【完結】溺愛してくれた王子が記憶喪失になったようです

おのまとぺ

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第一章 失われた記憶編

04.王子は手を差し伸べる

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「ノア様、私のことは良いのでリゼッタ様に付き添ってあげてください…申し訳ないですっ」
「大丈夫だ。彼女は一人で歩けるし、君が転んだら困る」
「でも……」

ちらっと私の方を振り返って、カーラは隣に立つノアを見上げた。

「婚約者様を放って私に構っていては…私もこれから王宮で居づらい思いをすることになりますし」
「そうだね。じゃあリゼッタ、反対からカーラを支えてあげてくれ」
「……分かりました」

言われた通り、カーラに右肩を貸して彼女の細い腰に手を回した。一瞬だけ触れ合ったノアの手は、すぐに避けるように退けられる。

悪夢のような二人三脚ならぬ三人四脚で宮殿の長い廊下を歩く。数メートル先を歩くマリソン王妃は何も言葉を発さないものの、彼女が握りしめた書類がクシャクシャに折れ曲がっていることから、多少なりともこの状況への苛立ちは感じているようだった。ノアの症状に関しては要経過観察ということで、異常はないことを示すレントゲンなどの検査結果をマリソンは受け取っていた。


「カーラには客室を用意します。リゼッタはノアを彼の部屋へ案内してあげてちょうだい」
「かしこまりました」
「え、ノア様とはここでお別れですか?」
「貴女がどんな勘違いをしているか知りませんが、ノアはアルカディアの王子です。婚約者が居る身の彼に貴女が近付くことは私が許しません」
「……分かりました、自然に会えるのを待ちます」

悲しそうな視線をノアに向けて、カーラはマリソンの後を付いて去って行った。

私はノアの顔を見上げる。どんな気持ちでカーラの意味ありげな上目遣いを受け取ったのか分からないけれど、その穏やかな表情から察するに悪い気はしていないようだ。

「私たちも行きましょうか…?」

遠慮がちに声を掛けると夢の邪魔をされたような顔を私に向けた。ウィリアム曰く基本的な情報は覚えているらしいけれど、念のため道順を口にしながら歩みを進める。

「…こちらがノアのお部屋です。眠る時は私もこちらにお邪魔します。何かあれば、私かメイドをお呼びください」

部屋を見渡すノアに伝えた。
変わらず表情を見せないその姿は私を不安にさせた。

「婚約者って本当の話?」
「え?」
「いや、悪いけどあまり覚えていないからか、なんだか他人事のように思えてきちゃって」
「……そうですよね」

窓際まで移動したノアがカーテンを少し開くと、外には沈みつつある夕陽がまだ僅かに顔を覗かせた。美しい庭園も夜に備えて息を潜めているようだ。

他人事、という言葉が胸に引っかかって私はどう彼に伝えるべきか悩んでいた。あれほどまでに私たちは近くに居たのに、と胸元を掴んで揺すりたいぐらいには焦りもあったけれど、それが効果を成さないことは分かっている。

「今は…思い出せないかもしれませんが、貴方は私の婚約者です。どうかそれだけは忘れないでください」

細く主張した声が、薄暗い部屋に吸い込まれる。
勇気を出して見上げたノアの顔は、奇妙な笑みを湛えていた。


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