14 / 22
王子様との秘め事。
しおりを挟む
◆◇◆
月光が降る庭園。淡い香りの花々に囲まれながら、わたしたちは並んで腰かけていた。
リオネル王子の横顔が、ほんの少しだけこちらを向いている。
「……ずっと、気になっていたんだ」
静かに落ちた声は、柔らかく、けれど真っ直ぐだった。
「どうして、君は……この一年、まったく姿を見せなかったんだい?みんな、君の妹君に聞いてもいつもはぐらかされるばかりだった」
王子の碧の瞳が、夜の光をたたえて揺れている。
「体調が悪そうには見えないし、話し下手という印象もない。パーティーが嫌いというだけでわがままを通す令嬢にも見えないんだが…」
わたしはゆっくりと王子の方を向いた。
そして――ほんの少しだけ、寂しげに笑ってみせた。
「……わたしが言えることは、たったひとつだけ」
瞳を伏せ、そっと唇を綻ばせる。
「わたしが“決めているわけではない”ということです」
王子の眉がぴくりと動いた。食いついた。――思った通り。
「それって……どういうこと?」
「……言えませんわ」
わたしは、やんわりと首を振った。
期待を抱かせておいて、絶妙に拒む。引き寄せて、手を離す。男の心が一番揺れる瞬間。
「でも――気になるなら、調べてみてもいいかもしれませんね」
「調べる……?」
「ええ。王子様なら、できるのでしょう?」
そう告げて、にこりと微笑む。問いの続きを、切り落とすように。
「なんて、ふふ、それより……今の時間を楽しみませんか?」
冗談ですとばかりに笑う私を王子の目が、明らかに揺れたまま、見つめていた。
疑問を抱いたまま、けれど、わたしから目を離せない。――その揺らぎ。
(ふふ、いい子。もっと迷って。もっとわたしを気にして)
王子は結局、それ以上なにも聞かず、話題を変えた。
庭に咲いた花の話、読んだ書物、子どもの頃の失敗談。
その声を聞きながら、わたしは静かに――“ある言葉”を思い出していた。
――「お嬢様、どうかお逃げください」
泣きそうな瞳で、手を離せずにいた女――クラリス。
幼き頃ただひとり、わたしに“人間らしい”目を向けてくれた侍女だ。
けれど、クラリスは私に優しくしていたという理由で解雇されてしまった。
別れ際――震える声で、彼女はこう言った。
「お嬢様、どうかお逃げください。この家の者を信じてはなりません……。あなたは……っっ、
幼きあなたになんて言ったらいいのか………
そうだ、そう、あなたは…す、捨て子なのです。そして、政略結婚のための“駒”として育てられているのです。だから……だから、どうか、逃げてください」
(あの時……クラリスは知っていたんだ。言葉を濁し私が動揺しないように政略結婚の駒と表現していたが、あの言い方はどう考えても贄とされる事を知っていたのだ。でもどうやって“それ”を知ったのか)
あの儀式の日にいた侍女たちは末端とはいえスザンヌ家の親類にあたるもの達だったからこそ儀式の存在を知るのも当然。けれど、クラリスだけは違った。彼女は、知っていた――、でも何故?
(ならば……再び彼女が屋敷に来る時、それは“突破口”になり得る。
確か、来月には“見習い”として入ってきたはずだ)
王子の話す声を聞きながら、わたしはそっと視線を下げる。
(そして、王子様。あなたがもし本当に、わたしを“気にする”のなら、王家の密偵を送り込むくらい、造作もないはずでしょう?)
王子がふと笑った。その笑顔は、明らかにさっきの会話を引きずっている。
(いいわ。もっと気になって。わたしの“何が”隠されているのか。あなたが真実に手に入れれば、私の未来は変えられるのだから)
月光が降る庭園。淡い香りの花々に囲まれながら、わたしたちは並んで腰かけていた。
リオネル王子の横顔が、ほんの少しだけこちらを向いている。
「……ずっと、気になっていたんだ」
静かに落ちた声は、柔らかく、けれど真っ直ぐだった。
「どうして、君は……この一年、まったく姿を見せなかったんだい?みんな、君の妹君に聞いてもいつもはぐらかされるばかりだった」
王子の碧の瞳が、夜の光をたたえて揺れている。
「体調が悪そうには見えないし、話し下手という印象もない。パーティーが嫌いというだけでわがままを通す令嬢にも見えないんだが…」
わたしはゆっくりと王子の方を向いた。
そして――ほんの少しだけ、寂しげに笑ってみせた。
「……わたしが言えることは、たったひとつだけ」
瞳を伏せ、そっと唇を綻ばせる。
「わたしが“決めているわけではない”ということです」
王子の眉がぴくりと動いた。食いついた。――思った通り。
「それって……どういうこと?」
「……言えませんわ」
わたしは、やんわりと首を振った。
期待を抱かせておいて、絶妙に拒む。引き寄せて、手を離す。男の心が一番揺れる瞬間。
「でも――気になるなら、調べてみてもいいかもしれませんね」
「調べる……?」
「ええ。王子様なら、できるのでしょう?」
そう告げて、にこりと微笑む。問いの続きを、切り落とすように。
「なんて、ふふ、それより……今の時間を楽しみませんか?」
冗談ですとばかりに笑う私を王子の目が、明らかに揺れたまま、見つめていた。
疑問を抱いたまま、けれど、わたしから目を離せない。――その揺らぎ。
(ふふ、いい子。もっと迷って。もっとわたしを気にして)
王子は結局、それ以上なにも聞かず、話題を変えた。
庭に咲いた花の話、読んだ書物、子どもの頃の失敗談。
その声を聞きながら、わたしは静かに――“ある言葉”を思い出していた。
――「お嬢様、どうかお逃げください」
泣きそうな瞳で、手を離せずにいた女――クラリス。
幼き頃ただひとり、わたしに“人間らしい”目を向けてくれた侍女だ。
けれど、クラリスは私に優しくしていたという理由で解雇されてしまった。
別れ際――震える声で、彼女はこう言った。
「お嬢様、どうかお逃げください。この家の者を信じてはなりません……。あなたは……っっ、
幼きあなたになんて言ったらいいのか………
そうだ、そう、あなたは…す、捨て子なのです。そして、政略結婚のための“駒”として育てられているのです。だから……だから、どうか、逃げてください」
(あの時……クラリスは知っていたんだ。言葉を濁し私が動揺しないように政略結婚の駒と表現していたが、あの言い方はどう考えても贄とされる事を知っていたのだ。でもどうやって“それ”を知ったのか)
あの儀式の日にいた侍女たちは末端とはいえスザンヌ家の親類にあたるもの達だったからこそ儀式の存在を知るのも当然。けれど、クラリスだけは違った。彼女は、知っていた――、でも何故?
(ならば……再び彼女が屋敷に来る時、それは“突破口”になり得る。
確か、来月には“見習い”として入ってきたはずだ)
王子の話す声を聞きながら、わたしはそっと視線を下げる。
(そして、王子様。あなたがもし本当に、わたしを“気にする”のなら、王家の密偵を送り込むくらい、造作もないはずでしょう?)
王子がふと笑った。その笑顔は、明らかにさっきの会話を引きずっている。
(いいわ。もっと気になって。わたしの“何が”隠されているのか。あなたが真実に手に入れれば、私の未来は変えられるのだから)
0
あなたにおすすめの小説
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
愛していました。待っていました。でもさようなら。
彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。
やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。
無能妃候補は辞退したい
水綴(ミツヅリ)
ファンタジー
貴族の嗜み・教養がとにかく身に付かず、社交会にも出してもらえない無能侯爵令嬢メイヴィス・ラングラーは、死んだ姉の代わりに15歳で王太子妃候補として王宮へ迎え入れられる。
しかし王太子サイラスには周囲から正妃最有力候補と囁かれる公爵令嬢クリスタがおり、王太子妃候補とは名ばかりの茶番レース。
帰る場所のないメイヴィスは、サイラスとクリスタが正式に婚約を発表する3年後までひっそりと王宮で過ごすことに。
誰もが不出来な自分を見下す中、誰とも関わりたくないメイヴィスはサイラスとも他の王太子妃候補たちとも距離を取るが……。
果たしてメイヴィスは王宮を出られるのか?
誰にも愛されないひとりぼっちの無気力令嬢が愛を得るまでの話。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。
愚者による愚行と愚策の結果……《完結》
アーエル
ファンタジー
その愚者は無知だった。
それが転落の始まり……ではなかった。
本当の愚者は誰だったのか。
誰を相手にしていたのか。
後悔は……してもし足りない。
全13話
☆他社でも公開します
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる