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第五章 侯爵と薔薇の園編
50.姿と形
しおりを挟む夜が来て庭のあちこちに設置されたライトが点灯する頃には、もう宴もたけなわで大盛り上がりだった。空には大きな月が出ている。
目の端で踊り狂うイシスを見ながら、グラスを傾ける。私は賢い犬よろしくアーサーが居ない場所ではお酒を控えている。自ら彼の信頼を落とすような真似はしたくないし、少しでもその可能性があるなら避けるべきだ。
「楽しんでるかい?」
右手にビールを持ったギルモントが隣に立って、私の顔を覗き込んだ。彼は彼で、アーサーとはまた違った雰囲気があるから不意打ちを喰らうとドキドキしてしまう。
「ええ、とても。それにしても女性が多いですね」
「まあね。目に優しくて良いだろう?」
「………はい」
雇われた使用人の内、メイドはもちろん女性なのだが、料理長や庭師に至るまでほぼ全ての仕事を女性が担っていた。例外は門番と御者ぐらいだろうか。
「君は不思議だね、見た目と精神が分離してるみたいだ」
「……そうでしょうか?」
それはたぶん、私が若い肉体の中に35歳の心を宿しているからだと思うけれど、そんな事実は口が裂けても言えない。曖昧に笑ってその場を逃れようとした。
「アーサーくんは随分君に夢中だね」
「え?」
「執着と独占欲が凄いよ。少しでも君に触れようものなら獅子の如く噛み殺されそうだ」
「そんなことはないと思いますが……」
話題はその後、ギルモントの考える領地経営計画に移って、私は自分なりの意見を述べながら、話に熱心に耳を傾けた。生半可な気持ちで挑戦しようとしていない、その意気込みは本当に評価に値する。
彼の知識量はやはりあの膨大な書物から来ているのだろうか。そんなことを考えながら、先日見かけた魔物図鑑の存在を思い出した。
「……あ、ロス侯爵、お聞きしたいことが」
「ギルモントって呼んでほしいな」
「ギルモント侯爵…」
「うん、どうしたの?」
「書庫で魔物辞典を見たのですが、侯爵も興味が…?」
ああ、と声を上げながらギルモントは手を叩く。
「いやーどうも最近サキュバスが悪さをしているという噂を耳にしてね。その生態を調べていたんだけど」
「え、でもあれは御伽話だって…」
「そう思いたい人も居るんだろう。都合が良いから」
他の地域では絶滅危惧種みたいな存在だけど北部では結構居るんだよ、とあっけらかんと述べるものだから私の頭は理解が追い付かない。
「その…サキュバスは恐ろしい魔物ではないですよね?」
イシスは言っていたはずだ。
サキュバスは下級悪魔で、警戒する必要はないと。
怯える私を前に、ギルモントは顎に手を当てて少し考え込むような仕草をした。ちゃらけた様子で話していた彼が急に黙り込むと余計心配になってくる。暫しの沈黙の後に、青い目で私を見据えて口を開いた。
「サキュバスは人間を惑わす下級悪魔だ。けれども、彼らは時折その能力を使って他人になりすますことが出来る」
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