美醜逆転した異世界でおっさんは無自覚ハーレムを作ってしまう

仙道

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27.揺れる心

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 どれくらいの時間がたったのだろうか。俺はアデルのぎこちなさを思い出していたため、それほど長い時間は待っていないように思えた。

 人影が2つ現れた。その一人がソーニャであることを見て、俺の頭に恐怖が蘇ってきた。

「ご主人様……!」

 しかも、ソーニャが走ってくる。

「……っ!」

 俺は逃げ場を探して周りを確認したが、逃げ切れるとは思えなかったため、あきらめるようにして彼女を迎えた。

「どこに行ってたんだよ。」

 ソーニャは仮面をかぶっていなかった。うつむいた様子で走ってきて、両手で光る何かを前に出してきた。

(しまった……ナイフ……!)

 俺は両手で顔を覆って防御態勢をとると、観念したように目を閉じた。しばらく攻撃がないことを不審に思い、恐る恐る目を開けた。……彼女が両手で差し出してきたのは、アデルにもらった、世界樹の実と同じものだった。彼女は下を見ているため、どういう表情なのか読めない。

「あ……、ありがとう」

 ソーニャはそれを聞くと、こっちを見て笑った。

「はい!」

 しかし俺はその笑顔にすら、恐怖を覚えるのだった。

 少し間をおいて、もう一人が話しかけてきた。

「ねぇ、あたしもいるのだけど」

 アグネスだった。ドレスを着ている。俺が服について言ったから、着替えたのだろうか。しかし、これではまるでアイドルというよりもキャバ嬢である。

「アグネス……さっきよりはましだが、きみたちにはプロデューサーがいないのか?」
「プロデューサー?」
「色々とアドバイスしたり仕事を持ってきたりする人だよ」
「仕事?魔王様のこと?」

(プロデューサーに魔王とかつけてんのか。まあユニット名「四天王」だし、いいのか?)

「魔王……?ちょっとそいつに一言言わせてもらいたい。四天王は素材はいいのに、生かしきれてないと思う」
「へぇ、あなたなかなかわかってるじゃない。あたしも、あなたを魔王軍に誘いに来たの」
「え?そうなのか?」

(やはりピエロの服装を指摘したのは正解だったな。アイドルのプロデュースなんて、面白そうだな)

「残念だが、きみらにはまだわかってないことが多いように思う。それならちょっと魔王と話をさせてもらおうか」
「ええ、じゃあ伝えておくわ」

 アグネスはクールキャラなのだろうが、嬉しそうな表情もギャップがあってよかった。話がまとまったところで、俺は疑問を口にした。

「そういえば、マリアは?それにその帽子……」
「あの子はもうダメね。もっと強い子かと思っていたけど。最初は威勢(いせい)がよかったんだけど、ここに近づくにつれて、駄々をこねるようになってきたわ」
「え……?」
「向こうの湖で「私はここにいる」なんて言って、動かなくなっちゃったの」
「その帽子、マリアにとって大事なものなんだろ。返してやれよ」
「彼女のためよ。これは預かっておくわ」
「もしかして、マリアを心配しているのか?彼女はSランクだし、心配する必要ないと思うぞ」
「あんだ、ドSね。どれだけの女を泣かせてきたのかしら?」

 そういわれると俺は何も言えなかった。女は俺を見た瞬間に泣くのだから、俺がドSかどうかという話ではないのだが……。

「意外といいところもあるじゃないか」

 そういうとアグネスは顔を赤らめて言った。

「なめないで欲しいわ、私は四天王よ」

 彼女の力強い笑顔に、彼女もプロ意識をもってやっているんだなと、俺は感心して、四天王のプロデュースへの決意を新たにした。

「じゃあ、あなたのことは魔王様に言っとくから、よろしくね。また迎えにくるわ」
「ああ、絶対に、四天王をトップアイドルにしてみせる」
「……?」

 それを聞いて彼女は眉をしかめたが、すぐに笑顔をつくり、俺たちから去っていこうとした。

「待って」

 ソーニャが止めようとすると、アグネスは振り返っていった。

「何かしら?」
「マリアさんの帽子を返して」

 ソーニャがいうと、アグネスは似つかわしくないやさしい笑みを浮かべて、

「彼と次に会ったときに返すわ。ねえ、ヒロシ?」
「あ、ああ……」
「ご主人様……!」

 ソーニャが不満を述べるように言ってきたが、俺は彼女を見送った。

「マリアにとって、あの帽子は大事なものかもしれないけど、アグネスにも何か考えがあるみたいだ」
「……」

 ソーニャは何かを言いたい様子だったが、言葉にならないようだった。

……

 昼過ぎだろうか。森の中にあるその湖は、日光を反射してきらめいていた。その手前には、黒い服をまとった女が一人、立って湖を眺めていた。俺の目に映っている光輝く世界の中で、ただ彼女だけが、異質な存在に見えた。

「私はここで待ってますから、ご主人様だけで行って」
「ああ……」

 ソーニャにうながされて、俺は彼女の方に歩いて行った。

「マリア……。その、ごめん、帽子だけど、取り返せなかった。でも次俺に会うときに返すってさ」

 そういうと、彼女は振り返った。

「……っ!」

 美しい女性だった。俺は圧倒されそうだったが、彼女の儚(はかな)い表情に、何とか意識を保つことができた。

「見られて、しまったんですね」

 マリアは、残念そうに言った。彼女は帽子よりも、別の事を心配しているようだった。

「これが私の、本当の姿なんです」

 彼女は自慢するでもなく、俺の心を見透かすように、こっちを見てきた。それでも、その眼には俺が今までの人生で受けてきたような軽蔑の色はなく、俺は吸い込まれるように、マリアにゆっくりと近づいて行った。彼女は俺から逃げるでもなく、俺から視線を外すでもなく、それでも腕は自分を守るように組んだ。

「これで、この夢も終わりです。とても幸せな時間でした。私には勿体ない、とても幸せな」

 そういって彼女は残念そうに横を向く。どうして帽子を取ると夢が終わるのか、俺にはわからなかった。彼女は自分に課したルールに縛られているのだろうか?

「マリア、どうしてそんなことを言うんだ?俺には君が何かで自分を縛っているように見えるけど、それは君にとって、そんなに大事なものなのか?」

 彼女はハッとした顔で俺を見て、顔を赤くしてうつむいた。

「私には……魔法しかないんです。これがなければ、私は自分を守れない。縛っているんじゃない、縛られているんです。「死の魔女」という鎖に、私自身の欲望に」

 俺が歩いてくるのに気付いたのか、彼女は興奮するように言った。

「あなたにも見えるでしょう?この美しい世界を台無しにする、真っ黒なこの私が!」

 俺は歩みを止めなかった。この輝く風景とは正反対の、漆黒の闇にひかれるように。彼女は俺を止めるためだろうか、さらに続けた。

「皆言ってるんですよ。私は死の魔女だって。こんな服を着ているから。顔を見せないように、大きい帽子をかぶっているから。姿を隠して評価されようなんて、軽蔑するでしょ!」

 彼女は今までの人生を思い出しているかのように、涙を浮かべた。

(これだけ美人ならば、スキルなんかなくても、顔出ししてパフォーマンスをするだけで評価されただろう……だが、彼女はあえてそれをしなかった)

 こんな美人を前にして、好意よりも尊敬が勝つとは思わなかった。

(本当に、プロ意識の塊だな)

 俺の足取りに自信がついたのを感じてか、彼女ははじめてうろたえたように後ずさった。

「わかるでしょう……?」

 彼女は動揺したようにつぶやいたが、それでも俺が止まらないのを見ると、最後の力を絞り出すようにして言った。

「自分に嘘をついて、優越感に浸って!私は、心の底から、誰よりも醜いの!」

 俺はいつになく饒舌(じょうぜつ)なマリアの手を取って、彼女の眼をまっすぐに見て、言った。

「そんなことはない、ロゼマリアはとても綺麗だ」

 彼女は気圧(けお)されたのか、言葉を失くしたように、うろたえた。しばらくたって、呟く。

「嘘よ……」

 尊敬している彼女が発した女言葉に、俺を払いのけようとしないその手の暖かさに、俺は尊敬や憐(あわれ)みとは違った感情がこみ上げるのを感じて、ごまかすように笑った。

「君に醜いところなんて、ひとつもないよ」

 彼女は、光に揺れた透き通った目で、しばらく俺のことをじっと見ていた。

……

 あんなことがあったというのに、マリアの表情は、森の中でも、車の中でも、清々しさすら感じるようだった。それでもやはり会話はほとんどなく、彼女は無理をしているのではないだろうかと、俺は余計に不安になっていた。

(流石に気持ち悪かったか?)

 俺が憂鬱(ゆううつ)な気分になっているのがわかったのか、彼女は意を決したように優しく微笑んで、またパーティーを組もうと誘ってきた。夕日に照らされた美しい優しさを隠して、彼女はどれだけの覚悟で生きてきたんだろうか。彼女の素顔を見たことで、俺の鬱屈(うっくつ)とした心が、「死の魔女」への尊敬を別の感情に塗り替えてしまうのを、彼女と別れた後も止めることができないでいた。
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