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アンナの癇癪をきっかけに。
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◆◇◆
クラリスとの別れから数日が過ぎたある午後、屋敷にはどこか冷たい空気が漂っていた。
静まり返った廊下に、突如アンナの怒声が響く。
「お姉さまなんて大っ嫌い! ずるい、全部ずるいのよ!」
突然の怒鳴り声と共に、アンナが怒りに任せて私に突進してくる。何がきっかけかは分からない。けれど、こうした癇癪はこれまでにも何度もあった。
「アンナ、落ち着いて…!」
宥めようとしたその瞬間、彼女の小さな手が私の胸元を叩いた。
ほんの軽い力だったはずなのに、私はふと足を滑らせた。廊下の窓は半開きで、バランスを崩した身体が吸い寄せられるようにそちらへと傾いていく。
(まさか……?)
二階から落ちる。石畳の庭へ。体が宙を舞い、恐怖で喉が凍る――
その瞬間、世界がぴたりと止まった。
風も音も、全てが凍りついたような静寂。私は宙に浮いたまま、時間の狭間に取り残されていた。
そして、その中で聞こえてくる、低く艶のある声。
「……本当に、面倒くさい女だな」
優しくも冷たい手が、私の身体をしっかりと抱き留めた。黒衣をまとい、深紅の瞳が月の光を受けて輝く。
ディアブロ――わたしの契約相手、悪魔。
「――ふっ、また死にかけて……ほんと、学ばねぇ女だ」
苦笑するように囁いた彼の指先から、時を織り戻す魔力の波が広がっていく。
◆◇◆
次の瞬間、私は廊下に尻もちをついていた。
開いた窓のそば。何事もなかったかのように。
アンナは少し離れた場所で立ち尽くし、戸惑った顔のまま私を見つめていた。
「あ……アンナは、悪くないから」
アンナは顔を真っ赤にしてくるりと背を向け、何も言わずに走り去っていった。
◆◇◆
その夜。
私は部屋で、じっと待っていた。
「……ディアブロ?」
名を呼ぶと、静かに闇が揺れ、黒衣の影が現れた。
「なんだよ」
「やっと、普通に話してくれるようになったのね」
「別に。そんなつもりはなかったけどな。
……勝手に死ぬのは、許さねぇぞ。お前の魂は、俺のもんなんだからな。分かってんだろ?」
「ええ、ごめんなさい。不注意だったわ」
小さく笑うと、ディアブロが眉をひそめる。
「……何、笑ってんだよ」
「なんでもないわ。ただ、思ったの。ディアブロがそばにいないと、私、本当に死んでしまうかもしれないって」
真剣にそう告げると、彼は一瞬だけ黙った。
「だから、そばにいて。……そうじゃないと、あなたに“美味しい魂”をあげられなくなってしまうわ」
からかうように言えば、彼はふっと鼻を鳴らす。
「悪魔を脅すとは……いい度胸じゃねぇか」
「脅してなんかいないわ。ただ……ディアブロに、美味しく食べてもらいたいだけよ」
ディアブロは喉の奥で低く笑った。
「はぁ……まあ、そうだな。お前の魂を味わうには、俺が傍にいて育てなきゃいけねぇもんな。――そりゃ、一理ある」
そう言いながら、彼はゆっくりと私を抱き寄せる。
その腕の中は、少し冷たくて、でもどこか温かかった。
「勝手に死ぬなよ。いいな」
「……ええ」
胸がじんわりと温かくなる。
私はそっと目を閉じ、彼の胸に顔を埋めた。
「ありがとう、ディアブロ」
「礼なんかいらねぇ。……ただ、無茶だけはすんな」
夜の静寂に、二人の気配だけが静かに溶け込んでいく。
距離が開いていたはずの心が、少しずつ、確かに近づいていた。
クラリスとの別れから数日が過ぎたある午後、屋敷にはどこか冷たい空気が漂っていた。
静まり返った廊下に、突如アンナの怒声が響く。
「お姉さまなんて大っ嫌い! ずるい、全部ずるいのよ!」
突然の怒鳴り声と共に、アンナが怒りに任せて私に突進してくる。何がきっかけかは分からない。けれど、こうした癇癪はこれまでにも何度もあった。
「アンナ、落ち着いて…!」
宥めようとしたその瞬間、彼女の小さな手が私の胸元を叩いた。
ほんの軽い力だったはずなのに、私はふと足を滑らせた。廊下の窓は半開きで、バランスを崩した身体が吸い寄せられるようにそちらへと傾いていく。
(まさか……?)
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そして、その中で聞こえてくる、低く艶のある声。
「……本当に、面倒くさい女だな」
優しくも冷たい手が、私の身体をしっかりと抱き留めた。黒衣をまとい、深紅の瞳が月の光を受けて輝く。
ディアブロ――わたしの契約相手、悪魔。
「――ふっ、また死にかけて……ほんと、学ばねぇ女だ」
苦笑するように囁いた彼の指先から、時を織り戻す魔力の波が広がっていく。
◆◇◆
次の瞬間、私は廊下に尻もちをついていた。
開いた窓のそば。何事もなかったかのように。
アンナは少し離れた場所で立ち尽くし、戸惑った顔のまま私を見つめていた。
「あ……アンナは、悪くないから」
アンナは顔を真っ赤にしてくるりと背を向け、何も言わずに走り去っていった。
◆◇◆
その夜。
私は部屋で、じっと待っていた。
「……ディアブロ?」
名を呼ぶと、静かに闇が揺れ、黒衣の影が現れた。
「なんだよ」
「やっと、普通に話してくれるようになったのね」
「別に。そんなつもりはなかったけどな。
……勝手に死ぬのは、許さねぇぞ。お前の魂は、俺のもんなんだからな。分かってんだろ?」
「ええ、ごめんなさい。不注意だったわ」
小さく笑うと、ディアブロが眉をひそめる。
「……何、笑ってんだよ」
「なんでもないわ。ただ、思ったの。ディアブロがそばにいないと、私、本当に死んでしまうかもしれないって」
真剣にそう告げると、彼は一瞬だけ黙った。
「だから、そばにいて。……そうじゃないと、あなたに“美味しい魂”をあげられなくなってしまうわ」
からかうように言えば、彼はふっと鼻を鳴らす。
「悪魔を脅すとは……いい度胸じゃねぇか」
「脅してなんかいないわ。ただ……ディアブロに、美味しく食べてもらいたいだけよ」
ディアブロは喉の奥で低く笑った。
「はぁ……まあ、そうだな。お前の魂を味わうには、俺が傍にいて育てなきゃいけねぇもんな。――そりゃ、一理ある」
そう言いながら、彼はゆっくりと私を抱き寄せる。
その腕の中は、少し冷たくて、でもどこか温かかった。
「勝手に死ぬなよ。いいな」
「……ええ」
胸がじんわりと温かくなる。
私はそっと目を閉じ、彼の胸に顔を埋めた。
「ありがとう、ディアブロ」
「礼なんかいらねぇ。……ただ、無茶だけはすんな」
夜の静寂に、二人の気配だけが静かに溶け込んでいく。
距離が開いていたはずの心が、少しずつ、確かに近づいていた。
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