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第三章 二人の冷戦編
49.リゼッタは舞踏会へ行く
しおりを挟むノアとの関係を整理したいので少し距離を置く、という私の勝手な提案を、国王夫妻は黙って受け入れてくれた。息子に婚約破棄を申し出たことを彼らは知っているのだろうか?ノアが話していたら耳に入っていると思うけれど、何も責めて来ない夫妻はもしかすると知らないのかもしれない。
考え事をしている私を、ヴィラが心配そうに覗き込んだ。
「疲れているんじゃない?リゼッタ」
「いいえ、大丈夫。ありがとう」
「舞踏会なんて突然言い出すからびっくりしちゃった。怖くないの?貴女ちょっとヤケになってない?」
「なってないわ。仮面舞踏会なら顔を知られるわけでもないし、知られたところでどうせ誰も私を知らない」
婚約なんて口約束に等しい。形式的な書類こそ提出したけれど、そもそもノア自身がその姿を国民の前に滅多に現さないため、当然婚約者である私のことも認知されていない。よく今までそれが罷り通っていたものだ、と感心する反面、幽霊のような自分の存在を悲しく思った。
舞踏会の知らせは、一ヶ月ほど前にノア宛に届いていた。その時は「興味がない」と断ったけれど、気分転換や社会勉強には良いだろうと思う。招待状はヴィラに頼んでノアから受け取って貰ったし、これさえあれば入れるはず。不安が無いわけではないので、一緒に行くというヴィラの申し出は有り難かった。
ヤケになってるわけではない。
ただ、今までの私が取らないであろう選択肢を進んで選び取って行く。そうすればきっと彼も困惑するから。
◇◇◇
夕暮れ時が終わって、舞踏会の主催者であるオーギュスト・ベルナールの屋敷に到着した時には辺り一面に夜のヴェールが降りていた。
名前の確認があるかと思ってドキドキしていたけれど、受付の女は招待状の表面だけ見て小さく頷くと、私たちに二本の青い鳥の羽と装飾の施された仮面を手渡した。羽は胸元に付けるように指示を受けたので、ピンを刺して固定する。どうやら、これが招待客である証明になるようだ。
扉を開けると、ムンとした人の熱気を感じる。
「すごい!こんなの物語でしか見たことがない!」
興奮するヴィラの隣で仮面の紐をきつく結ぶ。見渡すと、人々は点在する丸い小さなテーブルを囲んで談笑したり、ピアノ演奏の隣で踊ったり、と各々好きに楽しんでいるようだった。
主催者であるオーギュストはおそらくノアの友人だろうけれど、私はその姿も知らない。これだけ人数が居れば一人や二人、事情を知らない人間が紛れ込んでいても問題ないだろう。ヴィラと二人で正装して来て良かった。
煌びやかなシャンデリアの光に目を奪われつつ、私はホールの中心へと歩き出す。流れに身を任せて楽しめばいい。それはいつもノアがやっていること。ハメを外すわけじゃないけれど、私にだって楽しむ権利はあるはずだ。
仮面の下で、大人しいリゼッタにおやすみを告げた。
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