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第三章 二人の冷戦編
52.王子は策を練る【N side】
しおりを挟む欲しいものは大抵手に入れることが出来た。
中には自分が望む前に向こうから転がり込んで来る親切な場合もあったし、欲しいと口にさえすれば確実に手中に収めることは出来た。それはいつだって、例外なく。
白いドレスを風に揺らせて去って行く、華奢な背中を見つめた。いつの間にこんなに距離が空いてしまったのだろう。ここまで離れてしまえば、もう、名前を呼んでも振り向いてもらうことは出来ない。
「……リゼッタ、」
分かっていた。悲しみはいつだって、与えた者がすっかり忘れた後も残り続けること。もちろん、自分の行いを忘れてしまったわけではないが、彼女が負った傷跡は想像を遥かに凌駕しているはずだ。
言ったこと。
行ったこと。
そのどちらもが最低で救いようはない。もう一度寄りを戻してくれなんて、泣いて縋っても拒絶されて当然。まだ自分の元に残ってくれているだけ、感謝するべきだろう。
今までなら、簡単に手放すことが出来た。勝手な幻想を押し付けて夢を抱き、幻滅して去って行く女たちを追うなんて考えたこともなかった。そんなことは時間の無駄だし、替えが利くものに価値を見出すことは出来なかったから。
それがどうだろう。
今回ばかりは、そうもいかない。
リゼッタ・アストロープは間違いなく自分にとって特別だった。リゼッタが姿を消したあの日、彼女の侍女であるヴィラに言われた言葉をぼんやりと思い出す。天国から地獄に落とす、そう言い表されても仕方がない残酷な扱いを過去の自分はしたのだ。
その手を取る権利すらない今、彼女を再度天国に連れて行くことは不可能に思えた。穴を開けた心にありったけの愛を詰め込んだところで、それは「迷惑」と呼ばれるだけ。
恋が一方通行だとして、愛は受け手がこちらを向いていないと成り立たない。両手を背中に隠したリゼッタを相手に、どうやって気持ちを伝えれば良いのか。どのように修復すれば良いのか。最適解は、海の底に沈んだように見えなかった。
「お?ノアじゃないか…!」
千鳥足で近付いて来た癖毛の男はこの集まりの主催者であるオーギュスト・ベルナール。相当な量の酒を飲んでいるのか、かなり上機嫌で口笛でも聞こえてきそうだ。
「今日は来ないと聞いたが…婚約者は置いて来たのか?」
「俺はちょうど今来たばかりだよ」
「お前の友人という女と踊ったんだ。名前は…何だったかな、リズとかなんとか言ってたけど」
「……そうか。それは最高の経験だな」
「だろう?柔らかい手だったなぁ……」
鼻の下を伸ばして自分の手を握ったり閉じたりするオーギュストに、心を殺して笑顔を向けた。
「そういえばベルナール家は鉄道の管理をしていたと思うけれど、最近調子はどうかな?」
「どうもこうも右肩上がりだよ。他国との協定で空路と海路が停止している今、鉄道は大儲かりだ」
「それは良かった」
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ロベスピエール兄妹が西部へ移動するとなると、おそらく陸路で鉄道に乗ることになる。問題はその日時。
「オーギュストくん、少し相談良いかな?」
「良いけど、君の友達の女を紹介してくれよ~?」
「今日の子はダメなんだ。悪いけど」
「えぇ?なんでだよ!」
「彼女は俺にとって特別だから、」
不平を並び立てるオーギュスト・ベルナールの肩を叩きながら頭の中で考える。エレンと迎える列車の旅は思ったよりも楽しい時間になりそうだ。
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