【完結】奴隷が主人になりまして

おのまとぺ

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第二章 男爵とそのメイド

54.デート:一日目 後編

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「旦那様……?」

 私は車にハンドルを握って前を向いたまま、人形のように喋らなくなった主人を見ます。通る道からして車がどうやら私の家へと向かっていることは分かりました。

 なにか気分を害することを言ったのでしょうか?
 シャツの口紅も縁談の手紙も私の誤解だったということで、胸の内は心なしスッキリしています。だけれど、爽快な気持ちの私とは反対にロカルドはどこかムスッとしています。

 私はその理由が分かるほど優秀ではありません。


「あの、上がって行きますか?」

 何度か家の前まで送ってもらったことはあっても、この新居にロカルドを招待したことはありません。イザベラとアドルフが一緒に部屋の中に居ても少し余裕はあったので、広さ的には問題ないと思うのですが。

 私の誘いにロカルドが小さく頷いたのを見て、私は車から降りました。カツンカツンと階段を登っていくと、後ろから主人が付いてくる足音が聞こえます。

 何かお茶と一緒に出すものはあったかしら、と思いながらドアノブに鍵を差し込んで捻りました。


「良い眺めだな……夜風が気持ちよさそうだ」

 少しだけ開いた窓から顔を出してロカルドが言います。

 自分が気に入っている部屋のことを褒めてもらって、私は嬉しくなりました。もう夜も遅いのでコーヒーもどうかと思い、とりあえずハーブティーを淹れてみましたが、彼の口に合うのかは分かりません。

「あちらに小さくミュンヘンの屋敷の屋根も見えるんですよ。夜なので分かりずらいのですが…」

 外を見るロカルドの隣に立って窓の外を指差しました。
 強い風が吹いて、ぶわっと髪が舞い上がります。せっかく整えた髪型が一瞬にしてみすぼらしい犬のようになってしまったので、私は恥ずかしくなりました。

 赤くなった顔を隠すように「夜景は綺麗で落ち着きますよね」と無難な感想を述べると、自分のものではない手が目元を覆う髪を掬いました。

「………そうだな、綺麗だと思う」

 私を覗き込むようにそう言われれば、心臓が忙しなく動き出します。

 今までロカルドはこうやって無駄に美しい顔と女心を撃ち抜く言葉で何人もの令嬢を落として来たのでしょうか?そんな彼にとっては、貴族の娘に比べて田舎の芋娘である私を落とすことなど赤子の手を捻るよりも簡単でしょう。

 うっかりキスをしたくなったので、私はその手にはハマるまいと「そうですよね」と笑顔を返して身体を離します。どういうわけか、ロカルドの近くに居ると私は気付かないうちに距離を縮めてしまっている気がするのです。もしかすると、彼の身体には微量の磁石が入っているのかもしれません。


「今日はもう帰るよ」

「え……?」

「こんな場所で君と二人で居たら変な気を起こしそうだ。試されているのに、そんなこと出来ないだろう?」

 そう言ってロカルドは悲しそうに笑います。
 どうやら彼は、私が言った「愛を試す」という言葉を禁欲的な意味で受け取っているようでした。

 私は去って行く背中を見つめながら、狂ったように高鳴る胸に手を当ててみます。どうして彼が悲しそうな顔をすると、私まで切なくなるのでしょう。なぜ、もっとそばに居てほしいと思ったのでしょう?

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