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第三章 二人の冷戦編
63.王子は姿を見せる
しおりを挟む国王が会見を行うということで、宮殿の裏手に設けられた広場には多くの人々が集まっていた。護衛の数も並大抵の量ではなく、強国の王の首の価値を私は改めて感じていた。
オリオンの一言一句を聞き逃すまいと、前のめり気味に耳を傾ける国民の熱気が広場を包んでいる。高くなった演台の上で、議会の編成変更についてひとしきりの説明を終えたオリオンは後ろを振り返った。私の隣に立つノアが小さく頷いて前へ進み出る。
沸き立っていた群衆が静まり返った。
「……このように、皆様の前でお話するのは初めてかもしれませんね。アルカディアの第一王子、ノア・イーゼンハイムです」
短いヤジが飛んで、すぐにまた沈黙が広がった。声のした方を見ると衛兵が太った男を押さえ付けている。
「国民の前に姿を見せず、あまり良い噂も流れない僕のことを…自国の王子だと認識している人が、この中に何人いるのかは分かりません」
自嘲するようにノアは少し口角を上げた。
オリオンとマリソンは並んで座ってその様子を後ろから見守っている。私はヴィラやウィリアムと共に舞台袖から一部始終を眺めていた。ノアの表情は穏やかで、一時間ほど前まで入院していたとは思えないほど落ち着いている。
「先程お伝えしたように、今後我が国の議会は王党派、中立派、反王党派の三つの組織から編成される形になります。それはすべての国民の意見を尊重したいという国王の意思でもあります」
淡々と語る声に混じって少しのブーイングが聞こえる。
ノアはそれらの不協和音が収まるのを待ってから、再びマイクに口を近付けた。
「今やアルカディアは周辺の国々に引けを取らぬ強国となりました。発展し続ける経済、流れ込む国外の人や文化を統制するためには今一度、国民すべてが団結する必要があると考えます」
果たして何人の人間が賛同するのか。
安っぽい言葉だと、意義を唱える者もいるかもしれない。
私は静けさが支配する広場に目を走らせながら、ノアの言葉に対する人々の反応を探っていた。気に入らないといった様子で怒りの表情を浮かべる人、涙ぐんで彼の話に耳を傾ける人、それぞれ反応は違うようだったが、その誰もが真剣に話に聴き入っていた。
「随分と自由にさせてもらいました。今更僕がこんな事を伝えると、反感を覚える方も多くいるでしょう」
ノアはぎこちなく両腕を台の上に突いて、頭を下げた。
「……どうか、この国の行く末を共に見守ることを許してください。自分のために生きて来た、今までの時間を償う機会を与えてほしい」
再び重たい静寂が場を包み、私は息を呑んだ。
ここでもしも大ブーイングが起きてしまえば、彼が今後国王になることはおろか、王族として国政に参加することすら問題視されかねない。
(どうか…うまく行きますように)
やがて、小さな拍手がパラパラと聞こえ出した。周囲を確認するように、恐る恐るという様子だったそれはやがて大きな賞賛となり、彼らの王子の耳に届いた。
ノアはゆっくりと顔を上げてこちらを振り向く。
私は両手を叩いて、それに応えた。
それは、名ばかりの王子が、国民と一体になった瞬間に思えた。
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