鑑定持ちの荷物番。英雄たちの「弱点」をこっそり塞いでいたら、彼女たちが俺から離れなくなった

仙道

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第17話 結界の維持と、足元の支え

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「きゃあああっ!」

 ルナの悲鳴が風に消される。
 俺たちは今、聖地へと続く険しい山道――通称『飛竜の谷』を越えようとしていた。
 足元はゴツゴツとした岩場で、傾斜がきつい。
 そこに現れたのが、空を覆い尽くすほどのガーゴイルの群れだった。

「数が多すぎる! ソフィア、撃ち落とせ!」
「やってるわよ! でもキリがないわ!」

 エルザが剣を振り回し、ソフィアが炎の弾幕を張る。
 だが、上空からの急降下攻撃を防ぎきるのは困難だ。
 ここで頼りになるのが、聖女ルナの『聖域結界』だ。

「不浄なる者よ、退きなさい! 『サンクチュアリ・シールド』!」

 ルナが杖を掲げると、半透明の光のドームが俺たちを包み込んだ。
 ガーゴイルが結界に衝突し、弾かれていく。
 鉄壁の防御だ。
 ……と言いたいところだが、様子がおかしい。

 ブォォォォン!

 谷底から吹き上げる突風が、ルナの体を煽る。
 彼女がよろめくたびに、結界が明滅し、薄くなるのだ。

「くっ……風が……!」

 ルナは必死に踏ん張っているが、彼女が立っているのは斜度30度はありそうな岩の上だ。
 しかも、履いているのは聖職者用の、底がツルツルした革靴。
 踏ん張りが効かず、ジリジリと踵が滑り落ちていっている。

 俺は彼女の足元を「鑑定」した。

 【聖女ルナ】
 【状態:体勢維持困難、足首の疲労限界】
 【結界強度:50%(低下中)】
 【原因:足場の不安定さによる集中力の乱れ】
 【注記:あと十秒で足が滑り、転倒する。同時に結界が消滅し、全員が石像の餌食になる】

 魔法や奇跡を行使するには、精神統一が必要だ。
 「滑りそう」という恐怖心は、最大のノイズになる。
 彼女に必要なのは、精神論ではなく、物理的な「足場」だ。

「……失礼します」

 俺は風に紛れてルナの背後に近づいた。
 彼女は結界の維持に必死で、背後の俺に気づく余裕はない。
 俺は姿勢を低くし、彼女の踵(かかと)のすぐ後ろにある隙間に手を伸ばした。

 取り出したのは、道具袋に入っていた『楔(くさび)形の木片』だ。
 野営でテントを固定するために使うやつだが、表面に松脂を塗ってあり、摩擦係数が高い。

 俺はそれを、ルナの右足の踵と岩の隙間に、ガッチリとねじ込んだ。
 さらに、左足の裏には、平らな石を噛ませて傾斜を殺す。
 仕上げに、俺の靴のつま先で、彼女の踵を後ろからガッと押さえて固定した。

 カチッ。

 ルナの足元が、岩にロックされたように固定される。

「……え?」

 ルナが目を見開いた。
 滑らない。
 突風が吹いても、足元が地面に根を張ったように微動だにしない。
 後ろから、見えない壁(俺の足と楔)が支えてくれているおかげで、体重を預けても大丈夫だという安心感が生まれる。

「(体が……安定している? 大地が私を受け入れたの?)」

 彼女の迷いが消えた。
 「転ぶかもしれない」という恐怖というノイズが消滅し、脳のリソースが全て結界維持へと向けられる。

「おおおおおっ!」

 ルナの全身から光が溢れ出した。

 【結界強度:120%(最大出力)】

 ドォォォン!!

 結界が一気に膨張し、群がっていたガーゴイルたちを弾き飛ばした。
 その光は眩いほど強く、触れた魔物を焼き焦がすほどの聖なる波動を帯びている。

「すげえ! 押し返したぞ!」
「やるじゃない、ルナ!」

 エルザとソフィアが歓声を上げる。
 ルナは風の中に仁王立ちしていた。
 その姿は、どんな嵐にも揺るがない大樹のようだ。

「神よ、感謝します! この身は今、不動の岩となりました!」

 彼女は高らかに叫ぶ。
 足元の楔と、俺が必死に支えているつま先のおかげだが、彼女はそれを「神が背中を押さえてくれている」と解釈したようだ。

 やがて、ガーゴイルの群れは諦めて去っていった。
 戦闘終了。
 ルナは荒い息を吐きながら、その場にへたり込んだ。

「はぁ、はぁ……。やりました……」

 俺は彼女が座り込む瞬間に、素早く楔を回収し、何食わぬ顔で距離を取った。

「大丈夫ですか、聖女様。見事な結界でした」
「……ええ。不思議なのです」

 ルナは自分の足を見つめ、不思議そうに首をかしげた。

「風が吹いているのに、誰かが後ろから支えてくれているような……絶対的な安心感がありました。あれはきっと、守護天使様が降りてきていたのですわ」

 彼女はうっとりとした表情で空を見上げている。
 俺は泥だらけになった自分の靴のつま先を、こっそりと反対の足で拭った。

「そうかもしれませんね。聖女様の信仰心が、天使を呼び寄せたのでしょう」
「ええ……。でも、なんだかその天使様、とても温かくて、懐かしい気配がしました」

 ルナがちらりと俺を見る。
 ドキリとする。
 彼女は立ち上がり、俺に近づいてきた。

「荷物番さん。貴方、戦闘中どこにいましたか?」
「え? ずっと後ろで荷物を守って震えていましたけど」
「そうですか……。おかしいですね。貴方の気配がしたような気がしたのですが」

 彼女は俺の顔をじっと見つめた後、ふわりと微笑んだ。

「まあ、いいです。貴方が無事でよかったです。これからも、私の背中を守っていてくださいね」
「……ええ、仕事ですから」

 俺は曖昧に頷く。
 彼女の言う「背中を守る」が、物理的な意味なのか、精神的な意味なのか。
 どちらにせよ、あのツルツルの革靴をなんとかしないと、次は崖から落ちるぞ。
 俺は次の街に着いたら、彼女の靴底にこっそりゴムを貼ることを決意した。
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