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128話  ラフェ

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「ラフェさん!グレン様と王都に行くと聞いたわ!」

 元気な声でやってきたのはイリア様。




 イリア様は7年前、わたしに突撃してきた次の日、泣きながら謝りに来た。

『ご、ごめんなさい、ラフェさんのこと勘違いしてました。みんなから怒られて、いっぱい説教されて、わたしの勘違いだったとわかったの』

 文句を言いにくるのも突然だったけど、謝りに来るのも突然だった。
 しかもグレン様の屋敷を出てしまっていたと知って、我が家に来てまず第一声が………

『ここは馬小屋?で、でも、馬小屋より狭いわ!あっ、だけど中はとても綺麗にしているのね』

 アレックス様の妹にとって平民の家は馬小屋以下だった。……まぁ確かに食事をする部屋と寝室、あとは小さな台所とお風呂とトイレしかないので、以前アルバードと暮らしていた家よりも小さいのは確か。

 苦笑していると、ハッと我に返って咳払いをしたイリア様だった。

『ごめんなさい……また失礼なことを言ったわ』
 イリア様はとても素直な人だった、良くも悪くも。

 そのあと、イリア様に自分の気持ちを素直に話した。

 イリア様のことはきっかけではあったけど、自分で考えて自分が出した答えなんだと伝えた。

『わたしには覚悟がなかったんです。グレン様を愛していたしグレン様がマキナ様を愛していたことも全て受け入れられると思っていたんです。……気持ちは受け入れていました。だけどあの屋敷で暮らすことは出来ない。マキナ様の思い出がたくさんあるのにわたしが入り込むことは出来ない。そう思ったんです』


 そしてわたしとグレン様は今もそのまま。

 イリア様はずっと今も気にしている。だからなのか、結婚されて伯爵夫人になってもいまだにわたしの家に突然やってくる。


「はい、でもアレックス様の屋敷に行くわけではありません」

「えっ、どうして?」

「兄夫婦のところにしばらく置いてもらう予定です」

「王都のタウンハウスは広いし、あそこにはラフェさんの知人もたくさんいるでしょう?みんな会いたがると思うわ」

「あっ、ご挨拶には行くつもりです。でも、兄達ともゆっくり話をしたいと思っているんです」

「……そう」

 がっかりしたイリア様。ふと思いついて、引き出しから皮の財布を取り出した。

「この皮、とても柔らかくて色合いも綺麗なんです。少しだけ刺繍を入れてあります。よかったら使ってみて、後でどんな感じか教えてもらえると嬉しいです」

「あらっ、とても素敵ね。この薔薇の刺繍、繊細ですごい!」  

 彼女のご機嫌がとりあえず良くなったのでホッとした。

 もう気にしないで。

 そう何度も伝えているのに、自分のせいだと思っている彼女。グレン様と仲良く出掛けるんだと思い込んでいたようだ。


「わたしが出かけている間、ジャンはグレン様のお屋敷で預かってもらうつもりなんです」

「えー?わたしが預かると言うつもりだったのに!」

「ありがとうございます。ジャンもみんなに愛されていて嬉しいです」

「ジャンは賢いもの。うちのチビちゃん達もジャンが大好きなの」

 イリア様には二人の息子がいる。4歳と2歳。
 とっても可愛い二人も「ギュレンしゃま」と呼んでいる。その言い方がとっても愛らしい。

「じゃあ、ジャンに会いにしばらくはグレン様の屋敷に通うしかないか」

「ふふっ、ジャンも喜びます」

 わたしの足元でぐっすり眠っているジャン。たまに耳をピクピクさせているのに自分のことを話されているとわかっているみたい。

 犬って賢くて可愛い。








 王都に着いた。

 本当に列車は速かった。

 初めての列車はとても驚いた。馬車よりも速いし、乗り心地もとても良かった。

 グレン様について王都に行くのに、何度か列車に乗っているアルバードはグレン様とずっと楽しそうに会話をしていた。
 わたしは最初、緊張しすぎて体調を崩して迷惑をかけてしまった。


「迎えの馬車が来ているからラフェの兄さんのところに送るよ」

「ありがとうございます。助かります」

「お母さん、僕明日はグレン様とアレックス様のタウンハウスに泊まってもいい?」

「えっ?お母さん寂しいよ」

「じゃあお母さんも一緒にグレン様の部屋に泊まる?」

「へっ?」

「あっ、ご、ごめんなさい」

 わたしが驚いた顔をしたからアルバードも慌てて口を閉じた。

 横でグレン様が大笑いをした。

「アル、お前は子供だからいいけど、大の大人は怖がったりしない。他の大人とは同じ部屋に泊まらないものさ」

「そっかあ、僕いつもお母さんと同じ部屋で寝ているからあんまり深く考えてなかった」

「そうだな、いつかラフェが三人で寝たいと言ったら俺はいつでも待ってる」

 ーーーえっ?今のは………

 サラッと驚く発言をした。

「大の大人なのに?」

「ああ、大の大人でも寂しい時もあるし怖い時もある。それに大好きな人と一緒に眠れたら幸せだろう?」

「うん、だから僕はお母さんと一緒で幸せなんだ」

「俺もアルとラフェと三人で居られるだけで幸せなんだ。たとえ本当の親子になれなくてもな」

 ーーーわたしだって列車の旅で三人で過ごせて楽しかった。

 そう言いたいのに……なんだか恥ずかしくて言えなかった。

 グレン様とアルバードはそのあとも楽しく話していた。


 二人を見ていると顔は似ていないのに親子みたいに見えた。

 わたしはそんな二人を黙ってずっとみていた。





 ふと……もしあのまま結婚していたら……

 なんて馬鹿なことを考えた。

 自分が選んだことなのに。


 馬車から降りて兄さんの家にアルバードと二人で向かった。少し……ううん、かなり緊張しながら。

 震える手で扉を叩いた。
 緊張していることを気づかれないように少し大きめの声で挨拶をした。

「お義姉さん、お久しぶりです」

「ラフェ?久しぶりね。ゆっくりしていってね」


 お互い上手くいかなかった関係で、ぎこちないけど目が合うと笑い合った。


 この王都に着いてから、なんだか不思議に心が軽くなっていく気がする。












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