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第27章 幼い皇女と帝国に立ち込める暗雲

第248話

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「今回のエリアシュード様暗殺を計画したのは、恐らく帝国内部。それも、三王家のひとつ「アイルーグラウド王家」よ」

 意を決したアリーシャの口から語られたのは、とびっきりの爆弾発言だった…!

 な~んて、まあだいた予想はしていたけどもな?

「ヒロトさん、あまり驚いてはいないのね?もしかしてもうだった?」
「いや、たぶんそんなところだろう、っていう予想の範疇だっただけさ。現女皇帝暗殺というなら他国の関与も考えられるが、あくまで次期候補の暗殺事件だ。と、なれば、自ずと黒幕は絞れて来る。まあ、とは言っても俺は帝国のトップが女皇帝である事も、三王家がある事も今日初めて知ったぐらいだから、さすがに謀った相手の正体までは分からなかったけどな 」

 次代の女皇帝と目されるエリアシュード皇女の暗殺未遂事件。他の継承候補を有する勢力が次代の権勢を得るために、継承権第一位であるエリアスちゃんの抹殺を図ったというのは、ある意味テンプレ過ぎる理由だろう。

 これだけ巨大な国家になれば、そのトップである「女皇帝」が持つ権力は絶大なモノがある。だが、このエイングラウド帝国は代々女皇帝が継承するという仕来たりがある為、男である王が権力を握る為には、一発逆転狙いでクーデターなど実力行使に訴えるしかない訳だが、聞けば三王家共にその規模や勢力、軍事力に殆んどの差はなく、たとえもしその内の一王家が政権奪取を目論み、本当に武力蜂起をしたとしても、残るニ王家相手では、さすがに実現は不可能との事。
 
 ならば、長期的な陰謀として次期女皇帝の座を巡っての御家騒動などよくある話~とも思われるが、しかし、女皇帝の継承権に関しても優先度がある訳でもなく完全なる均等。現状三王家の内のどこかが強権を望まなければならなくなるような経済的に貧窮していたりとか、国家間に優劣などの格差がある訳でもなく、お互いに埋めようすもないほどの何か確執がある訳でも無い。どころか、現状、三王家はお互いに帝国を支え合い、互いの仲は良好でさえあるぐらいだという。

 それならば何故………?

「う~~ん?話で聞く限り、無理に権力を欲して波風を立てる状況でも、推論とはいえ黒幕だと判断出来る状況とも思えないんだが?」
「そうね。ヒロトさんも知っての通り、私もこちらに来てまだ一年経ってないから詳しくはよく知らないんだけど、状況が変化したのは一年と数ヶ月ほど前。アイルーグラウド国王陛下が原因不明の不治の病に倒れた辺りかららしいわ 」

 …ん?今、引っかかる部分があったぞ?

「アリーシャ、"前"って事は…?」
「ええ、その時の病気が元で程なくして崩御されたそうよ。それで、ここからが本題。生前、病床にあった前国王が、自分にはと、突然言い出したらしいの 」

 アリーシャの話では、その子は以前に前国王が国内の視察に地方へと出向いた時に、その先で見初めた平民の娘が産んだ、所謂庶子というヤツらしい。
 
 で、王様が言うには金を渡すなどして生活の面倒は見ていたものの、取り敢えず今までは公にする気は無かったらしいのだが、ーー「自身の死が免れないものと悟った時、それがどれ程罪深いことであったのかに気が付いた。だから、父でありながら今まで放っておいたせめてもの罪滅ぼしに、この事を明かし、きちんと王族として迎え入れたい」ーーと。

「そりゃまた、遺産絡みの殺人事件が発生するサスペンスドラマばりのトンデモ爆弾発言だ。周りはさぞかし吃驚しただろうな 」
「ええ、実際、王宮は上へ下への大騒ぎだったらしいわ 」
「ん~、でもまあ、地球でだって権力者の愛人問題や隠し子なんてゴシップはよくある話だし、況してやここは封建社会バリバリのイオニディアだぞ?"王侯貴族に隠し子がいた"なんて、そんなに珍しい話じゃないような気もするんだが?」

 洋の東西を問わず、今では常識である一夫一妻という制度は、モラルや経済的な面もそうだろうが、その多くは姦淫を戒める宗教的な意味合いからの影響が強いだろう。現に、キリスト教や仏教の影響が最も遅かったアフリカ大陸では、多くの地域で一夫多妻の風習がずっと残っていた。
 例外として、後宮や大奥など、確実な後継者を求められる権力者階級は正室の他に多数の側室がいて当たり前だったし、物語として有名な『千夜一夜物語』に登場するアッバース朝のハーレムなんて、半端伝説として語られている。極めつけは古代中国の武帝の後宮には一万人⁉︎の女性が居たという桁違いの後宮の記録もある。
 ちなみに、今では皆んながよく知る言葉となったこの「ハーレム」も、元々はイスラム世界では家族の男性以外、女性や子供の居室に立ち入る事が出来ない決まりがあり、そういった場所、"禁じられた場所"を指すトルコ語の「ハレム」が、やがてイスラム王朝の後宮を意味するようになったらしいぞ?

 まあ、一万人の全てが側室だった訳ではなくて、約七割ほどはお世話をする侍女達の数が殆んどだったんだろうが、それだとしても三千人……。"ハーレムは男の夢"とは言うが、俺には無理だなぁ……。

『そうですか?私、マスターなら大丈夫だと思いますよ?』
『いやいやアイちゃん⁉︎ 無理無理、絶対無理!全員相手にしようとしたら、日替わりでも約八年かかるんだよっ?絶対会ったこと無い人の方が多いって!』
『一晩二人なら四年、十人なら一年でイケますよ?某神話の最高神の生まれ変わりの英雄さんは、一万七千人の奥さんを全員相手して満足させたと言いますし?』
『それはアレだろ?日がな一日ヤリまくってた。ってヤツだろ?それこそ絶対無理じゃん⁉︎ 』

 冗談みたいだがマジである。興味のある人は一読してみるといいが、登場人物(神?)全員がブッ飛びまくりの正に神話だから。

『え~~?マスターならそのうちに出来ちゃいそうな気がするんですけど?』
『無い無い!俺を何だと思ってんのさアイちゃん……!だいたい、俺は最初はアイひとりだけのつもりだったんだぞ?まあ、今ではセイリアも大事だし、ソニアも受け入れるつもりだけどさ…。だけじゃなくて、ちゃんととして満足させてあげられるか?とか、結構不安なんだぞっ?』
『……ポッ。それは…、ありがとうございます…… 』

 モニターの端で、頬を染めて照れ照れのアイちゃん。可愛いが…、アイちゃんは俺のことをいったい何だと思ってるのか、一度じっくり話し合う必要があるようだな………⁉︎


 ……話が逸れたな。俺がどうとかは置いておいて、つまり、何が言いたいのかと言えば、王様に隠し子がいたとしても、そんなに驚くような話じゃないし、むしろ当たり前?な話だろうということだ。後宮で働く女官や侍女は、王様が手を出す事を前提で見目良い娘を選んでいた、なんて話もあるしな。

「「父親がいないという不遇な生まれの女の子の元に、ある日突然お城からお迎えが来ました。何と女の子はお姫様だったのです!メデタシ、メデタシ」で終わる話なんじゃないのか?」
「そうね、普通の国ならばそれで済んだ話なんでしょうけど………。あのねヒロトさん、ここは?」
「ん?そりゃどういう………って、あっ‼︎ 女皇帝の継承権問題か…っ⁉︎ 」
「そう、それまで今代のアイルーグラウド王国には王女はいなかったの。それが前国王の突然のカミングアウトのせいで、いきなり皇位継承権が発生してしまったのよ」
「…なるほど、そりゃあ大騒ぎにもなるわ 」

 三王家はエイングラウド王国がその源とはいえ、立場としてはすべてが等しく平等、という事になっているらしいが、何らかの問題解決や決めごとがある際には、やはり女皇帝を輩出した王家が最もイニシアチブというか、発言権があるという暗黙の了解が三王家の間にあるそうな。

「継承権第一位であるエリアス様の年齢は十一歳、そして新たにアイルーグラウド王家に迎えられた王女の年齢は…十歳よ 」
「おいおい……、いきなり継承権第二位じゃねーか。正にシンデレラストーリーだな。けど、それだけで黒幕認定するのは些か乱暴じゃないか? 」

 確かに怪しいのは認める。何も知らないであろう平民上がりの姫を傀儡に、帝国の実権を握ろう!なんて、馬鹿な考えを持つ貴族とか出てきそうなシチュエーションではあるからな。
 
「そうね……。でも、証拠は無いけれど、一応、根拠はあるのよ。第一に、私が護衛になるきっかけになったエリアス様の襲撃事件の後、その黒幕を探る為に各地に散った密偵の内、アイルーグラウド王国に向かった者達だけがひとりも帰って来なかった。それだけじゃなくて、……のよ 」
「おかしい?何が?」
「うん、これは私じゃなくて、女皇帝陛下が仰ってたんだけど……、何だか評判が良すぎるのよ。誰に聞いても歓迎の言葉ばかりで、嫌っている人なんてひとりもいないみたいに」

 ん?評判が良すぎる?それは別にいい事なんじゃないのか?そんな風に思って首を傾げる俺の様子に、アリーシャは言葉を続ける。

「あのね、普通に考えて、突然現れたの子供なのよ?私の時でさえ、平民風情が上手く王族に取り入りやがって…って、嫌味を言う奴は何人もいたのよ?それがいきなり王族なった、それも平民出身の子供に対して、貴族という連中がそんなに…って 」
「ああ…、なるほど………!」

 一般の庶民と貴族という人種の間には、隔絶した意識の違いがある。悪く言ってしまえば"自分達は選ばれた高貴な人間だ"という選民思想だ。そういった連中の中には、貴族でなければ人間ではない、とすら本気で思っている者もいるくらいだ。あの先進的なロードベルクに於いてすらそういう者達は一定数存在した。なら、ロードベルク王国よりも歴史が古く、もっと封建的な帝国ではそれ以上に存在するだろう。
 それに…だ、貴族という連中は変化を好まない。既得権益というものが関係してくるからだ。"派閥"というものは権力者の数だけ出来る。今から利権に群がろうとする者ならともかく、今現在、既に利権を手にしている者ほど、新しい王族の登場を疎ましく思って当然のはずなのだ。なのに、嫌う者がひとりもいなく、誰もが歓迎の言葉を口にする……。それは確かにおかしいな………?

「それから第二の理由なんだけれど………、これはついさっき、ヒロトさんから「獣王闘国」での一件を聞いた事で、疑惑は確信に変わったわ。そしてこの"確信"は、きっと 」

 俺とアリーシャにしか分からない? いったいどういう事だ?

「新しくアイルーグラウド王国に迎えられた王女の名前はね、『アランシォーネ・ドゥーエ』。どう、ヒロトさん?私が言う通り、私達にしか、この名前のは分からないでしょう?」
「………っ‼︎ 」

 アリーシャの言った答えに、思わず絶句してしまう。この名前、そして"意味"。これは確かに俺達にしか分からないだろう。

「"arancione・due"…… 」
「そう、イタリア語で「橙色オレンジ色」と、「 2 」を表す言葉。さっきヒロトさんから聞いた"rossouno1"、そして"verde"。こんなって、あり得るのかしらね?」
「偶然にしちゃ出来過ぎだな… 」

 地球に存在する言語でも、発音のせいでまったく意味は違っても、別言語の単語として読めてしまうものがある。有名なところで、誰でも地図を見て吹き出してしまった経験は一度はないかな?バヌアツ共和国にあるの珍名のようなもんだ。

 ちなみに、俺達の前に転移してきた【女神の客人】達の影響で、味噌とか醤油などはそのまま日本語で呼ばれている。しかし、英語のような単語はあっても、これまでイタリア語の単語などは一度も聞いた事がないのだ。

「それにね、気付いてるヒロトさん?"赤が1"、"オレンジ色が2"。そして仲間には"緑"が居る。ここからって無い?」

 はて?赤、オレンジで1、2…。で、緑もある。赤、橙、緑………?

「………そうか、『虹』か…っ⁉︎ 」
「ええ、だとすると、非常に嬉しくないことに、ひとつの結論に辿り着くの。虹は七色、つまりあと四人の仲間が存在するという事よ… 」

 なるほどな……。だとすると、この虹の七色の名前を持つ連中が、謎の組織とやらの幹部クラスと考えていいだろうな。だが…… ?

「残念ながら、ヴェルデの奴が言っていたんだよ『我が主』ってな。四人のさらにその上に、世界をひっくり返そうなんてトチ狂った考えの奴が指導者にいるようなんだ 」

 一番の赤がリーダーって事はないだろう。実際あの時も戦闘の邪魔だ!ってんで、ヴェルデにポイって投げ捨てられてたからな。まさか主君と仰ぐ者を投げ捨てたりはしないだろう。

「と、なると、その"主"というのが私達と同じ転移者、【女神の客人】なのね?」
「ああ。とびっきり性格が悪くて、キザったらしい嫌味な奴のようだけどな?だが、転移じゃなくて"転生"の可能性もある。大輔の例もあるしな 」
「大輔…?」
「あ、そうか!知る訳無いよな。ほら、あの事件の時、俺の他にもうひとり居たのを憶えてないか?残念ながら、アイツはあの時命を落としてしまったんだが、魂は俺達と一緒に次元の壁を跳び越えてしまったらしくてな?何とこの世界で生まれ変わってたんだよ 」
「そう、良かった……。ねえ、ヒロトさん、私、その大輔さんにも会ってみたいわ。あなたと同じ、お礼が言いたいもの 」
「そのうち会えるさ。アイツにもアリーシャの事は言っておくよ。それより問題は、その"お姫様"……だな 」

 何処の世界にあっても、公共の敵テロリストという連中は勤勉なようだ。たまたま知り合った皇女様の暗殺を防いでみれば、また謎の組織の影を踏んでしまうとは。

 大輔の話に、ほんの少しだけ頬を緩めて微笑むアリーシャ。しかし、ただのよくある"御家騒動"だったはずが、思わぬ方向へと動き始めてしまった事態に、俺とアリーシャは内心やれやれと思いながらも、お互いに表情を引き締め直したのだった ーーーー 。



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 いつもお読み頂きありがとうございます!

 "arancione"は、本来なら"アランチョーネ"と発音するそうですが、名前的に可愛くない気がしたので"アランシォーネ"としました。





 



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