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FiLwT
激情 1
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◇店舗地下:翡翠2◇
「ニコ。走れるか?」
ぐい。と、ニコを守るように引き寄せて小声で問いかける。顔を上げないままだったけれど、小さく頷くのが分かった。
「合図したら上へ走れ」
スイの言葉にニコが顔を上げた。やっぱり泣いている。服の袖で涙を拭ってやると、何かを言いたそうに一瞬口を開きかけて、けれど、何も言わずに彼女は口を閉じた。
スイに申し訳ないことをしているのだと、自覚があるのだろう。だから、我儘を言わずに言うとおりにするのがいいと、聡い少女は理解したのだ。
「……いい子だ」
スイ以外は誰も気づいてはいない。
恐らくこの部屋は地下室だから、防音にはさほど気を使ってはいないのだろう。それが証拠に階上のクラブ音楽の重低音が響いている。いや、それこそこの階の音を誤魔化すためにはちょうどいいのかもしれない。けれど、靴音や拍手の音で個人を特定できる耳を持っているスイにはわかった。
「覚悟はできたか?」
抵抗をやめて大人しくなったスイに井上が歩み寄ってくる。手には横にいた男から受け取った銃が握られていた。
「大丈夫。別に傷つけたりしない。大人しくしてれば……」
どん。
と、突然非常ドアの向こうから音がした。
同時に、スイは振り返ってドアを開ける。それから、ニコを放り投げるようにその中に突き飛ばした。そのまま、ドアを閉める。
自分の身はそのままに。
「行け。上にピンクの人がいるから助けてもらうんだ。そしたら、すぐにここを離れろ。お前はここにいちゃだめだ」
ドアの向こうから、ニコの声が聞こえる。名前を呼んでいるのがわかる。けれど、スイはドアを掴んだまま開けさせることはなしなかった。
数秒、そうしてドアを叩いていたニコが諦めて階上に向かったことを確認して手を離す。
「意味わかんないんだが? なんで、一緒に逃げないんだ?」
ぱん。と、また、乾いた音がしてスイの足元の床に穴が開く。
「……二人で逃げたらすぐに追いつかれる」
震えはまだ収まってはいないけれど、精一杯の強がりで、男を見据える。
「それは一人で逃がしても一緒じゃないか? 上にも見張りはいただろ?」
「上には……連れが来た」
スマートフォンの着信を目視で確認はしていない。けれど、あの着信がシロからだと、スイにはわかっていた。それは、シロの祖父である壱狼との連絡の時によく使っていた方法で、通常の着信が通じないときにその後何度か着信を重ねることで意思の疎通を図るやり方だった。
「は? ツレ?」
三回の空メールの着信は『そっちにむかう』だ。その方法を壱狼以外で知っているのはシロだけ。しかも、今スイがいる場所の見当が付いているのもシロだけだろう。
裏口を知っているかは賭けだったけれど、階上から聞こえてきた音は店舗側からにしては近かった。この場所の存在は裏社会ではとりわけ秘匿されているものでもないので、シロが知っていたとしても不思議ではない。ニコとの電話での会話から状況を予測して追いかけてくれたのだろう。
「おい。上の入り口見てこい」
井上がお付きの男に声をかける。三人のうち二人が頷いて、エレベータに向かった。しかし、△ボタンを押そうとした手はボタンには触れられなかった。
スイがナイフを投げたからだ。
「……何のために俺がここに残ったと思ってる? 行かせない」
このエレベータもしくは、階段を使わなければ、店内からあの裏口に行く方法はない。プレミアムVIPルームは店舗の一番奥にあるから、店舗側を回っていたら、かなりの時間を要する。ニコがシロと合流して逃げるくらいの時間は稼げるだろう。
「ニコ。走れるか?」
ぐい。と、ニコを守るように引き寄せて小声で問いかける。顔を上げないままだったけれど、小さく頷くのが分かった。
「合図したら上へ走れ」
スイの言葉にニコが顔を上げた。やっぱり泣いている。服の袖で涙を拭ってやると、何かを言いたそうに一瞬口を開きかけて、けれど、何も言わずに彼女は口を閉じた。
スイに申し訳ないことをしているのだと、自覚があるのだろう。だから、我儘を言わずに言うとおりにするのがいいと、聡い少女は理解したのだ。
「……いい子だ」
スイ以外は誰も気づいてはいない。
恐らくこの部屋は地下室だから、防音にはさほど気を使ってはいないのだろう。それが証拠に階上のクラブ音楽の重低音が響いている。いや、それこそこの階の音を誤魔化すためにはちょうどいいのかもしれない。けれど、靴音や拍手の音で個人を特定できる耳を持っているスイにはわかった。
「覚悟はできたか?」
抵抗をやめて大人しくなったスイに井上が歩み寄ってくる。手には横にいた男から受け取った銃が握られていた。
「大丈夫。別に傷つけたりしない。大人しくしてれば……」
どん。
と、突然非常ドアの向こうから音がした。
同時に、スイは振り返ってドアを開ける。それから、ニコを放り投げるようにその中に突き飛ばした。そのまま、ドアを閉める。
自分の身はそのままに。
「行け。上にピンクの人がいるから助けてもらうんだ。そしたら、すぐにここを離れろ。お前はここにいちゃだめだ」
ドアの向こうから、ニコの声が聞こえる。名前を呼んでいるのがわかる。けれど、スイはドアを掴んだまま開けさせることはなしなかった。
数秒、そうしてドアを叩いていたニコが諦めて階上に向かったことを確認して手を離す。
「意味わかんないんだが? なんで、一緒に逃げないんだ?」
ぱん。と、また、乾いた音がしてスイの足元の床に穴が開く。
「……二人で逃げたらすぐに追いつかれる」
震えはまだ収まってはいないけれど、精一杯の強がりで、男を見据える。
「それは一人で逃がしても一緒じゃないか? 上にも見張りはいただろ?」
「上には……連れが来た」
スマートフォンの着信を目視で確認はしていない。けれど、あの着信がシロからだと、スイにはわかっていた。それは、シロの祖父である壱狼との連絡の時によく使っていた方法で、通常の着信が通じないときにその後何度か着信を重ねることで意思の疎通を図るやり方だった。
「は? ツレ?」
三回の空メールの着信は『そっちにむかう』だ。その方法を壱狼以外で知っているのはシロだけ。しかも、今スイがいる場所の見当が付いているのもシロだけだろう。
裏口を知っているかは賭けだったけれど、階上から聞こえてきた音は店舗側からにしては近かった。この場所の存在は裏社会ではとりわけ秘匿されているものでもないので、シロが知っていたとしても不思議ではない。ニコとの電話での会話から状況を予測して追いかけてくれたのだろう。
「おい。上の入り口見てこい」
井上がお付きの男に声をかける。三人のうち二人が頷いて、エレベータに向かった。しかし、△ボタンを押そうとした手はボタンには触れられなかった。
スイがナイフを投げたからだ。
「……何のために俺がここに残ったと思ってる? 行かせない」
このエレベータもしくは、階段を使わなければ、店内からあの裏口に行く方法はない。プレミアムVIPルームは店舗の一番奥にあるから、店舗側を回っていたら、かなりの時間を要する。ニコがシロと合流して逃げるくらいの時間は稼げるだろう。
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