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第一章 女王とその奴隷
42.誰でも
しおりを挟むロカルドとの一件があった三日後、私は以前より少し広い家に引っ越しました。バス停からは遠くなりますが、運が良いことに最上階の部屋が空いていたので、見晴らしが気に入ったのです。
荷物の運搬を手伝うと言ってくれた主人の申し出には素直に甘えて、昨日の夜はなんとか新しい家で眠ることが出来ました。やはり自分の家は落ち着きます。
「アンナ、引っ越したんだって?」
「はい。ヴィラモンテの南の方です」
「今度イザベラと一緒に遊びに行ってもいいかい?俺たちずっと実家だからさ、一人暮らしって羨ましくって」
「もちろんです。いつでも来てください」
急だけど明日はどう?とイザベラが提案すると、彼女の兄のアドルフは「その日は友達と出掛ける」と言いました。二転三転して結局、今日の夜に二人は遊びに来ることになりました。
「そんなに広くないので…期待はしないでくださいね」
「大丈夫だよ。何か食べ物を買っていくから、アンナは先に帰って家でゆっくりしてて!」
着替えのためにアドルフと別れ、私はイザベラと共に更衣室へ向かいます。オデットはいつもの如く先に帰った後でした。彼女は本当にブレません。
ロッカーの扉を開いたところで、私は日課とされていた業務報告を忘れていたことに気付き、イザベラに断った上でロカルドの部屋へと向かいました。
「旦那様、アンナです。今日の報告に参りました」
「………ああ。入ってくれ」
見慣れたロカルドの姿を見ながら、私は今日自分たちがしたこと、発注を掛けた食材などについて報告しました。
「今日は少し残ってもらえるか?」
「え、今日ですか?」
「? 忙しいなら構わないが……」
顔を上げたロカルドが不思議そうに言います。
ここのところ彼が多忙なこともあり、私たちは以前のように定期的に会ってはおらず、ロカルドから申し出があった日に限って応じていました。それも数がかなり減っていたので、まさか今日に限って声を掛けられると思わなかったのです。
「すみません……今日はイザベラとアドルフがお家を見学に来るので、難しいです」
「そうか。こちらこそ急に誘ってすまなかったな」
特に気にする様子もなく、伸びをしながら立ち上がったロカルドはそのままこちらへ来て私の前で立ち止まりました。長身を見上げながら、何を言われるのかと構えます。
少しだけ迷うような顔をした後、ロカルドの手が私の方へ伸びてきます。思わずギュッと目を閉じました。
「アンナ、リボンが曲がっている」
「あ…すみません。着替えの途中でしたので──んっ!?」
私の謝罪を聞きながら微笑んだかと思えば、主人は手に持ったリボンを強く引きました。不意を突かれて倒れ込む腰に手を回して、ロカルドは私に深く口付けます。
いったい何事でしょう。
角度を変えて何度も唇を奪われれば、息が上がりました。
「……っは、ん…やめて、」
抵抗のために突き出した手も捕まえられ、私たちはもつれて床に倒れ込みました。お尻がジンジンと痛みます。こんなに無理強いをするような男ではないと思っていたので、私はショックと恐怖で上手く声が出ません。
ロナルドの手がスカートの下に忍び込み、ショーツに指を掛けたのを知って、思わず手を振り上げました。
乾いた音がして、部屋は静まり返ります。
「やめなさい…!私の許可なく触れないで!」
「アンナ………」
「私が貴方を支配するんでしょう!?勝手に近付かないで、距離を詰めて良いなんて言ってないわ!」
「何を今更……、君が言ったんだろう」
「え?」
「女王になんかなりたくないって。対等な立場を求めて誘って来たのかと思えば、今度は拒絶するのか?」
私は赤くなったロカルドの頬を見ていました。
青い双眼を覗き込む勇気など、なかったのです。
拒絶したいわけではありません。
でも、弁えなければいけないと強く思います。とっ散らかった感情を、自分自身理解しかねていたのでしょう。
そして、ロカルドは私よりも先に、どうやらその感情の名前を紐解いたようでした。我が主人は震える下女の手を握り締めて、指先をぬるりと舐め上げます。
「君は…寂しくなれば誰にでも擦り寄ってしまうと言ったな?その困った習性がまだ変わってないと良いが」
「………?」
「丁度良いだろう、俺も寂しくて堪らないんだ。君がそういうつもりなら合わせる。女王でも何でも良いから、少し先まで進めないか?」
ロカルドの手が私の腹の上を撫でました。
「だって、君は誰だって良いんだから」
向けられた笑顔に小さく頷きます。
自分が吐いた嘘について、後悔を重ねながら。
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