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第三章 魔王と約束
55 クロエ、皆を受け入れる
しおりを挟む「良いお顔をされていますね」
ドキッとして立ち止まった。
こちらを見る牛首を見据える。
「時々怖くなるんだけど、私の寝室にカメラでもある?」
「滅相もないです。覗くときはきちんと申告するタイプなのでご心配なく……」
「心配するわよ、まったく」
クジャータは頭を下げてまた皿の片付けに戻った。
頭を振って視線を戻した先で、ギデオンはニコニコした顔で私たちの遣り取りを見守っていた。食事の後で久しぶりに散歩に出ようと提案をしたのは彼の方だ。
「ギデオンからも何か言ってください」
「べつに良いじゃないか。昨日のクロエは皆に見てもらいたいぐらい可愛かった。俺は世界中に自慢したい」
「あなたは私の痴態が他の男に見られても良いのですか!」
思わずそう叫ぶとスンと魔王は笑顔を消した。
「良いわけないだろう。そんなことになれば目玉を抉り出して男根を引き抜くだけでも足りないな……」
やけにリアルな対処法に冷や汗を流していたら、バグバグが私のショールを持って戻って来た。まだ外は少し寒いということで、部屋へ取りに行ってくれたのだ。
城の皆には被り物を取っても大丈夫だと伝えたけれど、最早この状態に慣れてしまったらしく、相変わらず今日も魔王の城は動物園のようになっている。
「グレイハウンド公爵と夫人はここ最近、家庭菜園を楽しんでいると聞いた。変わらず元気そうだ」
「あの…二人は魔族のことを……」
「じきに説明するべきだとは思うが、俺から話そうか?」
「いいえ。時間を設けて私からお話します。あなたとの関係や、これからのことも伝えたいので」
「クロエ……」
これからのことというのは、つまり私たちがここで暮らす上での話だったのだけれど、何を勘違いしたのかクジャータは大きな音で手を叩いて窓を全開にした。
「はぁーもう、甘い甘い!お腹いっぱいです。私は恋愛における成就までの焦ったい空気が好きなんであって、二人が結ばれた後の完熟期は結構です」
開かれた窓からふわりと春の香りが舞い込む。
バグバグがうっとりした顔で外を覗いた。
「暖かくなって来ましたね。クロエ様の服も新調しましょう。今度、仕立ての者をお呼びしますか?」
「仕立ての者? ……ってこの島に居るの?」
「布地は本土で仕入れる必要がありますが、裁縫が得意な者が居ますので問題ありません」
「そうなのね………」
意外にもこの島は上手く回っている。
魔王とその家臣たち、異質な彼らは自分たちでやり繰りをして豊かに暮らしている。上辺だけの会話に時間を割いて、本質なんて何も理解していなかったペルルシアでの日々を思い返す。
乙女ゲームの恋愛を叶えることは出来なかったけれど、私の人生は予想外の展開を迎えた。夜伽を頼まれた魔王とこうして一緒に食卓を囲むなんて、この城に初めて連れて来られた時には想像も出来なかったこと。
「ねぇ、バグバグ」
「どうしましたか?」
くりくりとこちらを向く赤い目を見て微笑む。
「今度旦那様を紹介して。いつもお世話になっているあなたがどんな人と暮らしているか知りたいわ」
「……もちろんです!あの、でも夫は見た目が…」
「大丈夫。心配しないで良いから」
「では私の恋人のアモスもご紹介しても?」
クジャータが嬉しそうにポケットから写真を取り出す。
映っていたのは大きな目玉にリボンを結んだ女。
「あら、あなたの恋人はあなたより目が大きいの?」
「私は小さいながら数で優ってますから。クロエ様のナイトドレスやらはすべてアモスのセレクトでございます」
「……なるほど。セクシーな方なのね」
繰り広げられる会話をギデオンは驚いた顔で見ていた。
目が合った途端にゆらりと黄色い双眼が揺れたのを見て、私は立ち上がる。椅子に座る大きな背中を後ろから包み込んで顔を覗いた。
「あなたはとっても幸せものだわ」
「幸せ者?俺が……?」
「ええ。だって、こんなに素敵な皆に愛されて育ったんだもの。これからはもっと賑やかになるかもしれないけど」
私のせいでね、と付け加えて銀色の髪を撫でてみる。
トパーズの瞳を丸くした後、魔王は目尻を下げて笑った。
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