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第二章 男爵とそのメイド
58.王都
しおりを挟むロカルドから王都へ行く誘いを受けたのは、彼の告白から五日後のことでした。
突然の提案だったので私は驚きましたし、仕事関連の重要な用事であると聞いて、なぜ我が主人はそのような旅路に私を同行させるのだろうと首を捻りました。
「良いなぁ。私だって王都へ行きたいわ」
箒の柄の上で手を組んで顎を乗せたイザベラが不満そうに漏らします。代われるならば代わりたいところですが、ロカルドから直接話があったので難しいかもしれません。
「王都は空気が汚染されてるんだ。あたしゃ行きたくない」
「オデットさんはヴィラモンテがお似合いですよー。そういえば一番上の息子さんって王都で働いてるんですよね?」
「ああ、ルシファーのことかい?あの子は昔から五人の中で一番出来がよくてねぇ。語学が堪能だから、どこかの公爵家が経営するホテルで働いてると聞いたが……どこだったか」
目を閉じて記憶を辿るオデットからすでに興味が逸れたのか、イザベラは私の方へ向き直りました。
「最近やけに旦那様ってアンナを連れて歩かない?」
「あ、それ俺も思った!この前なんて俺がアンナと二人でゴミを燃やしに行ってたら用があるとか言って、二人分のゴミを押し付けて行ってさー」
会話に入って来たアドルフも大きな声を出します。
でしょう、と賛同したイザベラが再び口を開きました。
「ねぇ、どうなのよ実際?」
私は六つの目が自分に向くのを感じます。
どうもこうもなく、私がロカルドから告白されて現在厳粛なるジャッジのもとでどんな返答をするか考えている最中だと答えたら、きっと皆は驚き呆れるでしょう。
下女のくせに調子に乗って、と言われればそれまでです。
ロカルドのためにもそんなことを言い触らすわけにいかないので、私は「いろいろと勉強させてもらっているだけです」と曖昧な笑顔で濁しました。
彼と私の間で行われるアレコレを勉強という言葉で包括して良いのかは微妙ですが、あながち間違いでもないような気がします。もちろん内容は誰にも言えませんが。
◇◇◇
ヴィラモンテから王都までは車で三時間ほどで十分日帰り出来る距離なので、私たちは朝一番のバスに乗って向かうことにしました。
ロカルドは私に試されていると強く意識しているのか、やはり今日も言葉数が少ないままです。一介の下女に過ぎない私のために、そこまでの気を使う必要はないと思うのですが。
「あの、旦那様……?」
「どうした?」
「王都で旦那様がお仕事している間、行きたい場所があるのですが、そこで時間を潰していても良いですか?」
「構わないが…いったい何処へ?」
「オデットの息子さんが働くホテルです。実はおつかいを頼まれていまして、渡すものがあるのです」
そう言って私が手に持った大きな紙袋を持ち上げると、ロカルドは「分かった」と頷きました。
オデットの息子であるルシファーは、王都の一等地にあるホテルで働いているそうです。寒さも和らぎだんだんと春に向けて暖かくなって来ましたが、オデットは手編みのセーターがようやく完成したということで私に託したのでした。
普段は意地悪で、正直あまり良い印象ではなかったオデットが見せた母の顔に私は驚きました。彼女はやはり、メイドである前に偉大なる五人の母なのです。
その後、うつらうつらと夢と現実の狭間を彷徨っていたら、いつのまにかバスは王都のターミナルへ到着していました。
我先にと足早にバスを降りる乗客を待って、ロカルドと二人で王都へ降り立ちます。少しステップが高いところにあったので、差し出されたロカルドの手を借りました。
「ここで別れることになるが、大丈夫か?」
「はい。三時にまた乗り場で待って居れば良いのですね?」
私は向かい側に立つ『ヴィラモンテ行き』という看板を指差します。ロカルドの話では一日三本のバスが王都から出ており、彼が予約を取ったのはおやつ時の便ということでした。
「ああ、そうだ。もしも道に迷ったり、困ったことがあれば警察に行ってくれ。間違っても知らない男には付いていくな。あとは───」
「旦那様、私は子供ではありません」
思わず強く主張すれば、ロカルドは「そうだな」と言って少し笑いました。
私は待ち合わせに向かう主人を見送って、大きく深呼吸をしてみます。初めての王都の空気は、オデットが言うほど汚くは感じませんでした。ヴィラモンテでは客の目が気になって付けていたメガネを外してみます。
私は、久しぶりにワクワクしているのです。
活気ある人混みに向けて、足を踏み出しました。
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