56 / 156
離縁してあげますわ!
【2】
夫は玄関の扉を「くそっ!」と蹴飛ばしてからトボトボと何処かへ向かった。
ミュエルと呼ばれた女はハンクスの頬を一発叩いてぷんぷんと怒りながら彼とは反対方向へと帰って行った。
「………奥様?」
玄関の鍵をかけてくれた使用人……ギャザはハンクスが子供の頃からこの家に仕えてくれている30代の男性で、家の修繕から庭仕事、馬車の御者まで何でもこなす。
本来ならハンクスを主人として仕えているはずなのに、どちらかと言うとわたしのために動いてくれる。
料理や掃除担当のギャザの妻であるファラ、その息子のスレン12歳もわたしと仲良しで、
「旦那様、あんな格好でどこへ行かれるんでしょうね?」
と呆れながら玄関の鍵を開けて、二人して外を覗いていた。
「アリア様、旦那様のことお止めできず申し訳ございませんでした」
ギャザが何度も頭を下げて詫びた。
「えっ?ギャザは何も悪くないわよ?ただ……ねぇ?当直明けで帰ってきたら自分のベッドで旦那が他の女と抱き合っているなんて……気持ち悪過ぎて、眠たかったのに、目が覚めてしまったわ」
はぁーーっと、大きなため息を吐いて、椅子に座った。
テーブルに温かいコーヒーと軽く食べられるサンドイッチをファラが出してくれた。
「ありがとう……いただくわ」
わたしは王城で財務省の事務官として働いている。今決算で忙しく、24時間フル稼働中、交代で夜勤までしてなんとか膨大な決算報告書を捌いているところ。
目は充血して眼鏡をかけていてもボヤッとして視力はさらに悪くなっている。
「はい、どうぞ」
スレンが温かいタオルを持ってきてくれた。
「ありがとう、助かるわ」
スレンに軽く微笑んでタオルを受け取り、眼鏡を外すと顔にタオルを乗せた。
「あーー、気持ちいい」
さっきの気持ち悪い光景を思い出しながら「あーー、もう!ハンクスさえいなければ気持ちよく過ごせるのに!」とぶつぶつ文句を言った。
「旦那様はあんなことをするお人ではなかったんですが」
ギャザがなんとも言えない顔をしながら申し訳なさげに言う。
「ギャザ、あなたが気にすることではないわ。ハンクスはただわたしのことを愛していないだけなの……わたしももう諦めるしかないのかもしれないわ」
結婚したばかりの頃はそれなりに会話も夫婦生活もしていた。
だけどこの一年は互いにすれ違い会話すらまともにしなくなった。
ハンクスの執事の収入よりも、そして子爵家の賃貸料の収入を足しても、わたしの方が収入がいい。
わたしは地味で眼鏡のなんの取り柄もない女だけど、その辺の男よりも高収入を得ている。
王城の文官、それも事務局長の補佐役のわたしは、責任も大きいがその分収入も多い。たくさんの部下を抱え、たくさんの仕事を抱え毎日書類と睨めっこをして過ごすエリートなのだ。
国王両陛下からの覚えがめでたく、王子たちとも会えば会話をするくらいの立場のわたし。
そう、女性のくせに両陛下や王子たちから気に入られわたしは夫からも周りからもあまりよく思われていない。
おかげで夫は最初は高収入で両陛下にも顔を知られているわたしをうまく利用できると思い結婚したはずなのに、今ではどう扱うべきか困り果て、わたしのことを避けはじめた。
どうして離縁しないのかって?
わたしもまだ既婚者であることが便利がいいから。
独身に戻れば、夫に捨てられた女、こんな高飛車な女性女官になど従いたくないと侮られてしまう。
でもそろそろ潮時じゃないの?
でも……この家って居心地がとてもいいの。それに王城からも馬車に乗れば10分くらいのとてもいい立地で、今どきこんないい場所に屋敷なんて建てられない。
先祖代々引き継がれたこの屋敷、小さいながらにきちんと手入れされているし、部屋数もそれなりにあるのでお客様が来ても困ることはない。
そう……それなりに部屋はあるのに……
そんなに二人の情事の姿をわたしに見せびらかしたかったのかしら?
はああーー……どうせならハンクスが出て行ってくれないかしら?
ミュエルと呼ばれた女はハンクスの頬を一発叩いてぷんぷんと怒りながら彼とは反対方向へと帰って行った。
「………奥様?」
玄関の鍵をかけてくれた使用人……ギャザはハンクスが子供の頃からこの家に仕えてくれている30代の男性で、家の修繕から庭仕事、馬車の御者まで何でもこなす。
本来ならハンクスを主人として仕えているはずなのに、どちらかと言うとわたしのために動いてくれる。
料理や掃除担当のギャザの妻であるファラ、その息子のスレン12歳もわたしと仲良しで、
「旦那様、あんな格好でどこへ行かれるんでしょうね?」
と呆れながら玄関の鍵を開けて、二人して外を覗いていた。
「アリア様、旦那様のことお止めできず申し訳ございませんでした」
ギャザが何度も頭を下げて詫びた。
「えっ?ギャザは何も悪くないわよ?ただ……ねぇ?当直明けで帰ってきたら自分のベッドで旦那が他の女と抱き合っているなんて……気持ち悪過ぎて、眠たかったのに、目が覚めてしまったわ」
はぁーーっと、大きなため息を吐いて、椅子に座った。
テーブルに温かいコーヒーと軽く食べられるサンドイッチをファラが出してくれた。
「ありがとう……いただくわ」
わたしは王城で財務省の事務官として働いている。今決算で忙しく、24時間フル稼働中、交代で夜勤までしてなんとか膨大な決算報告書を捌いているところ。
目は充血して眼鏡をかけていてもボヤッとして視力はさらに悪くなっている。
「はい、どうぞ」
スレンが温かいタオルを持ってきてくれた。
「ありがとう、助かるわ」
スレンに軽く微笑んでタオルを受け取り、眼鏡を外すと顔にタオルを乗せた。
「あーー、気持ちいい」
さっきの気持ち悪い光景を思い出しながら「あーー、もう!ハンクスさえいなければ気持ちよく過ごせるのに!」とぶつぶつ文句を言った。
「旦那様はあんなことをするお人ではなかったんですが」
ギャザがなんとも言えない顔をしながら申し訳なさげに言う。
「ギャザ、あなたが気にすることではないわ。ハンクスはただわたしのことを愛していないだけなの……わたしももう諦めるしかないのかもしれないわ」
結婚したばかりの頃はそれなりに会話も夫婦生活もしていた。
だけどこの一年は互いにすれ違い会話すらまともにしなくなった。
ハンクスの執事の収入よりも、そして子爵家の賃貸料の収入を足しても、わたしの方が収入がいい。
わたしは地味で眼鏡のなんの取り柄もない女だけど、その辺の男よりも高収入を得ている。
王城の文官、それも事務局長の補佐役のわたしは、責任も大きいがその分収入も多い。たくさんの部下を抱え、たくさんの仕事を抱え毎日書類と睨めっこをして過ごすエリートなのだ。
国王両陛下からの覚えがめでたく、王子たちとも会えば会話をするくらいの立場のわたし。
そう、女性のくせに両陛下や王子たちから気に入られわたしは夫からも周りからもあまりよく思われていない。
おかげで夫は最初は高収入で両陛下にも顔を知られているわたしをうまく利用できると思い結婚したはずなのに、今ではどう扱うべきか困り果て、わたしのことを避けはじめた。
どうして離縁しないのかって?
わたしもまだ既婚者であることが便利がいいから。
独身に戻れば、夫に捨てられた女、こんな高飛車な女性女官になど従いたくないと侮られてしまう。
でもそろそろ潮時じゃないの?
でも……この家って居心地がとてもいいの。それに王城からも馬車に乗れば10分くらいのとてもいい立地で、今どきこんないい場所に屋敷なんて建てられない。
先祖代々引き継がれたこの屋敷、小さいながらにきちんと手入れされているし、部屋数もそれなりにあるのでお客様が来ても困ることはない。
そう……それなりに部屋はあるのに……
そんなに二人の情事の姿をわたしに見せびらかしたかったのかしら?
はああーー……どうせならハンクスが出て行ってくれないかしら?
あなたにおすすめの小説
お飾りな妻は何を思う
湖月もか
恋愛
リーリアには二歳歳上の婚約者がいる。
彼は突然父が連れてきた少年で、幼い頃から美しい人だったが歳を重ねるにつれてより美しさが際立つ顔つきに。
次第に婚約者へ惹かれていくリーリア。しかし彼にとっては世間体のための結婚だった。
そんなお飾り妻リーリアとその夫の話。
【完結】大好き、と告白するのはこれを最後にします!
高瀬船
恋愛
侯爵家の嫡男、レオン・アルファストと伯爵家のミュラー・ハドソンは建国から続く由緒ある家柄である。
7歳年上のレオンが大好きで、ミュラーは幼い頃から彼にべったり。ことある事に大好き!と伝え、少女へと成長してからも顔を合わせる度に結婚して!ともはや挨拶のように熱烈に求婚していた。
だけど、いつもいつもレオンはありがとう、と言うだけで承諾も拒絶もしない。
成人を控えたある日、ミュラーはこれを最後の告白にしよう、と決心しいつものようにはぐらかされたら大人しく彼を諦めよう、と決めていた。
そして、彼を諦め真剣に結婚相手を探そうと夜会に行った事をレオンに知られたミュラーは初めて彼の重いほどの愛情を知る
【お互い、モブとの絡み発生します、苦手な方はご遠慮下さい】
【完結】婚約破棄はお受けいたしましょう~踏みにじられた恋を抱えて
ゆうぎり
恋愛
「この子がクラーラの婚約者になるんだよ」
お父様に連れられたお茶会で私は一つ年上のナディオ様に恋をした。
綺麗なお顔のナディオ様。優しく笑うナディオ様。
今はもう、私に微笑みかける事はありません。
貴方の笑顔は別の方のもの。
私には忌々しげな顔で、視線を向けても貰えません。
私は厭われ者の婚約者。社交界では評判ですよね。
ねぇナディオ様、恋は花と同じだと思いませんか?
―――水をやらなければ枯れてしまうのですよ。
※ゆるゆる設定です。
※名前変更しました。元「踏みにじられた恋ならば、婚約破棄はお受けいたしましょう」
※多分誰かの視点から見たらハッピーエンド
記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話
甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。
王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。
その時、王子の元に一通の手紙が届いた。
そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。
王子は絶望感に苛まれ後悔をする。
【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~
塩羽間つづり
恋愛
お気に入り登録やエールいつもありがとうございます!
2.23完結しました!
ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアは、幼いころから恋をしていた。
相手は幼馴染ジーク・フォン・ランスト。
ローズの称号を賜る名門一族の次男だった。
幼いころの約束を信じ、いつかジークと結ばれると思っていたメルティアだが、ジークが結婚すると知り、メルティアの生活は一変する。
好きになってもらえるように慣れないお化粧をしたり、着飾ったりしてみたけれど反応はいまいち。
そしてだんだんと、メルティアは恋の邪魔をしているのは自分なのではないかと思いあたる。
それに気づいてから、メルティアはジークの幸せのためにジーク離れをはじめるのだが、思っていたようにはいかなくて……?
妖精が見えるお姫様と近衛騎士のすれ違う恋のお話
切なめ恋愛ファンタジー
大好きなあなたを忘れる方法
山田ランチ
恋愛
あらすじ
王子と婚約関係にある侯爵令嬢のメリベルは、訳あってずっと秘密の婚約者のままにされていた。学園へ入学してすぐ、メリベルの魔廻が(魔術を使う為の魔素を貯めておく器官)が限界を向かえようとしている事に気が付いた大魔術師は、魔廻を小さくする事を提案する。その方法は、魔素が好むという悲しい記憶を失くしていくものだった。悲しい記憶を引っ張り出しては消していくという日々を過ごすうち、徐々に王子との記憶を失くしていくメリベル。そんな中、魔廻を奪う謎の者達に大魔術師とメリベルが襲われてしまう。
魔廻を奪おうとする者達は何者なのか。王子との婚約が隠されている訳と、重大な秘密を抱える大魔術師の正体が、メリベルの記憶に導かれ、やがて世界の始まりへと繋がっていく。
登場人物
・メリベル・アークトュラス 17歳、アークトゥラス侯爵の一人娘。ジャスパーの婚約者。
・ジャスパー・オリオン 17歳、第一王子。メリベルの婚約者。
・イーライ 学園の園芸員。
クレイシー・クレリック 17歳、クレリック侯爵の一人娘。
・リーヴァイ・ブルーマー 18歳、ブルーマー子爵家の嫡男でジャスパーの側近。
・アイザック・スチュアート 17歳、スチュアート侯爵の嫡男でジャスパーの側近。
・ノア・ワード 18歳、ワード騎士団長の息子でジャスパーの従騎士。
・シア・ガイザー 17歳、ガイザー男爵の娘でメリベルの友人。
・マイロ 17歳、メリベルの友人。
魔素→世界に漂っている物質。触れれば精神を侵され、生き物は主に凶暴化し魔獣となる。
魔廻→体内にある魔廻(まかい)と呼ばれる器官、魔素を取り込み貯める事が出来る。魔術師はこの器官がある事が必須。
ソル神とルナ神→太陽と月の男女神が魔素で満ちた混沌の大地に現れ、世界を二つに分けて浄化した。ソル神は昼間を、ルナ神は夜を受け持った。
【完結】貴方の後悔など、聞きたくありません。
なか
恋愛
学園に特待生として入学したリディアであったが、平民である彼女は貴族家の者には目障りだった。
追い出すようなイジメを受けていた彼女を救ってくれたのはグレアルフという伯爵家の青年。
優しく、明るいグレアルフは屈託のない笑顔でリディアと接する。
誰にも明かさずに会う内に恋仲となった二人であったが、
リディアは知ってしまう、グレアルフの本性を……。
全てを知り、死を考えた彼女であったが、
とある出会いにより自分の価値を知った時、再び立ち上がる事を選択する。
後悔の言葉など全て無視する決意と共に、生きていく。
【完結】私の婚約者は、いつも誰かの想い人
キムラましゅろう
恋愛
私の婚約者はとても素敵な人。
だから彼に想いを寄せる女性は沢山いるけど、私はべつに気にしない。
だって婚約者は私なのだから。
いつも通りのご都合主義、ノーリアリティなお話です。
不知の誤字脱字病に罹患しております。ごめんあそばせ。(泣)
小説家になろうさんにも時差投稿します。