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44話
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執務室へ入ると机に座り難しい顔をして仕事の書類を読んでいる王太子殿下がいた。
「失礼致します」
入室する時に挨拶だけはした。
殿下はすぐに顔を上げず、書類を読む姿は不機嫌そうに感じた。
わたし達三人と護衛騎士は扉から入ってすぐの場所でただじっと立っていた。
こちらから先に声をかけることはマナー違反になるので王族である殿下から声がかかるまで待つしかない。
とても緊張した。それでなくてもわたし自身は、お城に来るのは初めての経験で戸惑うことばかりだ。
すると「ゴホン」と咳払いをした伯父様が「殿下、いい加減になさいませ」と一言。
ジロリと伯父様を見た殿下は「ハァ~」と机に向かって大きな溜息をついた。
「ご自分が呼ばれたのでしょう?」
頭に手を置きガシガシと髪を掻きむしる殿下。
「わかってる……わかってる……すまない……そこのソファに座ってくれ」
「かしこまりました」
伯父様は何食わぬ顔をしてソファに座った。続いてマシュー、そしてわたしも二人の隣に座った。
殿下はわたし達三人の目の前に置かれた一人掛けのソファに座った。
「ルシナ殿、君とは会ったことはあるのだけど、記憶にないはずだから『初めまして?』かな」
「はい、ご存知のとおりルシナとして生きてきた記憶はございません。ですので初めましてと挨拶させて頂いてよろしいでしょうか?」
これは、『何も知らないので、いろいろ聞かれても困ります』と殿下へ伝えたことになる。
殿下もそのことを承知で最初に聞いてきたのだ。
「今回の件だが、ルベルト伯のことは無かったことになった。ルベルト伯は自国へ帰られた。その後どうなるのかはこちらではわからない……だが、こちらが納得する処罰がくだるだろう。
ただ……ルシナ殿としては納得できないかもしれない。大切な息子を攫おうとしたのだからな、いくら記憶はなくても話を知っていれば納得はできないだろう?」
「………最後までお話を聞いてから返事しても宜しいでしょうか?」
無礼だけどここで返事をしたくなかった。『承知いたしました』そう言わなければならないのはわかってる。王族の前では『否』はない。わかっていてもすぐに返事はできなかった。
「ああ、いいよ。君は記憶がなくても母親だからね。でも、ネージュの元妻でもあるんだけどそこの自覚はある?」
「……ネージュ様とのことは日記で読ませていただきましたが、実感としては、『そんなことがあったんだ』くらいでしょうか?」
素直に伝えると「ブハッ」と笑い出した殿下。
とても明るく振舞っておられるけど、さっきまでの不機嫌なあの態度はなんだったのだろう?そう思いつつ黙って見ていると壁に立っていた護衛の一人が「コホンッ」と軽く咳払いした。
やはり王太子殿下とお会いすることに緊張していたのだろう。周りをゆっくり見る余裕がなかったわたしは、そこにネージュ様がいることに気が付かなかった。
一度だけ、目覚めた時に会ったネージュ様。ルシナのことを話してくれて『また会いにきます』と言ったけどそれから会うことはなかった。
多分マシューや伯父様が彼が訪れることを拒否したのだと思う。メイドの一人が『ほんとしつこい人!』と言って手紙を見て怒っていたので『誰のことかしら?』と聞いたら『あっ、あの、ルシナ様には、か、関係ない人のことです』と慌てて手紙を隠した。
その時チラリとネージュという名前がみてとれた。
だけどルシナは多分ネージュ様とは関わり合いたくないのだと思う。ほんのひと月の結婚生活とその後の突然の『この子を育てろ』との命令。冷たい態度に傷ついたルシナ。話をすれば少しはお互い蟠りも取れるのかもしれないなと思いつつ、今のわたしでは、蟠りすらないので、彼がそこにいることは気にしないことにした。
「わかった……わたしの態度は失礼だったな。すまない、今回の事件だが、わたしの妻が関わっている、今ここにいる者達はそのことを知っている者達だ。ここでの話が外に漏れることはない」
それは絶対に口外してはならないと言っているということだ。
今ここにいるのは殿下とわたし達三人そして護衛の騎士はネージュ様ともう一人だけ。
侍女達は下がっていて、ここにはいない。
皆思わず息を呑んだ。
殿下は「ルシナ殿、わたしの妻が君に対して行ったことはとても独りよがりで酷いものだったと理解している」と言ってソファから席を立つと「すまなかった」と頭を下げた。
「殿下、簡単に頭を下げてはなりません」と伯父様が苦言を言った。
「いや、私は彼女の夫だ。謝罪するのは当たり前のことだ。
妻はこの国の王妃としていずれ国母として皆の前に立たなければいけない。なのに自分の感情を抑えることもできず、攻撃するとはあってはならないことだ。今は離宮で過ごし外に出られないようにしている」
「どうしていずれ王妃として一番上に立つことができる名誉ある地位におられる妃殿下がこんなことをしたのでしょう?」
「ああ、そうだな……妻の言い訳…いや、報告書を改めて読んでいたのだが、男には、いや俺にはわからない感情からだった」
ずっと『わたし』と言っていた殿下が思わず自分のことを『俺』と言っていた。多分本人も気づかずその言葉が出たのだと思う。
「失礼致します」
入室する時に挨拶だけはした。
殿下はすぐに顔を上げず、書類を読む姿は不機嫌そうに感じた。
わたし達三人と護衛騎士は扉から入ってすぐの場所でただじっと立っていた。
こちらから先に声をかけることはマナー違反になるので王族である殿下から声がかかるまで待つしかない。
とても緊張した。それでなくてもわたし自身は、お城に来るのは初めての経験で戸惑うことばかりだ。
すると「ゴホン」と咳払いをした伯父様が「殿下、いい加減になさいませ」と一言。
ジロリと伯父様を見た殿下は「ハァ~」と机に向かって大きな溜息をついた。
「ご自分が呼ばれたのでしょう?」
頭に手を置きガシガシと髪を掻きむしる殿下。
「わかってる……わかってる……すまない……そこのソファに座ってくれ」
「かしこまりました」
伯父様は何食わぬ顔をしてソファに座った。続いてマシュー、そしてわたしも二人の隣に座った。
殿下はわたし達三人の目の前に置かれた一人掛けのソファに座った。
「ルシナ殿、君とは会ったことはあるのだけど、記憶にないはずだから『初めまして?』かな」
「はい、ご存知のとおりルシナとして生きてきた記憶はございません。ですので初めましてと挨拶させて頂いてよろしいでしょうか?」
これは、『何も知らないので、いろいろ聞かれても困ります』と殿下へ伝えたことになる。
殿下もそのことを承知で最初に聞いてきたのだ。
「今回の件だが、ルベルト伯のことは無かったことになった。ルベルト伯は自国へ帰られた。その後どうなるのかはこちらではわからない……だが、こちらが納得する処罰がくだるだろう。
ただ……ルシナ殿としては納得できないかもしれない。大切な息子を攫おうとしたのだからな、いくら記憶はなくても話を知っていれば納得はできないだろう?」
「………最後までお話を聞いてから返事しても宜しいでしょうか?」
無礼だけどここで返事をしたくなかった。『承知いたしました』そう言わなければならないのはわかってる。王族の前では『否』はない。わかっていてもすぐに返事はできなかった。
「ああ、いいよ。君は記憶がなくても母親だからね。でも、ネージュの元妻でもあるんだけどそこの自覚はある?」
「……ネージュ様とのことは日記で読ませていただきましたが、実感としては、『そんなことがあったんだ』くらいでしょうか?」
素直に伝えると「ブハッ」と笑い出した殿下。
とても明るく振舞っておられるけど、さっきまでの不機嫌なあの態度はなんだったのだろう?そう思いつつ黙って見ていると壁に立っていた護衛の一人が「コホンッ」と軽く咳払いした。
やはり王太子殿下とお会いすることに緊張していたのだろう。周りをゆっくり見る余裕がなかったわたしは、そこにネージュ様がいることに気が付かなかった。
一度だけ、目覚めた時に会ったネージュ様。ルシナのことを話してくれて『また会いにきます』と言ったけどそれから会うことはなかった。
多分マシューや伯父様が彼が訪れることを拒否したのだと思う。メイドの一人が『ほんとしつこい人!』と言って手紙を見て怒っていたので『誰のことかしら?』と聞いたら『あっ、あの、ルシナ様には、か、関係ない人のことです』と慌てて手紙を隠した。
その時チラリとネージュという名前がみてとれた。
だけどルシナは多分ネージュ様とは関わり合いたくないのだと思う。ほんのひと月の結婚生活とその後の突然の『この子を育てろ』との命令。冷たい態度に傷ついたルシナ。話をすれば少しはお互い蟠りも取れるのかもしれないなと思いつつ、今のわたしでは、蟠りすらないので、彼がそこにいることは気にしないことにした。
「わかった……わたしの態度は失礼だったな。すまない、今回の事件だが、わたしの妻が関わっている、今ここにいる者達はそのことを知っている者達だ。ここでの話が外に漏れることはない」
それは絶対に口外してはならないと言っているということだ。
今ここにいるのは殿下とわたし達三人そして護衛の騎士はネージュ様ともう一人だけ。
侍女達は下がっていて、ここにはいない。
皆思わず息を呑んだ。
殿下は「ルシナ殿、わたしの妻が君に対して行ったことはとても独りよがりで酷いものだったと理解している」と言ってソファから席を立つと「すまなかった」と頭を下げた。
「殿下、簡単に頭を下げてはなりません」と伯父様が苦言を言った。
「いや、私は彼女の夫だ。謝罪するのは当たり前のことだ。
妻はこの国の王妃としていずれ国母として皆の前に立たなければいけない。なのに自分の感情を抑えることもできず、攻撃するとはあってはならないことだ。今は離宮で過ごし外に出られないようにしている」
「どうしていずれ王妃として一番上に立つことができる名誉ある地位におられる妃殿下がこんなことをしたのでしょう?」
「ああ、そうだな……妻の言い訳…いや、報告書を改めて読んでいたのだが、男には、いや俺にはわからない感情からだった」
ずっと『わたし』と言っていた殿下が思わず自分のことを『俺』と言っていた。多分本人も気づかずその言葉が出たのだと思う。
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