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第一章 女王とその奴隷
45.窓辺からの景色
しおりを挟む「アンナ、あんた最近変わったね」
「………どういう意味ですか?」
私はオデットのムスッとした顔を見つめます。
ジロジロと人の顔を観察するから何事かと思えば、どうやら彼女なりに伝えたいことがあるようでした。
「前はただの真面目ちゃんだと思ってが、最近は…」
「最近は?」
「淫乱の匂いがする」
ブフッと後ろで掃き掃除をしていたイザベラが吹き出します。私は白昼堂々と吐かれたセクハラ紛いの言葉に絶句しながら、老婆に向き直りました。
オデットは冗談を言っている風ではありません。
返す言葉に慎重になりながら口を開きます。
「オデットさん、私は昔も今もただ与えられた仕事をこなすだけのメイドです。変わってなどいません」
「そうかねぇ。どうも女臭さが出てる気がするけど」
「変なこと言わずに夕食の準備に戻りましょう。下処理は済ませましたから、味付けをお願い出来ますか?」
「良いけど……アドルフは?」
「アドルフ?」
突然出てきたのはイザベラの兄で運転手として主に勤務している男の名前です。
オデットは私たち三人をまとめて“若いやつら”と嫌悪している様子だったので、その口からもっともムードメーカーであるアドルフの名前が出て来て驚きました。
「アドルフなら旦那様に付いて出てったよ~私も運転が出来たらなぁ。ずっと屋敷の中だと面白みがないわ」
不服そうに窓の外を見ながらイザベラが答えます。
「アドルフは恋人が居るのかい?」
「知らないし興味ない。兄妹だからって何でも知ってるわけじゃないし。なに?もしかしてオデットさん……」
揶揄うような物言いのイザベラを前に、オデットは急にいつもの勢いを消して黙り込みました。私とイザベラは顔を見合わせて、厨房は奇妙な沈黙に包まれます。
何か話を変えた方が良いかしら、と慌てて私が鶏肉の焼き加減について確認しようとしたとき、扉が開いてロカルドとアドルフが姿を現しました。
ロカルドの目が私を捉えて、すぐに逸らされます。
「悪いが、今日の夕食は不要だ」
「えーもうサラダ作っちゃいましたけど」
イザベラは銀のボウルを指差します。
ロカルドは堅い表情を崩さずそちらを一瞥しました。
「急な変更ですまない。人と会う約束が出来たんだ。君たちは早めに上がってくれて良い」
喜ぶオデットを見ていたらロカルドに名前を呼ばれました。
「アンナ、すぐに出掛けるから今日の業務報告は明日まとめて聞く。君もみんなと一緒に帰ってくれ」
そう言ってロカルドはアドルフを引き連れてまた部屋を出て行きました。いつになく急いだ様子で余裕のない主人の姿に、私は首を傾げます。
イザベラが作ったサラダはとりあえず冷蔵庫に仕舞って、私たちは各々着替えを済ませて別れました。
久しぶりの早上がりだったので、私は少しだけ良いチーズを買って帰りました。家で眠っていたワインと一緒に齧りながら、窓の外に煌めく町の明かりを眺めます。
この町の何処かにオデットたちも住んでいて、私が店で会う客たちもまた、それぞれの生活を営んでいるのです。
家族や恋人といったものの温もりを随分長い間感じていなかったのですが、いつか自分も誰かとこの景色を見て笑い合えたらと思いました。
ヴィラモンテの小さな宝石のような夜景を誰かと二人で。
そんな願いを抱いて眠りにつきました。
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