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第25章 対決‼︎ 元祖ゴーレム研究会

第222話

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「負けた………か……… 」

 そう呟くと、レンドルはフゥーっと、大きく息を吐いた。ふと気がつけば、相当に緊張していたのだろう。固く握り締めた拳は汗でグッショリと濡れ、指先は冷たくなってしまっていた。

 目の前で行われた大迫力の戦いに、競技場内は拍手喝采と大歓声に湧き返っていた。そのほとんどはやはりセイリアや「第二ゴーレム研究会」を称えたものであったが、ふとレンドルの耳に届いた声があった。

「セイリア様凄えぇっ‼︎ けど、レンドル三回生もよく頑張ったぞぉーーーっ‼︎ 」

「また頑張れよーーーーっ‼︎ 」


「………っ⁉︎ 」

 聞き間違えではない、今のは確かに自分への健闘を讃える声。その声に驚いて観客席へと目をやれば、明らかに自分の方を向いて声を上げている者がちらほらと見えた。

 視線を手元に戻し、ゆっくりと手を開きながらレンドルは思う。敗北したのは残念ではあるが、力の限りを尽くしたのだ、そこに悔いは微塵も感じていなかった。しかし、敗北をしたことで、自分はオーヘィンから不評を買ったのは間違いないだろう。

(「よし……!」)

 だが………、を決意し、再び顔を上げたレンドルの瞳に迷いは無い。レンドルの心の中は、何故かこれまでに感じた事の無いほどスッキリと晴れ渡っていた。まるで先程セイリアが巻き起こした風に、心の中にわだかまったを、全て吹き飛ばされてしまったかのようだった……。


 しかしその一方で、胸中穏やかならぬ者が居た。誰あろうと問わずともわかるだろう。オーヘィンである。

「ーーー 何たる!何たる失態だっ‼︎ しかも事もあろうに父上の前でっ‼︎ クソッ!クソッ!忌々しいゼルドめ!王族共めぇ!クソォォォォォォォッ‼︎‼︎ 」

 自分達に与えられた陣地で、置かれたベンチや茶器など、周囲の物へと手当たり次第に当たり散らすオーヘィン。

 それも無理からぬことだろう。先鋒、次鋒、中堅とこれで三連敗。これで大将であるオーヘィンの勝敗を待たずして、「ゴーレム研究会」の敗北が決定してしまったのだから。

 周りに居る青い顔をした取り巻きやメイド達に御構い無しに暴れ続けるオーヘィン。彼は今、非常に追い詰められていた。何しろこのままではセイリアを手に入れられないどころか、会場に並み居る「回帰主義派」の貴族達の前で、よりにもよってその首魁であるボージャック公爵家の嫡男である自分が『「回帰主義派」の主張は間違いだ』と宣言せねばならないのだ。

 大衆の前でジオン達王族に恥をかかせてやろうとして提案した事であったが、あの時はまだ自分達が負けるなどとは微塵も思っていなかった。それは天に向かって吐いた唾が自分の顔にかかっただけ、というまったく以って"自業自得"の結果であったが、プライドの高いオーヘィンには到底認めることなど出来るはずもなく、癇癪を起こして周りに当たり散らすことしか出来なかった。

「お、お赦し下さいオーヘィン様…!」
「何卒!何卒…‼︎ 」

「黙れっ‼︎ 貴様等、揃いも揃ってあのようなのゴーレムに遅れを取りおって‼︎ お陰で私は!私はああああああああっ‼︎ 」

 怒り狂うオーヘィンに、コモーノとヤーネンが真っ青になりながらも額を地に擦り付けて謝罪をするが、一向に怒りは治まらないどころか火に油を注ぐだけ。
(「何か、何かいい方法は無いのか⁉︎ このままでは!このままではぁぁぁぁぁっ‼︎ 」)

 目を血走らせてガリガリと髪を掻き毟り、イライラと親指の爪を噛むその姿には、いつもの貴公子然とした気取った様子はまるで感じられない。
 そんなオーヘィンの背後から、語りかける者が居た。

「ようオーヘィン、随分と荒れてるなぁ?」

「………⁉︎ ゼルド!…王子…。何ですか、私を嘲笑いに来たのですか…っ‼︎ 」

 声の主はゼルドであった。激昂したまま、思わず呼び捨てしかけたオーヘィンであったが、慌てて"王子"と付け加えたところをみると、まだギリギリ理性は保っていたようだが、それでも食ってかかるのは止められなかったようだ。
 しかし、そんなオーヘィンの態度などまるで気にする様子も無く、不敵な表情でゼルドは言葉を続けた。

「まあ落ち着けよオーヘィン。俺はお互いにとって"良い提案"を持って来たんだ 」
「"良い提案…?」
「ああ。お前等、はっきり言って俺達を舐めてたろう?それで負けが決まるのは不本意じゃないかと思ってな?そこでどうだ、次の副将戦の結果がどうあれ、そこまでは"エキシビションマッチ"って事にして、最後、は、大将同士の『一騎討ち』で決めるってのはどうだ?」
「………っ⁉︎ 」

 ゼルドからのまさかの提案に、オーヘィンは驚きを隠せない。それが本当なら、願っても無い正に"起死回生"のチャンスだ。だが、勝利の確定したこのタイミングで何故?という訝しむ思いと、沸々と沸き上がるがオーヘィンの心を苛み、オーヘィンは素直に頷けない。

「この私に情けをかけるというのですか…っ!」

 屈辱感からかとうとう体裁を取り繕う事も忘れ、その視線を強くしてゼルドを睨みつけるオーヘィン。しかし、その視線にもまったく表情を変えることなく更にゼルドは挑戦的な笑みを浮かべて言い放った。

「情け?違うな、まったくその逆だ。ここで終わってもらっては俺達がだよ 」
「ぐ…っ⁉︎ ………分かりました、いいでしょう。その提案、呑ませて頂きます。あなたと私の一騎討ちで決着を………!」
「おーーっと、悪いな。俺は副将でな?俺達「第二ゴーレム研究会」の大将はクローレシアなんだ 」
「…なっ!この期に及んでまだ私を愚弄するのかっ⁉︎ いくら"奇跡のミスリルゴーレム"とはいえ、小型ゴーレムなどと勝負になる訳が………っ‼︎ 」
「はン!お前の目は節穴か?ここまでの試合、何を見ていたんだ?俺達の作り上げたゴーレムが、【ルクスヴィータ】が、ただ?まだ見縊っているなら、愚かなのはお前の方だぞオーヘィン?」

 オーヘィンの抗議を、話しの途中でぶった切るゼルド。激昂しかかっていたオーヘィンも、ゼルドの言葉には不本意ながらも納得すべき部分があって押し黙る。確かに「第二ゴーレム研究会」のゴーレムは、紛い物ながらも圧倒的な火力、そして運動性能と、物ばかりだった。

「………なるほど。分かりました、確かにその通りでしたね。ですが!そちらこそあまり私を見縊らない事です。その"勝ち誇った余裕の笑み"を、この私が!あなた方の紛い物のゴーレムを、我等が"正統"のゴーレムで叩き潰す事で引き剥がして差し上げますよっ‼︎ 」
「ククッ!"余裕の笑み"ねぇ?違うな、だ。絶対に負けは無い、というな。まあ、お互いに、全力で闘おうぜ。じゃあな 」

 ニヤッと獰猛な笑顔を浮かべてから踵を返し、ヒラヒラと手を振りながら去っていくゼルド。その大きな背中を忌々しげに見詰めながら、ギリッ!っと砕けそうなほどに奥歯を噛み締めたオーヘィンは背後に控える取り巻きのひとりに声をかける。

「ヤーハーリっ!奴を‼︎ 試合中の事故は不問だとイラヤも認めている。いいな、負けることは絶対に許さん。お前の手で、確実に奴を殺せっ‼︎ 」
「御意に御座いますオーヘィン様。このヤーハーリ、必ずや"汚れた簒奪者"を打ち倒し、オーヘィン様に勝利を捧げてご覧に入れましょう 」

 恭しく頭を下げてから、ヤーハーリと呼ばれた青年はゲートへと歩き出す。

(「見ていろゼルド、そして王族共よ! この俺を虚仮にした報い、その命で償わせてやるぞっ‼︎ 」)

 それは王族に対しての明らかな叛意であったが、もはやオーヘィンは気にしない。暗い怨嗟の焔を目に灯しながら、ニタリと狂気に塗れた笑みを口元に浮かべるのだった。

 

 
『さあっ!まったく予想外の展開となって参りましたこの"競技会"!下馬評を覆しての「第二ゴーレム研究会」の快進撃‼︎ 本来ならば、既に三勝をもぎ取った「第二ゴーレム研究会」の勝利が決まってしまった訳ですが、先程その「第二ゴーレム研究会」よりルールの改定の申し出がありました!それは『本来副将戦であった四回戦までは勝敗不問の"エキシビションマッチ"とし、大将同士の一騎討ちにて雌雄を決する』というものでした!既に双方は合意をしており、イラヤ学院長もこれを了承されました!……と、いう訳で、まだまだ熱い戦いバトルが観れますよ、皆さぁ~~~~~~~~~~~~んっ‼︎ 』


 ーーー ワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ‼︎‼︎ ーーー


 ゼルド達が三勝した事で、これでもう終わりかと思っていた観客達は、アナウンサーからの放送に再び沸き返った。
 この世界では、基本的にまだまだ娯楽が少ない。当初は自分達庶民を見下す「回帰主義派」をゼルド達がやり込めるところを見たくて集まった観客達であったが、目の前で行われた大迫力の戦いに、すっかり魅了されていたのだ。

 余談だが、この様子を録画で観た某サイボーグが、これまたどこぞの"婆さん"に相談し、冒険者ギルド主導で完全ルール化された各種格闘試合を開催して大好評を納める事になる。そしてそれ等は時を経てプロの格闘技団体や、ゴーレムを使った競技など、様々な大会やショービジネスに発展していくのだが、それはまたである。

『と、言う訳で!それでは第四回戦、副将戦です‼︎ まずは東ゲート、「ゴーレム研究会」からは「ヤーハーリ・コアクト」五回生の入場です‼︎ 』

 先程までよりも、数段重々しい地響きと共に、ヤーハーリのゴーレムがゲートを潜ってフィールドに現れると、おぉ…!と観客席からも感嘆の声が聞こえてくる。

『こ~れは素晴らしいっ‼︎ その巨大さもさる事ながら、これはまるで‼︎ 五回生トップの実力者ヤーハーリ、その実力は本物だぁ~~~~っ‼︎ 』

 ゴーレム術者の実力を見分ける方法のひとつは、操るゴーレムのそのにある。その大きさは魔力量を、そしてその出来は術の練度具合を表すからだ。ヤーハーリのゴーレムは、一言で言えば"美しかった"。
 戦神を象ったそのゴーレムの表面は磨き抜かれたように滑らかで、逞しいその腕の筋肉はまるで本物のように躍動感に満ちていた。本当に神殿内に飾られている彫像が動き出したと言っても誰もが信じてしまいそうな程、神々しさに満ち溢れたゴーレムだった。
 十メートルを超えるゴーレムでありながら、その出来映えだけでもヤーハーリのゴーレム術者としての高い技量が伺える。

『さて、対する西ゲート、「第二ゴーレム研究会」の副将は、グランベルク王立高等魔術学院、統制会会長も務めるゼルド四回生‼︎ 今度はいったいどんな新型ゴーレムで登場するのかぁぁぁぁぁっ‼︎ 』

 アナウンサーの紹介を受けて、観客の注目が西ゲートへと一斉に集まるが、そこに現れたのは腕だけが地面に着くほど長い、ズングリとした体型をした、五メートル程の小型ゴーレムだった。

「お、おい、アレか?ゼルド様のゴーレムなのか………?」
「なんか、あんな感じの猿の魔獣がいなかったか?」

 歓声がざわざわとしたどよめきへと変わっていく。最初に登場したメイガネーノ達の時のような驚きは無く、セイリアが登場した時のような派手さも無い。表面の様子を見れば確かに金属で出来ているようだが、先に登場したヤーハーリのゴーレムが壮麗な美術品のようであっただけに、余計に観客の目には地味に映ってしまったようだ。

 そんな微妙な空気が漂う会場の中を、ゆっくりと、いっそ余裕さえ感じさせる足取りで現れたゴーレムは進んでいく。開始線まで辿り着くと、ゴーレムの胸の辺りがバシュンッ!と音を立てて開けば、その中には間違いなくゼルドの姿。

「ゼルド様、まさかとは思いますが、それで私と戦われるおつもりか?」
「勿論だ。紹介しよう、このゴーレムの名は【コング】!〈魔道具式新型ゴーレム強化外殻〉の、試作実験機第一号だ。俺達「第二ゴーレム研究会」の歴史は、全てコイツから始まったと言っていい傑作機だぜ 」

 と、得意げに語るゼルドだったが、そんなゼルドに向かって、ヤーハーリは不機嫌極まりないといった声音でゼルドに問いかけた。

「それは重畳、素晴らしい事で大変結構ですね。ですがゼルド王子、その【コング】とやらで私のゴーレムの相手をするには、些か荷が勝ちすぎると思うのですがね?」
「はっはっはっ!まったく問題無えな‼︎ むしろぐらいだぜ?」

 ヤーハーリの嫌味にもまったく動じること無く、返ってニヤリと不敵に笑い、挑発して返すゼルド。

「~~~~っ⁉︎ いぃ、いいでしょう!その厭らしい笑いごと、分からせてあげましょう…‼︎ 」
「クククッ!実力…ねぇ? なら俺も宣言してやろう!」

 そう言ってゼルドは【コング】の指を一本だけ立てて、天を指すように右腕を高々と差し上げた。

「……何の真似ですかそれは?まさかとは思いますが、この勝負、一分でカタをつけるとでも?」
「バ~~カ!"一分"じゃねえよ。。この勝負、俺からの攻撃は一回だけ。それで充分だ 」
「ぐ…っ⁉︎ ぐぐ…っ‼︎ くはぁっ!どこまで我等を愚弄すれば………っ⁉︎ もはや言葉は不要、その根拠の無い自信ごと、粉々に粉砕して差し上げますよっ‼︎ 」


『これはっ⁉︎ ゼルド四回生からとんでもない"勝利宣言"が飛び出しましたぁっ‼︎ 何とゼルド四回生、ヤーハーリ五回生のゴーレムに対して攻撃は一回のみ、一太刀で勝負を決めると言い切ったぁぁぁぁぁっ‼︎ これは自信か?大言壮語か⁉︎ イラヤ学院長はどうご覧になりますかっ?』
『そうですね、ヤーハーリ五回生の実力の高さは、美術品のようなゴーレムを見ても分かる通り非常に高いものです。生半可な事では到底勝利など望めないでしょう。ですが、「第二ゴーレム研究会」のゴーレムは、搭乗者のゼルド四回生の戦闘技術をそのまま活かせるゴーレムであると聞きました。それが本当ならば、充分良い勝負になるのではないでしょうか?』
『〈学院十傑〉のひとりでもあるゼルド統制会長の戦闘技術をそのままですか⁉︎ それは凄いですね!どんな試合になるのか私も非常に楽しみになってきました!……それでは、その辺りに期待しながら、試合を始めましょう!双方宜しいですね!それでは………始めぇぇぇぇっ‼︎ 』

 

(「この私を侮った罪!あの世で後悔するがいいぃ……っ‼︎ 」)

「行けっ‼︎ 愚か者を粉砕するのだっ‼︎ 」

 アナウンサーの開始の合図と同時に猛然と駆け出したヤーハーリのゴーレムは、【コング】に向けて巨大なポールアクスを叩き付けた ーーーー ‼︎ 






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