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王子様との密会。
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◆◇◆
その夜、屋敷は静寂に包まれていた。
すべての灯が落ち、侍女たちの足音も遠のいたころ――わたしの部屋の扉が、そっとノックされた。
「……お嬢様、サナです。ご準備を」
囁くような声に小さく頷き、わたしは外套を羽織る。
床をきしませぬよう忍び足で廊下を抜けると、サナはすでに屋敷の裏手へと続く通路を開けて待っていた。手には、薄明かりのランタン。
「すぐ近くの森の外れにて、我が主が待たれています」
わたしは深くフードを被り、サナの背に続いて夜の闇へと足を踏み出した。
◆◇◆
そう、今夜――わたしはリオネル王子と、密かに会う。
サナに返事を託したあの日。彼はこの夜を選んだ。
森の風は冷たく、葉擦れの音が不安を誘う。けれど、わたしの足取りに迷いはなかった。
やがて、月明かりを背に黒い外套を纏い、静かに立つ青年の姿が見えた。風に揺れる銀金の髪と、どこか切なげな横顔。
「……フィーナ」
その声は、まるでずっと焦がれていたかのように優しくて、苦しくて。
「王子様……」
「リオネルって呼んで。今は“君のために来た男”でいたいから」
思わず、息を呑む。
わたしが頷くと、彼はそっと手を伸ばしかけて――けれど触れず、静かに言った。
「……来てくれて、ありがとう」
「……こちらこそ」
それだけの言葉が、どうしてこんなにも胸に沁みるのだろう。
ふたりは、森の外れにある古びた石造りの井戸のそばに腰を下ろす。手が触れそうで触れない距離。沈黙の中に、安心と緊張が交差する。
「サナから聞いた。……君の家での扱い、やはりおかしい。長女として存在しているのに、外では何故か隠すような形跡がある」
「……その通りです」
「なぜ、そんなことを?」
リオネルの問いに、わたしは少し唇を噛み、作り話を混ぜた。
「この前、兄様が不思議なことを言ってました。“フィーナは贄なんかじゃない。俺の妹だから、絶対守ってやる”って……」
ふっと笑って見せる。
「贄って……なんなんでしょうね。わたしって、なんなんでしょう」
そう、これは嘘。兄様はそんなこと、まだ口にしていない。けれど――彼に真実を掴んでほしかったからこそのヒントだ。
「君の過去に何があっても……今ここで生きている君は、ちゃんと“存在している”。僕にとっては、それがすべてだよ」
そう言って、彼は小さな包みを差し出してきた。
「これは、僕が小さい頃、辛い時に祖母がくれたお守り。乾いたラベンダーと月光草。これを持っていると、安心するんだって」
包みを受け取り、そっと香りを嗅ぐ。ふわりと優しい香りが広がり、胸の奥に小さな温もりが宿った。
「……ありがとう」
「フィーナ。もし、君が許してくれるなら……これからも、こうして会いたい」
その言葉に、わたしは自然と頷いていた。
「……わたしも、そう思っていたところです」
微笑み返すと、リオネルも静かに笑った。
彼の瞳が優しく揺れていた。その温かさに、胸が締めつけられる。
(――彼を、利用しているのに)
罪悪感が胸をよぎる。
夜風が木々を揺らすなか、ふたりの影は寄り添い――
誰にも知られず、ただ一夜限りの、静かな時間が流れていった。
◆◇◆
翌朝。
まだ人影の少ない早朝の廊下で、わたしはサナを呼び止めた。
リオネルとの密会だけではない。彼女には、もうひとつ頼まなければならないことがあった。
「サナ……お願いがあるの。クラリスを、この屋敷から離れさせてほしいの」
サナは一瞬、眉をひそめた。
「……何か、問題でも?」
わたしは首を振る。けれど、その瞳に込めた意思は揺るぎなかった。
「彼女は……優しすぎるの。何も知らないまま、私を助けようとしてくれている。だから、このままだと巻き込まれてしまう」
「巻き込まれる……?」
「きっと、真実に辿り着こうとしてしまう。もしそうなったら……彼女は傷ついてしまう。だから、今はまだ離れていてほしいの。あのままのクラリスでいてほしいの」
わたしの声に迷いはなかった。
サナは静かに視線を落とし、やがて頷いた。
「……わかりました。上手くやってみます」
「ありがとう……本当に」
声がわずかに震えたのを、サナは気づかなかったふりをしてくれた。
(クラリス。これは、あなたを守るための選択なの)
心の奥に、淡く痛みが灯る。
それでも、迷いはなかった。
その夜、屋敷は静寂に包まれていた。
すべての灯が落ち、侍女たちの足音も遠のいたころ――わたしの部屋の扉が、そっとノックされた。
「……お嬢様、サナです。ご準備を」
囁くような声に小さく頷き、わたしは外套を羽織る。
床をきしませぬよう忍び足で廊下を抜けると、サナはすでに屋敷の裏手へと続く通路を開けて待っていた。手には、薄明かりのランタン。
「すぐ近くの森の外れにて、我が主が待たれています」
わたしは深くフードを被り、サナの背に続いて夜の闇へと足を踏み出した。
◆◇◆
そう、今夜――わたしはリオネル王子と、密かに会う。
サナに返事を託したあの日。彼はこの夜を選んだ。
森の風は冷たく、葉擦れの音が不安を誘う。けれど、わたしの足取りに迷いはなかった。
やがて、月明かりを背に黒い外套を纏い、静かに立つ青年の姿が見えた。風に揺れる銀金の髪と、どこか切なげな横顔。
「……フィーナ」
その声は、まるでずっと焦がれていたかのように優しくて、苦しくて。
「王子様……」
「リオネルって呼んで。今は“君のために来た男”でいたいから」
思わず、息を呑む。
わたしが頷くと、彼はそっと手を伸ばしかけて――けれど触れず、静かに言った。
「……来てくれて、ありがとう」
「……こちらこそ」
それだけの言葉が、どうしてこんなにも胸に沁みるのだろう。
ふたりは、森の外れにある古びた石造りの井戸のそばに腰を下ろす。手が触れそうで触れない距離。沈黙の中に、安心と緊張が交差する。
「サナから聞いた。……君の家での扱い、やはりおかしい。長女として存在しているのに、外では何故か隠すような形跡がある」
「……その通りです」
「なぜ、そんなことを?」
リオネルの問いに、わたしは少し唇を噛み、作り話を混ぜた。
「この前、兄様が不思議なことを言ってました。“フィーナは贄なんかじゃない。俺の妹だから、絶対守ってやる”って……」
ふっと笑って見せる。
「贄って……なんなんでしょうね。わたしって、なんなんでしょう」
そう、これは嘘。兄様はそんなこと、まだ口にしていない。けれど――彼に真実を掴んでほしかったからこそのヒントだ。
「君の過去に何があっても……今ここで生きている君は、ちゃんと“存在している”。僕にとっては、それがすべてだよ」
そう言って、彼は小さな包みを差し出してきた。
「これは、僕が小さい頃、辛い時に祖母がくれたお守り。乾いたラベンダーと月光草。これを持っていると、安心するんだって」
包みを受け取り、そっと香りを嗅ぐ。ふわりと優しい香りが広がり、胸の奥に小さな温もりが宿った。
「……ありがとう」
「フィーナ。もし、君が許してくれるなら……これからも、こうして会いたい」
その言葉に、わたしは自然と頷いていた。
「……わたしも、そう思っていたところです」
微笑み返すと、リオネルも静かに笑った。
彼の瞳が優しく揺れていた。その温かさに、胸が締めつけられる。
(――彼を、利用しているのに)
罪悪感が胸をよぎる。
夜風が木々を揺らすなか、ふたりの影は寄り添い――
誰にも知られず、ただ一夜限りの、静かな時間が流れていった。
◆◇◆
翌朝。
まだ人影の少ない早朝の廊下で、わたしはサナを呼び止めた。
リオネルとの密会だけではない。彼女には、もうひとつ頼まなければならないことがあった。
「サナ……お願いがあるの。クラリスを、この屋敷から離れさせてほしいの」
サナは一瞬、眉をひそめた。
「……何か、問題でも?」
わたしは首を振る。けれど、その瞳に込めた意思は揺るぎなかった。
「彼女は……優しすぎるの。何も知らないまま、私を助けようとしてくれている。だから、このままだと巻き込まれてしまう」
「巻き込まれる……?」
「きっと、真実に辿り着こうとしてしまう。もしそうなったら……彼女は傷ついてしまう。だから、今はまだ離れていてほしいの。あのままのクラリスでいてほしいの」
わたしの声に迷いはなかった。
サナは静かに視線を落とし、やがて頷いた。
「……わかりました。上手くやってみます」
「ありがとう……本当に」
声がわずかに震えたのを、サナは気づかなかったふりをしてくれた。
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それでも、迷いはなかった。
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