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第6章 蒼い疾風
第38話
しおりを挟む「まったく!姫様にも困ったものじゃ!! 」
「はっはっは!食事の時もそうでしたが、えらく浮かれておいでですなぁ? 」
デイジマのキサラギ家別邸の一角、既に夜も深まり、街の明かりも一部を除いてほとんどが消え、デイジマが一層深い闇に閉ざされ始めた時間だが、ホータンの私室の中で、酒盃を傾けながらレイナルドが愚痴をこぼす。
「笑い事では無いぞ、ホータン。あれでヒロト様がきちんと良識ある御方であったから良かったものの… 」
「そこはまあ、先代様の人を見る目が確かだったという事でしょうなぁ 」
「本当にな。八割方悪ふざけでいるような方だが、あれでそういった所は確かなのだから、可笑しなものじゃな 」
光量を落とし、ぼんやりとした照明用魔導具に照らされた部屋の中、初老に差し掛かったエルフが二人、差し向かいで酒盃を交わす。と、言っても外見的には二人共二十代そこそこにしか見えないのではあるが……。
「姫様の事はまあ、よい。して、件の痴れ者の事、手抜かりは無いな? 」
「そこは勿論。森を抜けて王都に向かうには、このデイジマで馬車が要り用になります故、あの様に慌てていれば、”何かあった”と自分で言っている様なもの。すぐ様ドビーを張り付かせておりますよ 」
くっくっくっと喉の奥で含み笑うホータン。昼間、セイリアと接していた時には絶対に見せなかった鋭い瞳に、剃刀の刃のような冷たい光が宿る。その口から洩れるのは、静かだが煮え滾るような”怒り”。
「貴族の馬鹿息子に関しては陛下にお任せする他ありませんが、他に関わった者も全て洗い出して、然るべき”報い”を与えてやりましょうぞ!! 」
「うむ。お主等【影疾】の働き、期待しておるぞ。我が『秀真』に手を出した事を存分に後悔させてやるのじゃ 」
「御意に御座います。それからですな………………… 」
宵闇の中、静まり返った屋敷の片隅で、【微笑む剣鬼】と【影疾】の密談はまだ後暫し続くのだった……。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「えっ!これが”馬”なのか!? 」
一夜明けたキサラギ家別邸の裏手にある厩の前で、つい驚きの声を上げてしまった。
昨夜、何とか酒場の誘惑を振り切った俺は、セイリア達と共にキサラギ家別邸に帰り着いた。
明日にはまた、当分の間セイリアは故郷である辺境を離れてしまうとあって、”姫様大好き”家臣一同はこれでもか!というほど手厚い御持てなしをしてくれた。
味もさる事ながら、目も楽しませる細かい所にまで手を加えられた飾り切りの盛り付けや、深い味わいの煮付け、焼き具合の絶妙な肉や魚など秀真の伝統料理がズラリと並び、更には外の世界を知った料理人達の創意工夫が加わって、酒場に行くのを我慢しただけはある素晴らしい夕食の数々だった。
また夕食の後には、これも大和出身の俺には嬉しい風呂が用意されていた。ヒノキによく似た香りの風呂にゆっくりと浸かると、全身義体の俺でも身体から疲れがスウッと抜けていくような気がしてくる。
風呂から上がれば、氷属性の魔晶石を使用した氷室でキンキンに冷やされた冷酒が用意されていて、これまた至れり尽くせりだった。
……ただ、そろそろ寝ようかと案内された寝室に行き戸を開けてみたら、大きめの布団に枕が二つ並べられていて、特別装備として夜着に着替え頬を赤らめながら、すっかり「覚悟完了!」な表情のセイリアが一人と、オプションとしてムードを演出するボンヤリとしたオレンジ色の間接照明がセットで付いていたのには本当に驚いた。
「すいません、間違えました 」
ーースッ、パタンーー
そのまま部屋の襖を閉める。すると、中から涙目のセイリアが飛び出してきた。
「どーして閉めちゃうんですかぁ!ヒロト様!? 」
「どうしてもこうしてもあるか。何やってんだ、セイリア。ここは俺用の寝室のはずだが? 」
すると、また真っ赤になったセイリアは、俯きながらモジモジとしだす。
「は、はい!ですから、その…もう婚約もした訳ですし……、わ、私はヒロト様に『全て捧げる』とも誓いましたし…、今日は今日でヒロト様も『俺の女』…って…。ですから、も、もういいかなぁって…、きゃっ!! し、失礼の無いように、お風呂で、か、か、体もしっかり洗って清めて参りました! 」
くねくね、モジモジとしながら、両手で真っ赤になった顔を押さえ、チラチラとこちらを期待した目で流し見てくるセイリア。
そりゃあね、俺だって男だし、セイリアみたいな綺麗な娘にこんな事を言われて嬉しくない筈が無い。だが、もういいかなぁって…って、俺達はまだ会ってから十日くらいだぞ!?……チョロイン過ぎないかセイリア?
「駄目だ。セイリアの気持ちは嬉しい。けど、学校だってまだ後二年はあるんだろう?エルフ族は子供が出来難い、とは聞いたけど、もし子供が出来ちゃったらどうするんだ?それこそ俺がキサラギの家の人達に申し訳が立たないぞ?………ねえ、レイナルドさん? 」
「その通りで御座いますな 」
「えっ!? レ、レイナルドっ!? 」
ついさっき、音も無く部屋に入ってきていた「THE 執事」レイナルドさんが腕組みをしてジト目でセイリアを見る。
「お部屋の方に居られませんでしたので、もしやと思って来てみれば…。いったい何をやっておられますか、武家の娘がはしたない!”爺”は情けのう御座いますぞ!! 」
「あうあうあうあうあう……… 」
あ~あ、お怒りの余り、「THE 執事」が家老どころか”爺”にまで戻っちゃってるよ……。
「失礼致し申した、ヒロト様。それでは我等はお暇致します故、ゆっくりとお休み下され。行きますぞ、姫様!今宵は今一度みっちりと!武家の子女たるや如何なるべきかをお教え致す。覚悟召されよっ!! 」
「ヒ、ヒロト様~~~~~~っ!? 」
あらら…、襟首を掴まれてレイナルドさんに連行されていくセイリア。達者でな~~~~!
『ドナドナド~ナ~ド~ナ~~♪……クスクスッ! 』
……ってな事が昨晩はあった訳だが……。どうやらアレ、セイリアだけで無くラーナちゃんとガールズトークで盛り上がった結果だったらしく、部屋のセッティングを手伝ったラーナちゃんも同罪、という事で二人揃ってレイナルドさんにお説教を喰らったようだ。
馬車の中でも眠れるから、とほぼ一晩中正座させられていたらしい。二人共目の下に隈が出来ていた。さすがサムライ、厳しいなぁ…レイナルドさん。御愁傷様。
まあ、そんなこんなで馬車の話題が出た為、この世界の「馬」が見たくなって厩に案内してもらったのだが…。
そこで俺が見たものは、立派な鬣に太い首、フサフサとした尻尾に逞しく太い…脚?ガッチリとした巨大な体躯は鎧のような甲殻に覆われ、鼻面からは巨大な角が二本、縦に並んで生えている。
『マスター、この子って「馬」じゃありませんよね?私のデータベースの中で最も近い動物を挙げるとしたら… 」
『ああ、俺もそう思うよ…。これは…この姿は【犀】だな…… 』
そう、この姿に最も近い動物を挙げるとしたら、間違いなく”犀”だ。それも二十二世紀末では既に絶滅してしまったが、俗称で「ヨロイサイ」と呼ばれた種類にそっくりだ。無論、そのままじゃない。ゴツゴツとした甲殻とか鬣とか、色々細部は違っているが、もし地球人に見せれば十人が十人とも”犀”と答えるだろう。
そんな動物が二匹(二頭?)、キャベツの様な野菜を一個丸ごとバリバリと豪快に咀嚼しながら食べていた。
「「馬」を御覧になるのは初めてですかい、旦那?デカいでやしょう?ですが、こう見えて頭も良くて、あっしらの言う事も良く聞く可愛い奴らなんですぜ、な?ライナ、サイノ 」
デイジマを出発するまであと数時間、いつもは馬の世話は「ドビー・ザール」という猿の獣人がしているそうだが、所用(内容は分かっているが)で先に王都へと向かった為、ウッガがエサを与えていた。
ニコニコと笑いながら食事している二頭の鼻面を撫でてやるウッガ。
ライナとサイノと呼ばれた二頭は、嬉しそうに唸り声を上げる。
巨大な体躯に厳つい容姿に比べ、小さな黒目がちの瞳は確かに愛嬌があって可愛らしいと言えるかもしれない。しかも、本当に頭もいいみたいで、とても良く懐いている。
ウッガの撫でているのとは別のもう一頭の方に手を伸ばすと、撫でて欲しかったのか自分から頭をすり寄せてきた。
「初めて見たけど、本当に良く懐いてるんだな、可愛いもんだ 」
「で、やしょう!そっちがサイノ、こっちがライナでさぁ。さあ、お前ら、今日からまたひと働きしてもらうからな、しっかり食べて頑張ってくれよ! 」
二頭は「分かった!」とでも言う様に一声唸ると、またバリバリと食事に戻るのだった。
「ホータン、そして皆の者。本当に世話になった。では、行ってくる 」
「はい、セイリア様。道中お気を付けて、お身体を大切にして、お勉強頑張って下さいね。ヒロト様、姫様のこと、宜しく御頼申し上げます。それではお元気で、行ってらっしゃいませ 」
「ホータンさん、ありがとうございました。お世話になりました。お元気で 」
デイジマの正門前で、数名の和装メイド数名と共に、ホータンさんが深々と頭を下げる。
「よし、ではウッガ、出してくれ 」
「へい、レイナルド様!さあ、ライナ、サイノ頼んだぜ! 」
全員が馬車へと乗り込んだところでレイナルドさんが御者席に座っているウッガに出発の指示を出す。陽気な声で応えたウッガは手綱を鳴らし、ライナとサイノに出発の合図を送る。
ーークオォォォォォォオン!!ーー
二頭は「了解!」とでもばかりの甲高い嘶きの声を上げ、ゆっくりと馬車は動き出す。
「姫様ーー、行ってらっしゃいませーー! 」「お元気でーー! 」「頑張ってーー!」「また来て下さいねーー!」
馬車の後方にある窓から、見送りの者達に手を振るセイリア。やがて馬車の速度が上がり、どんどんデイジマ村の姿が小さくなっていく。セイリアはデイジマ村の姿が豆粒のように小さくなるまで、ずっと手を振って応えていた。こういう所が皆に愛される理由なんだろうな。
馬車はグングンとスピードを上げ、王都〈グランベルク〉を目指して走って行く。
天気も良く、青い空は澄み渡っている。辺りは一面、何処までも続いているかの様な草原の中、真っ直ぐに延びた街道を東へ東へと進んで行く。街道はまだまだ舗装などはされておらず踏み固められただけの状態だが、風の精霊の加護を受け、更には魔法によって自重を軽減している為に思っていたよりも馬車の揺れは少ない。
ゴトゴトと揺れてはいるものの大型の特製馬車の乗り心地は悪くなく、居住性も良さそうだ。少なくとも俺の乗り慣れた”兵員輸送車輌”に比べたら雲泥の差だ。アレはな~、シートは硬いし狭いし臭いし…、まあ仕方ないんだろうけど。
ガラガラという車輪の回る音と、ライナとサイノのドドドッ!ドドドッ!という重々しい足音が聞こえてくる。規則的に響く足音と、僅かに揺れる振動に眠気を誘われたのか、徹夜で反省組のセイリアとラーナちゃんの二人は、お互いの肩を寄せ合いながらコクリコクリと船を漕いでいた。
「ヒロト様、いかがですか? 」
そんな二人の様子を、ほっこりした気分で眺めていたら、目の前にスッと湯気を立てるマグカップを差し出された。
「ああ、レイナルドさん、ありがとう、いただきます 」
お茶かと思って口を付けようとしてから香りに気付く。違う、これは!?
内心の逸る気持ちを抑えながら、一口飲んでみる。間違いない!
「お味はいかがでしょうか?「カーフ」と言って、豆を煎り、轢き潰した粉に湯を注ぎ、濾したものです。苦味が強いのですが、慣れると香りと苦味がクセになる味でして、少しですが眠気や疲れも取れるのですよ 」
「いえ、問題ありませんよ、実は親父が大好きだったんですよ。もっとも、親父は訛っていたのか「コーヒー」と呼んでましたが 」
勿論、ウソだ。ただ、香りも味も地球のコーヒーにそっくりな為、うっかりそう呼んでしまった時の予防線を張らしてもらっただけだ。しかし、美味い。こっちの世界でもコーヒーに当たるものがあると知れて、少し嬉しくなってしまった。
「そうですか!?それは良かった。私もコレが好きでしてね、ですが私以外の者は皆、この苦味や酸味が苦手な様でして…、旅の間の見張り番の際に、眠け覚まし程度にしか飲まないのですよ 」
「そうですか?このさっぱりとした苦味が美味いのに…。うちでは半分、お茶代わりでしたからね、毎日飲んでいたくらいですよ 」
同好の志を見つけた喜びか、レイナルドさんも嬉しそうに自分用に淹れた「カーフ」を飲む。
熱いカーフを啜りながら、暫く窓の外を眺めていると、前方で複数の人間が争う気配を察知した。
「レイナルドさん、どうやらこの先で”厄介事”が起こっているみたいですよ? 」
「”厄介事”?ヒロト様の《気配察知》ですか?なら、間違いなさそうですね… ?分かりました、カークス、スケール!何が起きてもいい様に準備をしなさい。ウッガ!聞こえましたね?ここからは慎重に進めなさい 」
《気配察知》に引っかかったのは約五十人ほど。動きを見る限り、まだ何も無い草原のど真ん中の街道で、ひと塊になった十人余りを残りの四十人が取り囲んでいる、という状態のようだ。
まあ、順当に考えれば各街や村を巡って商売をする旅商人のキャラバンか、俺達のような旅人が乗る駅馬車を、盗賊や野盗の一団が襲撃しているとみて間違い無いだろう。
「そういえば、我々の出発する一時間ほど前に、次の街に行く馬車の一団がおりましたな?たぶん、襲われているのはその馬車でしょう。いけませんね、確か子供の姿もあった筈です 」
何だって!?そりゃいかん、俺は女子供が何かの争いに巻き込まれて涙を流す姿だけは大っ嫌いなんだ!急がないと!!
「飛ばせ、ウッガ!何かあっても俺が絶対に何とかしてやる。急げっ!! 」
「へいっ!旦那!! 頼んだぜライナ、サイノ! 」
ーーパーーンッ!! ーー
ーークオォォォォォォオン!!ーー
手綱を引き絞り、大きな音で二頭の背中に叩きつけるウッガ。甲殻のお陰で全く痛くはないだろうが、それが全速力の合図だと分かっている二頭は一層高い声で嘶いて一気に速度を上げる。
『戦闘準備だ、アイ。《魔弾》弾種9ミリノーマル、モード〈ハンドガン〉だ 』
『イエス、マイマスター。オーダー、9ミリノーマル、モード〈ハンドガン〉、チェック。《魔弾》発動シークエンス、オールグリーン。異常ありません。いつでもどうぞ 』
いつものように、アイに《魔弾》の準備と確認を指示する。
既にセイリアとラーナちゃんも目を覚まし、装備の点検をしている。レイナルドさん、カークスとスケールにヤヒッティもそれぞれの手に得物を携え準備は万端のようだ。
「旦那!見えて来やした!野盗の連中が馬車二台を襲ってやす!! 」
現場に急行すると、既に一台の馬車は横倒しの状態になっていて、もう一台も身動きが取れないという非常に不味い状況のようだ。護衛らしき冒険者が四人、必死に抵抗しているが、相手は多勢に無勢、押し込まれるのは時間の問題だろう。
「よし、ウッガ!このまま突っ込んで襲われている馬車の盾になるんだ。レイナルドさんはヤヒッティとラーナちゃんの二人を連れて馬車の人達を守ってくれ!セイリア!カークスとスケールを連れてついて来い!行くぞ! 」
「「「「御意!!」」」」
セイリア達三人を連れて走っている馬車の後部から飛び降りる。突然の出来事に野盗共が慌てている今がチャンスだ!!
ーー「行くぞっ!! 」ーー
次々と地面に着地した俺達は、鎖から放たれた猟犬の如く一斉に野盗の一団目掛けて走り出した…!!
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【作者より、感謝を込めて】
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そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。
本当に、ありがとうございます。
【これまでの主な実績】
アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得
小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得
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