遠くて近い世界で

司書Y

文字の大きさ
上 下
206 / 351
Internally Flawless

01 矜持 07

しおりを挟む
「スイさん、まってよ」

 もう一度腕を掴んで、スイを止める。
 そうしてユキを見つめた翡翠色の瞳は、今度は泣きそうに潤んでいた。

「ごめん。こんな風に……喧嘩したかったわけじゃないんだけど」

 きっと、アキの前では必死で耐えていたのだと思う。スイにも譲れないものがあると、アキにも分かってほしかったんだろう。

「あの言い方は兄貴も悪いと思う。……けどさ」

 スイを引きとめる、上手な言葉が見つからなくて、ユキは口籠った。
 こういう時に自分は子供だと思う。不器用な自分がもどかしい。

「あ。いや。……その出てくとか。そういうことじゃなくて……。潜入捜査だから、警察側の人間と接触があることがばれると面倒だからと思って。最初からしばらくは家を出るつもりだったから」

 本気で出て行くつもりがないことにはほっとする。しかし、一体何時までのことになるのだろうと思うと、また、心配になる。もしこのまま、スイが何カ月も戻ってこないようなことになったら。どうすればいいのだろう。

「……スイさん」

 その情けない気持ちが伝わってしまったのか、スイが少しだけ笑いかけてくれた。

「ちゃんと、連絡はするよ」

 そう言って、その細い指が、優しく頬を撫でる。いつも通りの少し冷たいスイの指。

「あ。そうだ。……これ、住所」

 小さく折りたたんだ紙片をユキの手に握らせて、その手がそのままユキの手を握りしめる。

「ごめん。でも、俺は二人の『家政婦』でいるのは嫌なんだ。自分ができることで、二人の『仕事』の役に立てるなら、それをしたい。ちゃんと二人の仲間なんだって胸を張っていたい。だから、行くよ」

 スイは笑っていたけれど、泣いているようだった。
 スイの言いたいことも、ユキには良く分かった。だから、もう、止めることはできなかった。

「……わかった。でも、本当に気を付けて。ターゲットになるとかそういうこと抜きにしても、情報を嗅ぎまわってたら、危険なんだからな。……てか、ターゲットになれば、とりあえず傷つけられることはないかもしれないけど、警察に関係してるってバレたら、そっちのがヤバいんだから」

 スイが握った自分の右手に、左手を重ねて、少し強い口調でユキが言うと、こくり。と、素直にスイが頷いた。

「ありがと」

 寂しそうに笑ってから、背伸びしてユキの頬にキスをする。

「本当に連絡してよ?」

 そのユキの言葉にも、スイはこくり。と、頷く。

「絶対。毎日だよ?」

 念押しすると、ようやく寂しそうにではなく、少しおかしそうに笑ってくれた。

「わかった。ちゃんと、連絡する」

 その頬に手を触れて、少し上を向かせてから、キスをする。唇は少し冷たかった。

「じゃ、行ってきます」

 出て行く間際の言葉が、『行ってきます』だったことに、少しだけ救われた気がするユキだった。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

眠れる獅子は生きるために剣を握る

BL / 連載中 24h.ポイント:441pt お気に入り:25

異世界に行ったらオカン属性のイケメンしかいなかった

BL / 連載中 24h.ポイント:276pt お気に入り:199

【R18】あかがねの女剣士と、夢魔の呪い

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:56pt お気に入り:278

待ち遠しかった卒業パーティー

恋愛 / 完結 24h.ポイント:3,267pt お気に入り:1,292

気づいたら転生悪役令嬢だったので、メイドにお仕置きしてもらいます!

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:433pt お気に入り:6

浮気αと絶許Ω~裏切りに激怒したオメガの復讐~

BL / 連載中 24h.ポイント:27,165pt お気に入り:553

処理中です...