悪魔に捧げた願い

さき

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王子様との秘め事。

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◆◇◆

 月光が降る庭園。淡い香りの花々に囲まれながら、わたしたちは並んで腰かけていた。

 リオネル王子の横顔が、ほんの少しだけこちらを向いている。

「……ずっと、気になっていたんだ」

 静かに落ちた声は、柔らかく、けれど真っ直ぐだった。

「どうして、君は……この一年、まったく姿を見せなかったんだい?みんな、君の妹君に聞いてもいつもはぐらかされるばかりだった」

 王子の碧の瞳が、夜の光をたたえて揺れている。

「体調が悪そうには見えないし、話し下手という印象もない。パーティーが嫌いというだけでわがままを通す令嬢にも見えないんだが…」

 わたしはゆっくりと王子の方を向いた。

 そして――ほんの少しだけ、寂しげに笑ってみせた。

「……わたしが言えることは、たったひとつだけ」

 瞳を伏せ、そっと唇を綻ばせる。

「わたしが“決めているわけではない”ということです」

 王子の眉がぴくりと動いた。食いついた。――思った通り。

「それって……どういうこと?」

「……言えませんわ」

 わたしは、やんわりと首を振った。

 期待を抱かせておいて、絶妙に拒む。引き寄せて、手を離す。男の心が一番揺れる瞬間。

「でも――気になるなら、調べてみてもいいかもしれませんね」

「調べる……?」

「ええ。王子様なら、できるのでしょう?」

 そう告げて、にこりと微笑む。問いの続きを、切り落とすように。

「なんて、ふふ、それより……今の時間を楽しみませんか?」

 冗談ですとばかりに笑う私を王子の目が、明らかに揺れたまま、見つめていた。

 疑問を抱いたまま、けれど、わたしから目を離せない。――その揺らぎ。

(ふふ、いい子。もっと迷って。もっとわたしを気にして)

 王子は結局、それ以上なにも聞かず、話題を変えた。
 庭に咲いた花の話、読んだ書物、子どもの頃の失敗談。

 その声を聞きながら、わたしは静かに――“ある言葉”を思い出していた。

 

 ――「お嬢様、どうかお逃げください」

 泣きそうな瞳で、手を離せずにいた女――クラリス。

 幼き頃ただひとり、わたしに“人間らしい”目を向けてくれた侍女だ。

 けれど、クラリスは私に優しくしていたという理由で解雇されてしまった。


 別れ際――震える声で、彼女はこう言った。

 「お嬢様、どうかお逃げください。この家の者を信じてはなりません……。あなたは……っっ、
幼きあなたになんて言ったらいいのか………
そうだ、そう、あなたは…す、捨て子なのです。そして、政略結婚のための“駒”として育てられているのです。だから……だから、どうか、逃げてください」


(あの時……クラリスは知っていたんだ。言葉を濁し私が動揺しないように政略結婚の駒と表現していたが、あの言い方はどう考えても贄とされる事を知っていたのだ。でもどうやって“それ”を知ったのか)

 あの儀式の日にいた侍女たちは末端とはいえスザンヌ家の親類にあたるもの達だったからこそ儀式の存在を知るのも当然。けれど、クラリスだけは違った。彼女は、知っていた――、でも何故?

(ならば……再び彼女が屋敷に来る時、それは“突破口”になり得る。
確か、来月には“見習い”として入ってきたはずだ)

 王子の話す声を聞きながら、わたしはそっと視線を下げる。

(そして、王子様。あなたがもし本当に、わたしを“気にする”のなら、王家の密偵を送り込むくらい、造作もないはずでしょう?)

 王子がふと笑った。その笑顔は、明らかにさっきの会話を引きずっている。

(いいわ。もっと気になって。わたしの“何が”隠されているのか。あなたが真実に手に入れれば、私の未来は変えられるのだから)

 
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