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第三章 二人の冷戦編
61.リゼッタは王子の手を取る
しおりを挟むお互い、何も言わなかった。
それが数秒だったのか、それとも数分だったのかは分からない。リゼッタの小さな唇が何か話そうと開く度に、出てくる言葉の欠片を思って待った。しかし、いつまで経っても会話は始まらないから、困ったように指先を擦り合わせる彼女を見ながら自分が口を開いた。
「……随分と情けない姿を見せてごめん」
薄らと覚えているのは泣きながら赦しを請うたこと。痛む腕なんかよりもよっぽど、彼女が求める姿になれない自分を申し訳なく思った。赦しも愛もなくて良いから側に居てほしいという矛盾を、リゼッタはどう受け止めたのだろう。
「腕の状態はどうですか?」
「良くなってると思うよ、たぶん来週には元通り…」
「お医者様は治癒まで二ヶ月は安静にと仰ってました」
「……そうかな?結構大丈夫そうだけど」
言いながら無理矢理に動かそうとすると、白い手が伸びて来て包帯に触れた。そのままグッと力を入れられると、想像以上の激痛で飛び上がる。
「どこが大丈夫なの?」
「……ごめん」
「もっと自分を大切にして、命と向き合って生きてほしい。貴方が消し去った、たくさんの人たちのためにも」
「………、」
「お願い…ノア」
悲しそうな瞳に涙が溢れる。
触れて良いものか迷ったが、そっと左手で拭うとリゼッタはその手を握って目を閉じた。
婚約するのならば執務官になると言っていた彼女は、自分が再び好き勝手に暴れ回ったら、この国から本当に追放するのだろうか。それは確かに強力な脅しで、いくら王子と言えども明確な法律を以って刑を執行されたら逆らえない。既に終身刑レベルの罪人であることは言うまでもないのだから。
「オリオン国王が午後から会見を開くそうです」
「……議会の件?」
「はい。貴方が親切に取り付けてあげた約束について」
「そうか…国王は今どこに?」
「自室にいらっしゃると思いますが…」
不思議そうにリゼッタは首を傾げる。
「話がしたい。ごめん、少し家に帰る」
「ダメです!医者はまだ動くなと…!」
「リゼッタ、これは自分のケジメのためだ」
「………、」
彼女の瞳の中で揺れる迷いを、説得するように視線を合わせた。やがて小さく息を吐いてリゼッタは頷く。
国王自らが国民に向けて発言する機会など、これを逃したら次はいつになるか分からない。鈍った身体を引きずりながら、リゼッタの手を借りて歩いた。
病院から宮殿へは本当に一瞬のように感じられた。移動中、後部座席に座り込む自分の手に、その柔らかな手のひらを重ねてくれたのは彼女の優しさ。もう甘えてはいけないと分かっていても、嬉しく思ってしまう。
「確認しておいても良い?」
「……何でしょうか?」
「執務官でも、裁判官でも何でも良い。俺を裁ける権力を与えるよ。そうしたら君は、なってくれるの…?」
ポカンとした顔で暫く固まった後、リゼッタは吹き出した。
「ええ、もちろん。我儘で横暴な貴方の最大の味方、そして最後の敵に喜んで立候補しましょう」
「君には…本当に敵わないな」
「その代わり、私を不幸にしたら追放しますからね?」
どこで覚えたのか、悪戯っぽい笑顔を浮かべて笑う。その顔を見ていると、もう何も言えなくなって口を噤んだ。
道を踏み外すことは二度と許されない。一番近くに居る彼女が、自分の素行を取り締まるなど、想像しただけで身が引き締まる思いだった。
王宮に着いた車は停車し、先に降りたリゼッタが差し出した手を取って歩き出す。
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