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最終話 静かに過ごす。
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わたしは仕事を退職する事になった。
あんな事件があって平気な顔をして仕事場に戻れない。
わたしは何もしていないのに、わたしを犯そうとした男はまるでわたしが誘ったかのように罵倒した。
殴られた頬は腫れ上がり青あざができていた。
もちろん今も腫れは引かず人様に見せられる顔ではない。
お腹の赤ちゃんもやはり途中激しい腹痛が起こり一時期は危険な状態になった。
それでも赤ちゃんの生命力が強かったみたいでなんとかわたしのお腹の中で頑張って生きようとしてくれている。
わたしはあの時の恐怖から一人で部屋にいる事が出来なくなり、実家に帰ってグレイとアイシンのどちらかがいつも部屋にいてくれるようになった。
「二人とも迷惑かけてごめんなさいね」
わたしが謝ると、
「大丈夫です!セスティ様のそばにいられるなんて幸せです」
と二人とも言ってくれるので甘えさせてもらっている。
夜はランドルがこちらの屋敷に泊まりにきてくれる。
わたしが一人で眠るのを怖がるので、夜勤以外は来てくれる。
仲直りしたとかわかり合ったとかもうそんな事言っていられなかった。
わたしの精神が参ってしまって、一人でいると心が落ち着かなくて不安になって震えが止まらない。
今はお父様とカムリ、グレイとアイシン、ランドルしか安心して一緒にいられる人はいない。
「ランドル、お仕事気をつけていってきてね」
「ああ、今日は夜勤だからアイシンに頼んでいるから、ゆっくりしていて」
「ありがとう」
会話も増えてきた。
ランドルはあれだけわたしに対して冷たい態度を取っていたのに今はとても優しい。
昔の不器用で冷たく見えるけど本当はとても優しいランドルに戻っている気がする。
わたしはもう傷ものになってしまった。
沢山の人に犯されそうになったことを知られている。
ランドルもお父様も職場で辛い立場に立たされているのではないかと思うと居た堪れない。
でももうわたしはどうすることも出来ない。
あの場所に戻りたいとも思わないし、作り笑いをして過ごすことも出来ない。
わたしは考えることを放棄した。
この小さな部屋でお腹の赤ちゃんが生まれてきてくれることだけを願いながら過ごす。
◇ ◇ ◇
「お母様!」
息子のリンバートは4歳になった。
今もわたしは実家で暮らしている。
今はリンバートのおかげで寂しくもなく過ごす事が出来ている。
グレイももうすぐ17歳になる。
勉強が得意で今は奨学金を借りて王立学園の高等部へ通っている。
アイシンは、街の学校へ通いながら、わたしのお世話係を今もしてくれている。
お父様は税務官を退職して今は屋敷の賃貸業と領地の管理、そしてお母様の絵を貸し出して個展を開いたりして、きちんとした収入を得て、男爵として過ごしている。
カムリは王宮で司法局の書記官補佐として働いている。
カムリがお嫁さんをもうすぐもらうのでわたしはこの屋敷を出て、賃貸で貸し出している部屋の一室を借りる事になっている。
「一緒に暮らそう」
とカムリは言ってくれるけど、お邪魔虫が二人も居ては新婚さんの邪魔になるので遠慮させてもらった。
ランドルの屋敷には戻らなかった。
いや、戻れなかった。
ランドルの義両親から離縁を申し渡された。
やはり噂は貴族社会でもかなり辛辣に流れてしまったようだ。
ランドルの妹のマデリーンの結婚にも影響が出始めて義両親も苦渋の選択だったのだと思う。
かなり辛そうにわたしに離縁の話をしにきて、何度も「すまない」と言って謝罪を繰り返した。
わたしの人生はいつも他人に振り回されて、他人の好奇な目に晒されて生きてきた。
わたしに残ったのはリンバートだけだった。
ランドルとはリンバートが生まれて半年後に離縁をして会うことはない。
わたしが襲われてしばらくは部屋に一人でいる事が出来ずに寄り添ってくれた。
昔のランドルに戻って二人でいる事も自然になりつつあった。
でも離縁してからはわたしは連絡を絶った。
リンバートは男爵家の子供として育てる事になり、ランドルとは親子の縁を切った。
そうしないとランドルが再婚した時に相続の時にリンバートがいる事で揉め事になるのが嫌だった。
わたしは賃貸の部屋に引っ越した。
この狭い部屋がわたしの唯一の居場所。
もうここから出ることはなく、わたしはこの鳥籠の中で一生を過ごしていく。
ただ、この鳥籠の中でお金を稼ぐのは難しいので、わたしはお母様が亡くなった時に二度と握らないと決めていた絵筆を持つ事にした。
お母様の絵の才能を受け継いでいたわたしは、生活のために絵を描く事にした。
まだ駆け出しで、お母様ほど認知されてはいない画家だけど、なぜか国王陛下達王族の方達が自らの絵を描いて欲しいと依頼してくれたり、絵を買い取ってくれたりするので、リンバートを育てる事ができる。
わたしの世界はこの部屋だけ。
外には出ない。
陛下達の人物像を描くときは、陛下達がお忍びで来てくれる。
ただ、殿下の絵だけはお断りしている。
殿下に会うと恐怖でパニックになってしまうから。
わたしは何年経っても殿下とは分かり合えなかった。
そして……ランドルとも。
一度は元に戻れるかもしれないと思ったけど、わたしの世間での評価は男に犯されそうになった女。
そんなわたしではランドルと過ごすことは出来なかった。
わたしは籠の鳥。
もうこの屋敷から外に出ることは二度とない。
END
このあと番外編を少しだけ書こうと思っています。
ありがとうございました
あんな事件があって平気な顔をして仕事場に戻れない。
わたしは何もしていないのに、わたしを犯そうとした男はまるでわたしが誘ったかのように罵倒した。
殴られた頬は腫れ上がり青あざができていた。
もちろん今も腫れは引かず人様に見せられる顔ではない。
お腹の赤ちゃんもやはり途中激しい腹痛が起こり一時期は危険な状態になった。
それでも赤ちゃんの生命力が強かったみたいでなんとかわたしのお腹の中で頑張って生きようとしてくれている。
わたしはあの時の恐怖から一人で部屋にいる事が出来なくなり、実家に帰ってグレイとアイシンのどちらかがいつも部屋にいてくれるようになった。
「二人とも迷惑かけてごめんなさいね」
わたしが謝ると、
「大丈夫です!セスティ様のそばにいられるなんて幸せです」
と二人とも言ってくれるので甘えさせてもらっている。
夜はランドルがこちらの屋敷に泊まりにきてくれる。
わたしが一人で眠るのを怖がるので、夜勤以外は来てくれる。
仲直りしたとかわかり合ったとかもうそんな事言っていられなかった。
わたしの精神が参ってしまって、一人でいると心が落ち着かなくて不安になって震えが止まらない。
今はお父様とカムリ、グレイとアイシン、ランドルしか安心して一緒にいられる人はいない。
「ランドル、お仕事気をつけていってきてね」
「ああ、今日は夜勤だからアイシンに頼んでいるから、ゆっくりしていて」
「ありがとう」
会話も増えてきた。
ランドルはあれだけわたしに対して冷たい態度を取っていたのに今はとても優しい。
昔の不器用で冷たく見えるけど本当はとても優しいランドルに戻っている気がする。
わたしはもう傷ものになってしまった。
沢山の人に犯されそうになったことを知られている。
ランドルもお父様も職場で辛い立場に立たされているのではないかと思うと居た堪れない。
でももうわたしはどうすることも出来ない。
あの場所に戻りたいとも思わないし、作り笑いをして過ごすことも出来ない。
わたしは考えることを放棄した。
この小さな部屋でお腹の赤ちゃんが生まれてきてくれることだけを願いながら過ごす。
◇ ◇ ◇
「お母様!」
息子のリンバートは4歳になった。
今もわたしは実家で暮らしている。
今はリンバートのおかげで寂しくもなく過ごす事が出来ている。
グレイももうすぐ17歳になる。
勉強が得意で今は奨学金を借りて王立学園の高等部へ通っている。
アイシンは、街の学校へ通いながら、わたしのお世話係を今もしてくれている。
お父様は税務官を退職して今は屋敷の賃貸業と領地の管理、そしてお母様の絵を貸し出して個展を開いたりして、きちんとした収入を得て、男爵として過ごしている。
カムリは王宮で司法局の書記官補佐として働いている。
カムリがお嫁さんをもうすぐもらうのでわたしはこの屋敷を出て、賃貸で貸し出している部屋の一室を借りる事になっている。
「一緒に暮らそう」
とカムリは言ってくれるけど、お邪魔虫が二人も居ては新婚さんの邪魔になるので遠慮させてもらった。
ランドルの屋敷には戻らなかった。
いや、戻れなかった。
ランドルの義両親から離縁を申し渡された。
やはり噂は貴族社会でもかなり辛辣に流れてしまったようだ。
ランドルの妹のマデリーンの結婚にも影響が出始めて義両親も苦渋の選択だったのだと思う。
かなり辛そうにわたしに離縁の話をしにきて、何度も「すまない」と言って謝罪を繰り返した。
わたしの人生はいつも他人に振り回されて、他人の好奇な目に晒されて生きてきた。
わたしに残ったのはリンバートだけだった。
ランドルとはリンバートが生まれて半年後に離縁をして会うことはない。
わたしが襲われてしばらくは部屋に一人でいる事が出来ずに寄り添ってくれた。
昔のランドルに戻って二人でいる事も自然になりつつあった。
でも離縁してからはわたしは連絡を絶った。
リンバートは男爵家の子供として育てる事になり、ランドルとは親子の縁を切った。
そうしないとランドルが再婚した時に相続の時にリンバートがいる事で揉め事になるのが嫌だった。
わたしは賃貸の部屋に引っ越した。
この狭い部屋がわたしの唯一の居場所。
もうここから出ることはなく、わたしはこの鳥籠の中で一生を過ごしていく。
ただ、この鳥籠の中でお金を稼ぐのは難しいので、わたしはお母様が亡くなった時に二度と握らないと決めていた絵筆を持つ事にした。
お母様の絵の才能を受け継いでいたわたしは、生活のために絵を描く事にした。
まだ駆け出しで、お母様ほど認知されてはいない画家だけど、なぜか国王陛下達王族の方達が自らの絵を描いて欲しいと依頼してくれたり、絵を買い取ってくれたりするので、リンバートを育てる事ができる。
わたしの世界はこの部屋だけ。
外には出ない。
陛下達の人物像を描くときは、陛下達がお忍びで来てくれる。
ただ、殿下の絵だけはお断りしている。
殿下に会うと恐怖でパニックになってしまうから。
わたしは何年経っても殿下とは分かり合えなかった。
そして……ランドルとも。
一度は元に戻れるかもしれないと思ったけど、わたしの世間での評価は男に犯されそうになった女。
そんなわたしではランドルと過ごすことは出来なかった。
わたしは籠の鳥。
もうこの屋敷から外に出ることは二度とない。
END
このあと番外編を少しだけ書こうと思っています。
ありがとうございました
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