【完結】母になります。

たろ

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とりあえずお話を聞きましょう。

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「タバサ!ねえ、あの人本当にわたしの旦那様なの?無理よ無理。あんな怖いおじさん絶対無理!それに氷の騎士様とどうしてわたしが結婚したの?」

 頭の中が混乱してタバサに聞きたいことがたくさんあった。

「ティア様………これからの話を冷静に聞いて欲しいのです」

「冷静に?わたしが記憶をなくした理由?それともこの5年間のこと?それとも………クリフォードはやっぱり結婚したの?わたし、失恋しちゃったんだ………はあああ」

「ティア様はもう結婚しているので失恋もクソもありませんわ」

「……うっ………タバサにはわからないわよ。わたしの心は16歳のままなのよ?見た目は老けてるけど……それにクソはあるわよ!人間ならね」

「ごほっ、う、ううんっ」
 ダバサは、ハッとなって咳払いをした。

「なんだか昔のティア様と話しているみたいで……思わずわたしも釣られてしまいました」

「昔のわたし?わたしは今もずっとわたしなのよ?変わるなんてあり得ないわ」

 そう言ったのは自分なのになんだか心がズキズキとしている。
 自分なのに自分じゃない。
 とても不安定で息苦しい。

 ーーこの気持ちは何なんだろう?


「今のティア様に全てお話しするのは難しいと思われます………なので……簡単に今の現状をお話しいたします」



 ◇ ◇ ◇



 ーーーー記憶を失う前の話ーーーーー


「事業が失敗した。このままではシャイナー家は破産する」

 ティアの父であるシャイナー伯爵が頭を抱えていたのは、わたしが記憶を失くした5年前。

 多分この頃からの記憶が全くない。

 16歳になり社交界デビューをするために新しい白いドレスも出来上がり楽しみでワクワクしていた。幼馴染のクリフォードにパートナーを頼み込んで初めての夜会に参加する。

 まだ毎日が充実していて楽しくて仕方がなかった。ここまでは覚えていた。


 そしてーーーここから全くわたしは知らない。記憶がないのだ。

 そんな時に、伯爵家が投資していた事業が詐欺にあい多額の借金を抱えることになった。

 伯爵領の半分の領地を手放してなんとか借金の返済の目処はたったが、今年の国に納めなければいけない税金が足りない。

 これ以上の領地を手放せば廃爵するか降爵するしかない。

 シャイナー伯爵はいろんな知人に頼み込んでお金を借りようとしたが多額の借金を抱えたばかりのシャイナー伯爵を信用して貸す者はいなかった。

 兄のアンディは18歳の学生でお金を稼ぐことがまだ出来ない。それでも父親と共に頭を下げて回った。

 そしてそんな中お金を貸してくれたのがグレイの父親であるフォード侯爵だった。

 ただし、成人したばかりのティアを息子であるグレイと結婚することが前提で。

「娘はまだ成人したばかりです。今度やっと社交界にデビューするところなんです、婚約だけならまだしもすぐに結婚するのは……早すぎます」

「悪いが条件は息子と君の娘さんとの結婚だ。それが出来なければこの話は無かったことにして欲しい」

「しかし……」



 ティアは何も知らされずのんびりと過ごしていた。父親と兄の苦悩を知らずに。

「ねえ、タバサ、最近なんだか屋敷の中が落ち着かない気がするわ。どうしたのかしら?」

「………さぁ?そんな風には思えませんが」

 タバサは何か知っているようだが、誤魔化して話そうとしなかった。

「ふうん、そうかな?」


 明日は夜会があると言うのに前日、人相の悪い男達が屋敷に数人現れた。

「おい!金を払え!」

「約束の期限は過ぎてるだろう?」

「金目の物を運ぶぞ」


 その様子を見て使用人達がザワザワとしていた。
「何があったの?」
 ティアが騒動に気が付き部屋から出て玄関の方へ顔を覗かせた。

「おい!あそこに綺麗な女がいるぞ!あれを娼館に売れば少しは金になるんじゃないか?」

 ーーえっ?わたし?


 あまりの言葉に理解できず固まっていたティア。

「ティア様、お部屋にお戻りください」

 執事が慌ててティアを部屋へと引っ張って連れて行こうとしたら、一人の男が走ってティアのもとへとやってきた。

「おお、上等だ、初めての客がかなりの金を出してくれそうだ。しばらくは儲けそうだな」

 男はティアの腕を掴み、舌を出してティアの手を舐めまわした。

「や、やめ、て……」

 ティアは気持ち悪さと怖さでガタガタ震えて動けなくなった。

 執事が急いでティアを庇ったが、強面で屈強な男の力には勝てず、殴られて床に転がされた。

 護衛騎士達が屋敷にやってきた時にはティアは男数人に囲まれていた。

 ガタガタ震えて声も出せずにいるティアを見て男達はニヤニヤと笑っていた。

 騎士達が男達を取り押さえようとして争っていた。

「やめろ!」

 大きな声で叫んだのは騒ぎを聞いて駆けつけた兄と父だった。

 二人は外から帰ってきたばかりで屋敷の騒ぎを聞きつけ慌てて中に駆けつけた。

 目の前でティアが男達に囲まれている。

 騎士達が男達とやり合っていたが、二人の男はまだティアから離れずにいた。

 使用人達もティアを助けようとみんなでなんとか取り押さえたのだが、多数の怪我人が出る騒ぎになった。

 ティアは恐怖で声を出すことが出来なくなっていた。ただ気持ち悪い男達に腕を掴まれ固まっていた。

 そして助け出された後ショックでそのまま寝込んでしまい夜会に参加することはできなかった。


 借金の目処は立っていてもまだ完全に返したわけではない。このままではまた屋敷に借金取りがくるかもしれない。

 それならば、大事な娘を守るためにも侯爵家に嫁入りさせた方がいいのではと兄と父は話し合った。

「わたしが侯爵家にお嫁に?」
 ティアはまだ先日の事件の恐怖から部屋から出ることが出来なかった。

 そんな状態なのに、父親から嫁ぐように言われた。

 まだ婚約者もいないのに、突然。

 貴族の娘に生まれたからには好きではない人との結婚は仕方がない。

 そう頭では理解はしていた。

 だけど……それでも……まずは婚約して……時間をかけてお互いを知って……結婚するものだとばかり思っていた。

 愛はなくても信頼くらいは築いてから結婚するものだと。

 大好きなクリフォードに片想いしていたティアはその想いを胸の奥にしまい込んで、伯爵家のために結婚することになった。

 まだ男の人を怖いと思う気持ちが消えることもないうちに嫁に行くことになったのだ。

 母が早くに亡くなり男家族しかいない父と兄に本当のことを言えなかった。
 いまだに男の人への恐怖心があると伝えることも出来ず、結婚が決まったと同時に顔も知らない侯爵家へ嫁ぐことになった。

 それはティアにとって苦しい日々だった。

ーー仕方がない……だけどわたしは侯爵家に売られたのと同じなのよね……








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