悪魔に捧げた願い

さき

文字の大きさ
16 / 22

ディアブロとの関係性。

しおりを挟む
◆◇◆

 ある日のことだった。

「フィーナ。少しの間、姿を消す……サバトだ」

 ディアブロは、いつものように部屋の暗がりから現れ、肩をすくめた。

「面倒な集まりだが、出席しなければならない決まりでね」

「……そっか。行ってらっしゃい」

 わたしは微笑んで見せたけれど、心の奥に、冷たい風が吹き抜けていくような感覚が残った。

 部屋にひとり残されたわたしは、思わずつぶやく。

「ディアブロ……もう、行った?」

 返事は、もちろんない。

「ふふ……何やってるんだろ、私」

 誰もいない部屋でぽつりと声を出す自分が、ひどく滑稽に思えて、そっと唇を噛んだ。

(ああ、私――依存してるんだ、あの悪魔に)

 知らず知らずのうちに、寂しさを埋めるように彼に語りかけていた。心を許し、寄りかかっていた。

(それは許されない。私は……復讐のためだけに契約したはずなのに)

 


◆◇◆

 一方その頃――

 悪魔たちの集う“黒のサバト”では、ディアブロの登場にざわめきが広がっていた。

「おい、本当に来たぞ! ディアブロだ!」

「人間界で“贄”と戯れてるって噂、マジなんかね?」

「ディアブロ様…本当に素敵…今日は誰が持ち帰られるのかしら」

「わたしあの方になら何をされてもいいわ」


 艶やかな黒い羽根を持つ悪魔たちがざわつき、女たちは黄色い声を上げながら名を呼ぶ。

 だがディアブロは一切目もくれず、玉座のような椅子にふんぞり返った。

 その姿に、ある古参の悪魔がゆっくりと近づいてくる。

「……相変わらず、派手な登場だな。だが今回は、少々様子が違うようだ」

 男は低く笑いながら続けた。

「噂では、お前が契約した家が約束を破ったとかで、その報復に“贄”を使って遊んでるって話だった。そこまでは、お前らしいって皆笑ってたが――」

 男の声色が変わる。

「……人間界で、お前を見たって奴がいた。“贄”を守るような目で見ていた、と。信じがたいが、実は俺も見たんだ――その顔を」

 ディアブロの眉がわずかに動いた。

「それがどうした。何が言いたい」

「まさかとは思うが……贄に肩入れしてるんじゃないか? ――エルフィンのようにな」

 空気が一瞬、凍りつく。エルフィンは人間に恋をしてー、

 “羽落とし”をした悪魔だ。

 悪魔にとってそれは、最大の裏切り。力の象徴である羽根を捨て、人間になるという恥辱の極み。

 その名を出した瞬間、ディアブロの周囲に凄まじい魔力の渦が巻き起こった。

「……誰に口をきいてる?」

 その声は、空間を切り裂くほどに冷たく低い。

「ま、待て、ディアブロ。俺はただ、お前があの“人間”に――」

「黙れ」

 低く呟いた瞬間、空間が弾け、男は膝をついて呻いた。魔力に押さえつけられ、全身を焼かれるような苦痛に、声すら出せない。

 他の悪魔たちが息を呑む中、ディアブロは冷えた声で告げた。

「俺が“誰をどう扱おう”が、お前に関係があるとでも?」

 やがて力を緩めると、男は肩で息をしながら、かすれた声で呟く。

「す、すまん……俺の勘違いだった。お前ほどの悪魔が、そんなはずないよな……」

 ディアブロはそれ以上なにも言わず、冷たい笑みを浮かべながら立ち上がる。

「興が醒めた。もう帰る」

 そのまま、サバトの場を後にした。

 

◆◇◆

 ――だが。

 彼は、すぐにはフィーナのもとへ戻れなかった。

 胸の奥に渦巻く苛立ちと、戸惑いと、妙な空虚感。

(俺が……フィーナに? 冗談だ)

 人間なんて、玩具にすぎない。利用し、終われば捨てるもの。フィーナに対しては、“贄”として魂が熟れれば熟れるほど旨味が増すと目をかけているだけ――そう、ただそれだけのはずだった。

 それなのに、あの言葉が――なぜか、引っかかって離れない。

 

◆◇◆

 数日後。ようやくスザンヌ家へ戻ったディアブロは、笑顔で出迎えたフィーナを見て、一瞬、胸がゆるむのを感じた。

 安堵している自分に、すぐに気づく。

(……笑ってんじゃねぇよ、俺)

 その感情が気に入らなくて、わざと冷たく笑い返した。いつもより、わざとらしく距離を置くように。

 フィーナは、すぐにその異変に気づいた。

(……ディアブロ、様子が変)

 けれど、問いただすことはしなかった。ただ、気づかぬふりをして――黙って受け入れた。

 

 そして――その翌日。

「失礼します。新しい侍女見習い、サナと申します。本日よりフィーナ様とアンナ様の補佐につかせていただきます」

 茶色い髪の静かな瞳を持つ少女が、丁寧に頭を下げる。

 その直後、どこか懐かしい声が、背後から聞こえた。

「初めまして、お嬢様。私はクラリスと申します。基本的にはお部屋の掃除やお食事の配膳を担当いたしますので、頻繁に出入りさせていただくことになります。どうぞ、よろしくお願いいたします」

 前回はクラリスが、私とアンナの補佐として“見習い”の立場だった。

 だが今回は、その役目が“サナ”に変わっていた。

(つまり――そういうことね。この“サナ”という子……この子が王子様の“密偵”)

 クラリスは補佐の任を外れ、暮らしを支える役に。代わって現れた見慣れぬ少女。整いすぎた礼儀、無駄のない動き――見ればわかる。

 今、すべての駒が――再び、揃い始めている。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

無能妃候補は辞退したい

水綴(ミツヅリ)
ファンタジー
貴族の嗜み・教養がとにかく身に付かず、社交会にも出してもらえない無能侯爵令嬢メイヴィス・ラングラーは、死んだ姉の代わりに15歳で王太子妃候補として王宮へ迎え入れられる。 しかし王太子サイラスには周囲から正妃最有力候補と囁かれる公爵令嬢クリスタがおり、王太子妃候補とは名ばかりの茶番レース。 帰る場所のないメイヴィスは、サイラスとクリスタが正式に婚約を発表する3年後までひっそりと王宮で過ごすことに。 誰もが不出来な自分を見下す中、誰とも関わりたくないメイヴィスはサイラスとも他の王太子妃候補たちとも距離を取るが……。 果たしてメイヴィスは王宮を出られるのか? 誰にも愛されないひとりぼっちの無気力令嬢が愛を得るまでの話。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

愚者による愚行と愚策の結果……《完結》

アーエル
ファンタジー
その愚者は無知だった。 それが転落の始まり……ではなかった。 本当の愚者は誰だったのか。 誰を相手にしていたのか。 後悔は……してもし足りない。 全13話 ‪☆他社でも公開します

処理中です...