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第一章 女王とその奴隷
13.支配と征服※
しおりを挟むこうして、私とロカルドの奇妙な関係が始まりました。
私は、一週間のうち自分が夜の館で働かない日だけ、ミュンヘン男爵家に居残りをします。心配しなくてもオデットは決まった勤務時間が終わると足早に帰るので、私が少しグズグズ着替えをしていても、気にする様子はありません。
時間は通常業務が終わる夜の六時から一時間だけ。
ロカルドはその特別なバイト代として、私が夜の仕事でもらう時給の五倍を出すことを提案しました。貧乏人には、こんなに良い話はないでしょう。
はじめこそ、バレたショックで憂鬱だった私の気持ちも、ロカルドの提案を聞いて少し落ち着きました。
私が恐れていたのは、結局のところ、仕事内容が明るみになった時の周囲の反応です。かつて私を軽蔑し、家から去ってしまった弟のことを未だに引き摺っているのだと思います。
ロカルドは、気の毒なほどに私を必要としていました。
理由はよく分からないのですが、私の元を訪れる他の男たちとは少し違うように見えます。というのも、私が冷たくすればするほど、彼は喜びというよりも悲しみの色を浮かべるのです。
しかし、私はあくまでも女王です。
ただの娼婦のように、優しくすることなど出来ません。
なぜなら、私だってこの役割を通して自分自身のプライドを守っているためです。私は女王になって男を跪かせることで、下女として人にこき使われることしか能がない自分のことを忘れようとしていました。
「さぁ……始めましょうか」
私は椅子に手足を固定されて口輪を嵌めた主人を見下ろします。
これは、こういったプレイなのです。
せっかくの良い身体も台無しになるぐらい情けない格好で、ロカルドは私を見ています。白いシャツに黒いスラックスという見慣れた服装も、こうやって身動きの出来ない状態にすると違った趣きがあります。
ここは店ではありませんから、私は自分に危害が加わらないように、念のためしばらくはロカルドを縛ってみることにしました。最初は戸惑いを見せたロカルドも、諦めたように両腕を差し出してくれました。
「呆れた、どうしてこんな状況でも期待出来るの?」
指先で股の間をグッと押すとくぐもった声が漏れます。
まだまだ時間はあるので急ぐべきではないでしょう。
私はロカルドの様子を観察しながら、シャツのボタンを一つずつ外していきました。いつも私とオデットが並んで調理をするこの厨房で、我が主人を甚振っているのは不思議な気分でした。
シャツの下から露わになった突起を指で撫でてみると、ロカルドはイヤイヤをするように首を振りました。嬉しいはずなのに、認めないのは羞恥心が故でしょうか?
涙が滲む目元を見て可哀想になったので、口輪だけでも外してやりました。勢いよく咽込むので苦しかったようです。
「んっ……アンナ……!」
「名前を呼ばないで!」
口調が強かったためか、びっくりして固まるロカルドを諭すように私は理由を説明します。
「店でも、名前は教えていないの。こういった時間は私にとっては非現実だから、なるべく名前は聞きたくない」
「………分かった、ごめん」
「いいえ。すぐ理解出来て偉いわね」
「あん、あ……ッ…それ、すご、」
チロチロと子犬のように胸の頂を舐めてみると、ロカルドは堪えきれないようにきつく目を閉じます。帆を張ったスラックスを楽にしてあげようとチャックを下ろすと、既に染みた下着が姿を見せました。
「ねぇ。気持ちいいの?」
「っはぁ……聞くな…!」
恥じらいと興奮で歪んだ赤い顔を、私はとても愛しく思いました。ここが店だったら、もしかすると口付けていたかもしれません。
しかし、ここは自分がいつも働くミュンヘンのお屋敷です。日中主人として仕える相手であるロカルドが、私の足元で無様に息を荒げているのは、なんとも私の気分を良くしました。
彼が私に望むものは支配だと言っていました。
私もまた、高貴な男を従えたいという征服欲を持っていたのです。
そしてその対象が、常日頃から飽きるほど夜の館で目にする脂ぎった中年の男ではなく、まだ若く美しいロカルドであることも、私にとっては有難いことだと言えるでしょう。
気付けば、私の手の震えもいつの間にやら止まっていました。
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