205 / 351
Internally Flawless
01 矜持 06
しおりを挟む
◇冬生◇
ばたん。と、スイの部屋のドアが閉まる。その背中に声をかけても、彼が振り返ることはなかった。
かなり思いつめた顔をしていたのが、とても心配になる。
「兄貴、言いすぎだって」
アキを振り返って、ユキは言った。
スイは、怒っているというより傷ついているように見えた。兄が心配性なのは知っている。特に、スイのことになると殆ど束縛しているといってもいい。今回のこともまるでスイが世間知らずのお姫様だと言っているように聞こえた。
「そんなことわかってる」
むっとしたように、ユキに背を向けて、キッチンを出て、アキはまだ着たままだったコートを脱いだ。それから、それをリビングのソファに投げ出す。
「分かってないよ。あんな言い方じゃ、スイさん素直になれるわけないだろ」
アキの言い方は、まるで、スイを焚きつけていたようだった。スイが納得できないことに対して酷く頑ななところがあると、知っているはずなのに。
彼には彼なりに今までの仕事に対しての自負があるし、こんな危険な街で、その裏社会で彼は彼なりの方法で生き延びてきたのだ。それを否定されて、気分がいいわけがないと思う。
「じゃ、お前はいいのか?」
振り返ったアキは真剣そのものだった。
「今回の相手は、正直相手の全体像が全く見えない。少なくとも四犀会や菱川みたいなヤクザじゃない。けど、ここ数年だけで、わかる範囲でも10人以上行方不明者を出している。しかも、警察に気付かれないだけの用心深さと周到さと大胆さを全て兼ね備えた相手だ。それがどんなことなのか分かってるのか?」
それは、ただ心配性とか、そんな話ではなかった。
それは、アキの最大の長所。
慎重であること、用心深いこと。彼が彼の育ての親に徹底的に教え込まれたことだった。
「スイさんは簡単に大丈夫だっていうけど、俺や、お前なら、本気で1分あれば、スイさんを黙らせることくらいできる。そんなヤツが『敵側』にいないとどうして言い切れる?」
そこまで言ってから、アキは辛そうに目を伏せる。
「あの人は本当に、自分のことわかってないだろ? や。弱いって意味じゃねーよ。あの人の仕草の一つにどんだけ周りが夢中かなんて、まったくわかってねーんだよ」
ユキには、アキの気持ちがよくわかった。
仕事が危険だということも、スイが自分自身の魅力に全く無頓着だということも。
でも、やっぱり、アキの言い方は間違っていたと思う。ちゃんと初めから全部説明すれば、スイは分かってくれるんじゃないだろうか。
「兄貴……わかるけどさ……。」
ユキが言いかけた時だった。
かちゃ。と小さな音がして、スイの部屋のドアが開く。
「スイさん」
出てきたスイは、さっきまでの部屋着ではなく、外出着を着ていた。背中にはPC用のバッグを背負っている。恐らく中には愛用のPCが入っているのだと思う。それだけではなくて、彼は大振りのスポーツバッグを持っていた。
「……しばらく、会場の近くの部屋にいるから」
表情が読み取れない。スイが不機嫌な時に見せる顔。怒った顔や、悲しい顔ではなくて、殆ど感情が籠らない表情だ。
「ちょっ……それって出てくってこと?」
ドアを開けて、出て行こうとするその腕を掴んで止める。
ちらと、アキを窺うと、酷く険しい顔をしていた。それでも、何も言わない。
「……この件が片付くまでは……帰らない」
そのアキを感情の籠らない瞳で見つめてから、一瞬。ほんの一瞬だけ苦しそうに顔を歪めて、スイはユキの手にそっと触れて、離れさせた。
「じゃあ」
そう言って、振り切るようにリビングを出て行く。その背中がいつもより小さく見える。
「スイさん」
反応しようとしないアキを置いて、ユキも、リビングを出た。
ばたん。と、スイの部屋のドアが閉まる。その背中に声をかけても、彼が振り返ることはなかった。
かなり思いつめた顔をしていたのが、とても心配になる。
「兄貴、言いすぎだって」
アキを振り返って、ユキは言った。
スイは、怒っているというより傷ついているように見えた。兄が心配性なのは知っている。特に、スイのことになると殆ど束縛しているといってもいい。今回のこともまるでスイが世間知らずのお姫様だと言っているように聞こえた。
「そんなことわかってる」
むっとしたように、ユキに背を向けて、キッチンを出て、アキはまだ着たままだったコートを脱いだ。それから、それをリビングのソファに投げ出す。
「分かってないよ。あんな言い方じゃ、スイさん素直になれるわけないだろ」
アキの言い方は、まるで、スイを焚きつけていたようだった。スイが納得できないことに対して酷く頑ななところがあると、知っているはずなのに。
彼には彼なりに今までの仕事に対しての自負があるし、こんな危険な街で、その裏社会で彼は彼なりの方法で生き延びてきたのだ。それを否定されて、気分がいいわけがないと思う。
「じゃ、お前はいいのか?」
振り返ったアキは真剣そのものだった。
「今回の相手は、正直相手の全体像が全く見えない。少なくとも四犀会や菱川みたいなヤクザじゃない。けど、ここ数年だけで、わかる範囲でも10人以上行方不明者を出している。しかも、警察に気付かれないだけの用心深さと周到さと大胆さを全て兼ね備えた相手だ。それがどんなことなのか分かってるのか?」
それは、ただ心配性とか、そんな話ではなかった。
それは、アキの最大の長所。
慎重であること、用心深いこと。彼が彼の育ての親に徹底的に教え込まれたことだった。
「スイさんは簡単に大丈夫だっていうけど、俺や、お前なら、本気で1分あれば、スイさんを黙らせることくらいできる。そんなヤツが『敵側』にいないとどうして言い切れる?」
そこまで言ってから、アキは辛そうに目を伏せる。
「あの人は本当に、自分のことわかってないだろ? や。弱いって意味じゃねーよ。あの人の仕草の一つにどんだけ周りが夢中かなんて、まったくわかってねーんだよ」
ユキには、アキの気持ちがよくわかった。
仕事が危険だということも、スイが自分自身の魅力に全く無頓着だということも。
でも、やっぱり、アキの言い方は間違っていたと思う。ちゃんと初めから全部説明すれば、スイは分かってくれるんじゃないだろうか。
「兄貴……わかるけどさ……。」
ユキが言いかけた時だった。
かちゃ。と小さな音がして、スイの部屋のドアが開く。
「スイさん」
出てきたスイは、さっきまでの部屋着ではなく、外出着を着ていた。背中にはPC用のバッグを背負っている。恐らく中には愛用のPCが入っているのだと思う。それだけではなくて、彼は大振りのスポーツバッグを持っていた。
「……しばらく、会場の近くの部屋にいるから」
表情が読み取れない。スイが不機嫌な時に見せる顔。怒った顔や、悲しい顔ではなくて、殆ど感情が籠らない表情だ。
「ちょっ……それって出てくってこと?」
ドアを開けて、出て行こうとするその腕を掴んで止める。
ちらと、アキを窺うと、酷く険しい顔をしていた。それでも、何も言わない。
「……この件が片付くまでは……帰らない」
そのアキを感情の籠らない瞳で見つめてから、一瞬。ほんの一瞬だけ苦しそうに顔を歪めて、スイはユキの手にそっと触れて、離れさせた。
「じゃあ」
そう言って、振り切るようにリビングを出て行く。その背中がいつもより小さく見える。
「スイさん」
反応しようとしないアキを置いて、ユキも、リビングを出た。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
8
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる