【完結】溺愛してくれた王子が記憶喪失になったようです

おのまとぺ

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第二章 シルヴィアの店編

43.リゼッタは言い渡す

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暫くの間、誰も何も言わなかった。

私は、自分の目の前でこうべを垂れるこの国の王子と呼ばれる人物の背中を見つめた。信じられなかった。こちらがいくら責めても軽く謝り、追求されることを嫌うあのノアが、見ず知らずの男たちに向けて頭を下げるなんて。

「驚いたな…本当にそんな姿が出来るんだ」

エレン自身もそれは同じようで、驚愕のなかに興奮を滲ませて目を見開く。彼を取り巻く男たちもヒソヒソと囁き合いながら、事態を信じ切れていないようだった。

目を走らせるとカーラだけは、まだ怯えたような表情を残したまま成り行きを見守っていた。彼女はすべて計画と受け止めた上でノアに近付いたのだろうか。それにしては随分と傷付いた顔をしている。

その場が落ち着くのを待って、ノアは頭を上げて立ち上がった。


「エレン、俺から一つ頼みがある」
「なんだ?」
「君の大事な妹を俺は長く宮殿で匿い過ぎた。国王も王妃も流石に呆れてるし、そろそろ引き取って貰いたい」
「当たり前だ。俺たちの希望はどうやら呑んでくれたようだし、お前を信じて身を隠そうと思う」
「行くアテはあるのか?」
「西部に母方の伯父がいる」

来週が楽しみだ、と笑ってエレンは踵を返した。
カーラはまだその場でノアの方を見つめている。

仮にも王子と婚約関係にあった私を騙して、こんな目に遭わせておきながら、何のお咎めもないどころか素直に謝罪に応じるノアに違和感があった。カーラにしてもエレンの妹として馬鹿げた計画に加担していたわけだし、無罪ではないはずだ。

私はノアの真意が読み取れず、場の流れを見守ることにした。目に涙を溜めたカーラがノアの袖を掴んで悲痛な声を上げる。


「ノア様、私…本当はずっと昔から…」
「何を期待してるのか分からないけれど、」
「?」
「俺は君が思ってるより遥かにどうしようもない人間だよ。べつに相手が誰だろうと優しくするし、そこに特別な感情はない」
「………っ!」
「心底惚れてるのはリゼッタだけだ。もっとも、今は彼女も俺の顔なんて見たくないと思うけど」

悲痛な顔でノアは私に目をやる。また情に流されて彼を許してしまいたい気持ちと、先ほどまで自分の中で燃え上がっていた強い怒りがせめぎ合っていた。

ノアの愛は皆に等しく与えられる。
それは彼と出会った当初から分かっていた事実。だけれど、婚約を経てその愛情は自分にのみ注がれていたように思うし、しょっちゅう彼の前に姿を見せていた従妹のアリスが姿を消した後は、私が気を揉むような相手は現れていなかった。

彼は気付いているのだろうか。
私だっていつまでも小さな子供のように二つ返事で彼の言うことを聞くわけではない。もちろん、感謝はしていた。しかし、これから先ずっと二人で歩んで行くというならば、ある程度の覚悟は必要となるだろう。


「リゼッタ、怖い思いをさせて本当にごめん…君と話がしたい」

エレンとカーラが扉をくぐって出て行くのを黙って見送っていると、ノアが私に声を掛けた。他の男たちは文句を溢しつつも、場に長居することは避けたいようで慌しく出て行く。

上着を片手に近付いてくるその姿を視界に入れながら、私は考えていた。ヴィラだったらどうするだろう。ノアはやめておけと忠告してくれた彼女のことだ、他の女を招き入れた時点で問答無用でノーを突き付けるだろう。シルヴィアは?恋多きシルヴィアなら、ノアを適当にあしらいつつ、他の男を探すなんてことも出来そうだ。

じゃあ、私は?
何も自分で決められず、ありのままの人生を受け入れてきたリゼッタ・アストロープはどうすれば良いのか。またいつものように彼に泣き付いて離さないでと愛を請う?

(確かめないと…本当のこと)

私はノアに向き直った。
不安そうな赤い瞳の中に誠実さを探す。


「ノア…貴方が求めているのは、何でも言うことを聞く都合の良い私ですか?」
「え?」
「私は今まで、出来る限り貴方に尽くして来ました。それは貴方に愛されていると思っていたからです」
「………、」
「でも、記憶を失くした貴方はあまりにも私を傷付けました。正直もう…何を信じれば良いか分かりません」

言葉を失うノアの前で小さく息を吐いた。
ノアは泣きそうな顔で私に向かって、手を伸ばす。私はその手が肩に触れる前に強く身を引いた。

「触らないで!」

こんなことは言いたくない。本当ならば、こんな選択は出来れば取りたくはない。分かってほしかった。私が望んでこんな真似をしているのではないと、ノアには理解してほしかった。

「誰を抱いたか分からない汚い手で触らないでください」
「リゼッタ…!」
「他の女に口付けた口で私の名前を呼ばないで」
「……ごめん、本当に、」
「すべて貴方が私に言ったことです。どんな気持ちですか?記憶がないと何を言っても良いの?それともノア、貴方は本当はずっと私のことそんな風に思ってた…?」
「違う!」

傷付いて、謝罪を受け入れる。その度に心を許していては私は安っぽい女に成り下がって終わるだけ。もう二度とこんなことを繰り返したくない。

ノアの博愛的な優しさに関して特に今まで問題視することはなかった。でも、その優しさは彼の意図しないところで人を傷付ける場合がある。ノアと生きること、それがもしもこうした彼の曖昧な部分を受け入れることだとしたら、私はウィリアムの言っていた通りの「損な役回り」を担うことになるだろう。

それはもう、御免だと思った。


「王宮には戻ります。でも…暫くの間、私は貴方との会話には応じません。接触もご遠慮願います」
「話し合いも出来ない…?」
「私は貴方を見極めたい。婚約はその後で考えます」
「リゼッタ、」
「これが、私から貴方への罰です」

ノアの顔にはっきりと絶望が浮かぶのが見て取れた。私は静かな怒りを燃やしながら、その目を見つめた。この試みがどれほど彼の心を傷付けるか分からない。ノアのことだから上手く理由を付けて言いくるめられる可能性もあった。しかし、私は強い意志を持ってそれを突っ撥ねる必要がある。

自由気儘で自分本位なノアに用意したお仕置き。それは、彼の手の届く距離に居ながら、その存在を完全に無視することだった。





◆お知らせ

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
この先、第三章に突入してもう少し続きます。
展開によって不快な思いをしている方にはすみません。

カーラとエレンはこのままでは終わりません。
どうぞ生暖かい目で宜しくお願いいたします。
暖かい目でももちろん歓迎です。


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