱われ暴行を受けるようなことに自ら近づき、そのような行為を受ける契約をあっさりと承諾した理由も、自分で手指や口唇を傷つけたりしていた理由も、繰り返し整形手術を受けていた理由も、すべてそこにあったのだと腑に落ちた。
でも、玲さんはこの家に顔を出すようになる頃には心理学を専攻し、自分の身に起きたことと改めて向き合い、それに拠って齎された自分の心身の異常やその変遷を解析することを選んでいた。この時点で既に自分自身で過去と向き合い、自分自身を治療することに決めてしまっていたのではないか。だからこその医学部進学だったのではないか。
「あのね、これはわたしの勝手な想像なんだけど、玲さんは自分のことでこれ以上あなた方を悩ませたくなかったんじゃないかと思う。勿論、陰でやっていたことで結局はあなた方を困らせてはいたのだけど、過去のことで受けたダメージについては自分自身でなんとかしようとしたんじゃないかって」
「でも、そう思うに至ったのは、わたしたちの所為で」
「落ち着いて、あなたたち互いに自分が自分がって思いすぎよ。誰が悪いってことじゃないことなんていっぱいあるじゃない。強いて言うなら悪いのは玲さんの親御さんを殺して玲さんのことを暴行した女だけ。違う?」
そのとき、ぱっと部屋の中が明るくなった。仏壇横で照明のリモコンを持って、ゆかが立っていた。
「だいぶ日が傾いてきましたから、電気点けますね。薄暗いところにいるといろいろ考えてしまいますし。黄昏時って言いますから」
そう言うと、リモコンを再び壁のクレードルに戻し、仏壇の中に「おやすみなさい」と小さく呼びかけてから供物を下ろしてその扉を閉じた。家事をしながら遠巻きにわたしたちの会話を聞き、様子を伺っていたのだろう。
「まだ早いとは思うんですが、お夕飯いつ頃にされますか?そろそろお飲み物もご準備しますがご希望があれば」
わたしは、せっかくお正月みたいな和のご馳走だからスパークリングの日本酒がいいとリクエストした。
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