【完結】奴隷が主人になりまして

おのまとぺ

文字の大きさ
46 / 83
第一章 女王とその奴隷

46.メリッサ

しおりを挟む


 翌日、ミュンヘンの屋敷に出勤してすぐに私は違和感に気付きました。

 普段は静まり返った厨房から、なぜか今日は物音が聞こえて来るのです。慌ただしく歩き回る足音を不審に思いながら、私は扉を引きました。

「あら?貴女はメイド?」

 そこにはプラチナブロンドの髪を腰まで伸ばした美しい女が立っていました。片手には泡立て器を持ち、持参したのかフリフリの白いエプロンを付けています。

 新しく採用されたメイドかと一瞬思いましたが、その優雅な動きやゆったりとした喋り方は、私の見てきた使用人とは異なるものでした。

「……はい、メイドのアンナです。あの…」

 どちら様ですか?という質問はあまりに直接的なので、そこで言葉に詰まりました。すると、女はそれを察したように口元を緩めて私に笑い掛けました。

「メリッサ・グスコよ。今日からここで暮らすからどうぞよろしくね。朝ごはんを用意したくて厨房を覗いたんだけど、サラダしか見当たらなくて…良かったら作ってくれる?」

「え……?あ、分かりました」

「ロカルドにはトーストと焼いたベーコンを、私には甘いパンケーキをお願い」

「あの、旦那様は……?」

「まだ寝てると思うわ。ねぇ、お腹空いてるの…分かる?」

「すみません、すぐに用意いたします」

 詳しいことは分かりません。
 私が理解したのは、この屋敷に新しく女主人が現れたということだけでした。

 パンケーキを焼くために小麦粉と卵を混ぜる私に、メリッサは色々なことを質問してきました。そのほとんどはロカルドに関することでしたが、私に聞くよりも本人に聞いた方が良さそうな内容ばかりでした。

 頭の中で以前客に聞いた話が浮かびます。
 ロカルドに王都の侯爵家が縁談を持ち掛けているという話は本当だったのです。ということは、昨日、彼が慌てて会いに行った相手は彼女なのでしょうか?

「おはよー………あれ?」

 バタンッと勢いよく扉が開いて、イザベラとオデットが厨房に入って来ました。二人もまた、見知らぬ女を見て驚いた顔をします。

 私は彼女がメリッサという名前で、今日からミュンヘン邸に住まうらしいと紹介しました。すぐに挨拶を返すイザベラの隣で、オデットは不満そうな顔をしています。

「そんな話は旦那様から聞いていないよ。本当かい?」

「オデット!」

 私が注意しようと振り向いたとき、再び開いた扉からロカルドが姿を現しました。

 青い瞳が私を見て、隣に立つメリッサへと移ります。
 私はロカルドが昨日と同じシャツを着ていることに気付きました。緩められているけれどその紺色のネクタイは、私がプレゼントしたものです。

 心臓がギュッと縮まるのを感じました。


「メリッサ、こんなところに居たのか」

「おはよう。ロカルド、私のことを伝えていなかったの?」

「まだその話は終わってないだろう。とにかく部屋に戻ってくれ、君の父も交えて話をする必要がある」

「そんなこと言って……昨日だって泊めてくれたじゃない。それが答えでしょう?」

 イザベラがハッとしたように顔色を変えるのが見えます。

 私は自分がどんな顔をしているか心配になりました。
 感情が表に出ないように気は付けていますが、正直色々な気持ちが浮かび上がってその処理に追われています。メリッサは昨日この屋敷に泊まったそうです。それがどういう意味なのか、いくら鈍い私でも理解出来ました。

「メリッサ、それは君が泊まる場所が無いと言ったから…!」

「ねぇ!今日は街を案内してくれない?昨日は夜に着いたから店がすぐ閉まっちゃって。朝食は外で食べましょうよ」

「あ、パンケーキは……」

「要らないわ。ごめんなさいね」

 私の問い掛けに軽やかにそう答えると、メリッサはロカルドの腕を引っ張って部屋を出て行きました。

 私は泡立て器を持ったままでしばらく呆然としていましたが、イザベラが「嫌な感じ」と毒突くのを聞いて我に帰りました。中途半端に混ざった小麦粉と卵を捨てて、食器用洗剤をスポンジに掛けます。

 頭では理解していても、心はまだ止まったままで。
 私はただ冷えた水が手の上を流れ落ちるのを見ていました。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

黒の神官と夜のお世話役

苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました

メイウッド家の双子の姉妹

柴咲もも
恋愛
シャノンは双子の姉ヴァイオレットと共にこの春社交界にデビューした。美しい姉と違って地味で目立たないシャノンは結婚するつもりなどなかった。それなのに、ある夜、訪れた夜会で見知らぬ男にキスされてしまって…? ※19世紀英国風の世界が舞台のヒストリカル風ロマンス小説(のつもり)です。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

記憶喪失の私はギルマス(強面)に拾われました【バレンタインSS投下】

かのこkanoko
恋愛
記憶喪失の私が強面のギルドマスターに拾われました。 名前も年齢も住んでた町も覚えてません。 ただ、ギルマスは何だか私のストライクゾーンな気がするんですが。 プロット無しで始める異世界ゆるゆるラブコメになる予定の話です。 小説家になろう様にも公開してます。

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる

ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。 幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。 幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。 関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。

処理中です...