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第三章 エバートン家の令息(ルシウスside)
35.赤い口紅と蛇の目
しおりを挟むすべてを終えて、部屋から出て来たシーアを見た時は心臓が跳ね上がった。思わず見惚れてしまうような凛としたその立ち姿は、つい先程まで手を震わせていた不安そうな令嬢には見えない。
成功報酬として要求した口付けは、シンプルに終われる筈もなく、シーアは顔を真っ赤にして怒っていた。込み上げる満足感とその先を求める欲求、そしてそれらを遥かに上回る根の深い罪悪感で頭がクラクラした。
部屋の中から聞こえる叫び声を気にしながら「そろそろ様子を見に行く」と伝えると、シーアは口元に紅が付いていると言ってその袖で拭う。
縮まる距離に胸が高鳴った。
その後の話、つまり別荘への招待について説明をすると、彼女は特に警戒する様子もなく二つ返事で頷いてくれた。迎えに行く旨を伝えて、階段を上がって行くシーアを見送る。
(騙してごめん……シーア、)
彼女の希望する侍女は連れて行くことが出来ない。
エバートンの別荘で過ごすというのは自分の提案だった。ロカルドからの保護という尤もらしい理由は、父やカプレット子爵を納得させるには十分だったし、この短い休暇の間に真実を打ち明けた上で少しでも彼女との関係を改善できればと思っていた。
そんなに上手くいく話ではない、と溜め息を吐いて扉に手を掛ける。切羽詰まった顔を作って古い友人に目を向けた。
「ロカルド……!」
ロカルドは縛られた両手を揺らしながら、目だけが怒りに燃えていた。触ると噛みつかれるのではないかと思うような鋭い眼孔が自分の姿を捉える。
「ルシウス、お前…シーアに会ったか?」
「いいや。俺が到着した時には居なかった」
「お前がシーアに呼ばれたことは彼女に聞いてる。随分なヤラレっぷりだろう?笑ってくれよ」
ロカルド・ミュンヘンは普段の彼の様子とは掛け離れた、屈辱的な顔をしていた。その腹の上に出された白く濁った液体は彼をより惨めな思いにさせているだろうし、大きく描かれた歪なハートはあまりにも不似合いだった。
驚いた素振りを見せつつ、想像を超える怒りに内心ヒヤリとしていた。プライドの高い彼を一方的に弄ぶことが、どれほどの傷跡をその心に付けるのかは容易に想像できる。
「あの大人しいシーアが俺にこんなことをしたんだ…」
「信じられないな。彼女から時刻と場所を聞いた時はまだ半信半疑だったが…まさか君がこんな目に遭ってるなんて」
「有り得ないだろう…?俺が…シーア如きに……」
ギリッと歯を噛み締める音がした。
苛立ちを微塵も隠さずに、ロカルドは顔を歪めている。
滅茶苦茶に結ばれたロープを解くのに苦労しながら、彼女はもう家に着いただろうかと考える。この怒りの矛先がシーアに届く前に、彼女をカプレットの屋敷から連れ出す必要がある。出来る限り早急に。
「ロカルド、とにかく今日は家へ帰ろう。君の家まで送る」
「……ああ…そうだな。最悪の気分だ、飼い犬に手を咬まれるってのはこういう気持ちなんだろうな」
鈍く光るロカルドの目は蛇のようだった。
その背中に手を添えて、促しながら地下の部屋を後にする。
帰りの車の中でも、ロカルドの口数は少なく、それは彼自身がいかに内なる自分の感情に向き合っているかを意味していた。そして、おそらく確実に、ロカルドはその復讐の原因が自分の不貞行為にあるという反省は微塵も感じていないようだった。
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